日盛り
真田幸村は見た目通りの赤くて暑苦しい奴だった。
だがなかなか面白い奴だ。
それを知ったのは武田と同盟を結んだ日、二人で城を抜け出した時だ。
闇を孕むことが無いのに、その真っ直ぐな目が見つめる先にあるのは、深い闇。
「いや、違うな…」
ため息と共にそう零すと、控えていた小姓が首を傾げた。
「何か…?」
「うん? ああ、独り言だ、気にすんな」
そう答えるとすかさず小言が入る。
「気にして頂きたいのは、こちらの書状ですが?」
勿論その正体は竜の右目で、そういや政務中だったと今更ながらに思い出した。
それを当然見透かしている小十郎は、眉間に皺を寄せている。
「政宗様」
小言が飛び出しそうだったので、慌てて事も無げに手を振った。
「OK、OK、お前の言いたいことは分かっている」
「いいえ、今日こそは言わせて頂きます」
「Ah…小十郎、Calm down…OK?」
何とか宥められないかと思ったが、どうやら小十郎の小言モードは全開のようだ。
こういう時の小十郎には何を言っても無駄だ。
「いいですか、政宗様……」
やはり始まった小十郎の説教を適当に聞き流しながら、再び真田幸村のことを考え始めた。
闇でないならば、虚無だろうか。
戦や一期だけではない、
何ものであっても、最果ては虚無であると、
あの男は悟っている。
そしてそれを受け入れているのだ。
望んでいると言ってもいい。
だからか、ある種の狂気を孕んでいるのは。
それ故か、あのクソ真面目さは。
ならば、確かにあの男は己と相対するものだ。
少なくとも、今の己とは。
だが、為合ったことで気付いた。同じ部分も在る。
あの狂気は確かに、己の中にも潜んでいる。
「面白ぇ……」
結局、引きずり合いだ。
どちらが引きずり込めるか、どちらに引きずり込まれるか、
それとも叶わず死ぬだけか。
最初で最期の殺し合い。
存在そのもの、意味そのものの壊し合い。
狂気で結びついた、最高で最悪の道化芝居だ。
前言撤回。
面白くねぇ。
実に全く非常に欠片も面白くねぇ。
「だ、伊達殿……」
顔を真っ赤にして、この先どうしようかと戸惑っている真田の姿は、
かなりの好意と贔屓の目で見てやれば、多少何かこう、
良い意味での心をくすぐるように見えないこともない、かもしれない。
しれないが、その真田に組み敷かれ、手足を押さえつけられている今のこの状況では、
この危機をどう乗り越えるかを思考するので精一杯だ。
形だけの同盟のつもりだったが、武田との仲は良好で、次第に人の往来も増えてきた。
書状のやり取りも増え、その使者として、真田幸村が奥州を訪れる機会も増えた。
今回も甲斐の虎からの書状を携え、真田幸村は奥州にやってきた。
これはまあいつもどおりだ。
それから形式通りの他愛もない話をした。
これも特に変わったことはない。
それから他の奴らを退がらせて、
ああ、ここらへんから何かおかしくなってきた、真田が。
何言っても聞いてもどことなく上の空で、そのくせやたら人の顔ばかり見ている。
しかしどうしたのかと聞いても、あーだのうーだの呻るばかりでさっぱり要領を得ない。
いい加減腹が立ってきたので、言いたいことあるならはっきり言えと怒鳴った。
そしたら、よりにもよってこう叫びやがった。
「某、伊達政宗殿をお慕い申し上げております!」
恐らくは売り言葉に買い言葉的な感じに勢いで言ってしまったのだろうが、
勢いでも悪すぎる冗談でもそれは正直引く。
ねーよ。コレは無ぇ。
しかし、それが悪かった。
呆気に取られた隙に、まだ勢いが止まらなかったのか、
伊達殿おぉぉっ、とか叫びながら飛びかかってきた真田にそのまま押し倒された。
で、今に至る、と。
「伊達殿…」
真田は相変わらず上の空な様子で見つめながら、
こちらに向かって何度目かの呼びかけをする。
のだが本人は全く動かない。
しかし、直向きに見つめてくるその瞳には、確かに情欲の光が見えるし、
何よりその対象が己であるということに鳥肌が立った。
これはもしかしなくても貞操の危機だ。
いや、別に処女でも童貞でも守っているわけでも無いんだけれども。
真田は未だ動かない。
ふと、動かないのではなく動けないことに気が付いた。
おそらく先に及ぶか堪えるかで葛藤しているのだろう。
よし、頑張れ、真田の理性。落ち着け、真田の本能。
「伊達殿、某…っ」
これはどっちだ、どっちが勝った。
おい負けるなよ、理性。お前はその程度の奴じゃねぇはずだ。
お前が真田の理性の何を知っているんだ、
という至極もっともなツッコミはさておき、
頭突きまがいに抱き締めてきたので、どうやら勝ったのは真田の本能のようだ。
最悪だ。
「……あー…とりあえず、何だ…」
理性の意気地無し、と心中で罵りつつ、
このまま真田の性欲の捌け口にされてはたまったもんじゃない。
その辺にいるであろう黒脛巾達を呼べば済む話なのだが、こんな些事で呼ぶのも情けない。
結局、自分の身は自分で守ろうという結論に達し、
嬉しそうにこちらを見つめてくる、正確には見下ろしてくる真田を蹴り飛ばした。
「落ち着け」
そんなに強く蹴ったつもりはなかったが、真田は盛大に吹っ飛ばされ、部屋の端まで転がっていった。
拍子に襖が破れたので、武田に請求してやろうと即決断した。
しかし真田は直ぐさま復活し、再びこちらに近付いてくる。
「Stop!」
半身だけ起こして、急いで真田の正面に手の平を突き出し、
いわゆる"待て"をすると、意外にも素直に動きを止めた。
これはアレか…躾はされているようだ。
「伊達殿ぉ…」
視線で訴え、縋ってくる姿にうっかり絆されそうになるが、
ここで許してしまったら絶対粗相をするに決まっている。
情けは人の為ならず。
それなら俺は、今の俺に情けをかける!
「……おい真田、今ならまだ半殺しで許してやる。
だからこのまま大人しく帰れ」
真田は少しの間たじろいでいたが、奴の眼前に出されている俺の手をがしっと握った。
「……どのみち半殺しならば、この想い、果たして見せまするっ!」
「……」
意外と冷静だな、コイツ。
とムダに感想を抱いたが、その隙に、奴の宣言通り再び押し倒された。
いよいよもって色々危機だ。
こうなれば背に腹は代えられない。
やはり脛巾達に助けを求めるべきか。
悩んでいる間に真田が着物を脱がしにかかる。
Oh、マジだコイツ。
ところで、そういえば、と今更ながら思った。
「真田」
「はい!」
本日の己の衣装は、構造的に武士が常日頃着るものと同じはずなのだが、
むしろ真田本人も似たような着物を今身につけているのだが、
奴はやたら脱がせるのに難儀していた。
それってどうなんだ、と思いながら真田に声を掛けると、
やたら嬉しそうに返事をする。
ああ成程、先のことを考えないとこうも幸せなのか。
まあ、それはともかく、
「アンタ、この俺に欲情してんのか?」
近従でも小姓でもなく、
好敵手とはいえRivalだからこそ、
それはちょっと理解し難い。
「そ、そんな破廉恥なっ!」
今正にその破廉恥行為に及ぼうとしている奴がよくも言ったものだ。
全力でそんな台詞を吐く真田に、呆れを通り越して感心した。
「なら、何が目的でアンタは今、人の着物を剥がしてんだ? 何するつもりだ?」
その言葉に、長着を何とかはだけさせ、
その下の襦袢の衿に手を掛けていた真田は、びくついて動きを止める。
「それは、その…」
俺の顔と俺の着物(むしろ肌の方?)を交互に見ながら、何を言うべきか逡巡していたが、
覚悟を決めたというか開き直ると、俺の顔を真っ直ぐに見つめながら言った。
「よ、欲情しております!
お慕い申し上げる御方と肌を重ねたいと思うは当然にござる!
破廉恥とは十分承知致しておりますが、その、
某、優しく致します故っ」
「……」
どこからツッコめばいいのやら。
ていうか、俺が挿れられる方なのか。
年齢的にも身分的にも、普通逆だろうとは思うのだが、
どうもコイツは、人の話を聞かないというより話が通じない。
あとは、決定的に、どうしようも無い程に、自分勝手、自己中だ。
こちらの抵抗が無いのを都合良く了承と解釈したのか、
真田は再び襦袢を剥がしにかかる。
Oops、奴を分析している場合じゃ無かった。
欲情発言ごときで破廉恥だと慌てる真田幸村は、どう見ても玄人では無いだろう。
むしろやり方を知っているかさえ怪しい。
「おい」
襦袢と格闘している真田に声をかけ、顔を上げた真田にとりあえず確認してみる。
「アンタ、やり方知ってんのか?」
「は、はあ、一応は…」
「……」
不安だ。ものすごく心配だ。
「…経験は?」
「……何事も気合いにござります!」
開き直った真田に確信する。
無ぇよ。ぜってぇ無ぇよ、コイツ。
このままヤられちまったらぜってぇ大惨事になる。俺が。
要領をつかんだのか、気付けば、真田は何だかんだで襦袢まではだけさせており、
帯と袴を解きにかかっていた。
コレはいよいよマズイ。
「Wait! 待て待て!」
そもそも場所が悪すぎる。
応接の間は、客を歓待する為に作ったものであって、
断じてヤるための場所ではないし、流石にそんな趣味は無い。
今は人払いをさせ、ついでに障子も閉めてあるが、
小十郎や五郎達が来て、こんなところ見られたら、目も当てられない。
くそ、人払いなんかするんじゃなかった。
「時と場所を考えろ! こんなところで事に及ぶな!」
咄嗟にそう言うと、はた、と真田は動きを止め、それから目を輝かせた。
ん?
「では、場所を変えれば宜しいのですな!
某感激にございますっ!!」
「……」
え、何コレ。何で墓穴!?
真田がどうやってその結論に達したかは知らないが、
いや、そうか。コイツの自己中を失念していた。
つまり、何を言っても真田は己に都合良いようにし解釈しないのだ。
その、目的の為の猛進ぶりは、実に真田らしい。
「いや、俺の言い方が悪かった。つまりだな…って、聞け、真田!」
それでも、好き勝手させまいと何とか説得を試みるが、
真田は聞く耳持たずに場所をどこに移せばいいか尋ねてくる。
この救いようのない馬鹿っぷりには流石に開いた口が塞がらない。
更にマズイことに、この不毛な言い争いと攻防の物音が聞こえたのか、
誰かが近付いてくる足音が聞こえた。
ぎくりと身体が強張る。
「梵ー、真田が来てるって聞いたんだけど」
五郎だった。
小十郎よりかはまだマシだが、やはりマズイことに変わりはない。
「む、成ざむぐっ」
真田も五郎と気付き、一寸の躊躇いもなく普段のムダに大きい声を上げようとするので、
咄嗟にその口を手で塞いだ。
「お前、少し黙ってろ」
何かくぐもった声で反論している真田に声を潜めてそう言い捨て、
障子に手を掛けている五郎に向かって叫んだ。
「待て、五郎! Don't enter! 取り込み中だ!」
「何だよー、真田は?」
五郎は何故かやたらと真田を気に入っているので、この際押しつけてしまいたいのだが、
何しろ半裸に近い状態で真田に押し倒されているという状況だ。
これを見られるのはマズイ。
ていうか見られてたまるか。
「後で好きなだけ遊ばせてやっから、今は下がってろ!」
「……ちぇー、約束だぞ?」
幾らか不服そうだったが、五郎はその場を後にする。
小さくなっていく足音にほっと息をつくものの、
真田をどうにかしない限り安心できない。
「……成実殿とばかり仲良うされて、狡うござる」
真田がまた訳の分からぬことをほざいている。
素直に黙っていたので少し見直したのだが、どうやらふて腐れていただけのようだ。
「じゃあ、さっさとアレのところに行ってやれ。
止めねぇから」
むしろその方が好ましいしな。
「……嫌でござる」
真田は暫くこちらを睨んでいたが、やがて頭を振る。
残念なことに、やる気は全く萎んでいないようだ。
それどころか先程から固いものが当たり始めている。
どのあたりでそうなってきたかは考えたくないが、
真田は本気で俺に欲情しているらしい。
それを示すつもりではまさか無いだろうが、
突然、何の脈絡も前振りも無く、真田に口付けられて、流石に面食らった。
文字通り唇を重ねるだけの、色気も何も無い口吸いだったが、
真っ赤ながらも真剣な顔を見ていると、また絆されそうになってきた。
いや、でもなぁ……
「……某、心の底から貴殿をお慕い申し上げております。
我が生涯において、これ程までにこの身を滾らせる御方は伊達殿が初めてでござった。
伊達殿は、某をそうは想うては下さらぬのですか?」
「……」
思っている。
真田幸村は今まで為合った者達とは違い、
どうしようもなく己を滾らせるRivalだ。
だが、それと欲情云々は別問題だ。
それをコイツは、混同しているか、はたまた履き違えている。
何となくコイツはそういう質な気はしていたが、こういうのが一番厄介だ。
直感で理解する奴に何を言おうが通じない。
ついでに言えば既に性欲が顔を出しているのだから尚更だ。
となれば、甚だ面倒だが仕方ない。
「……OK、アンタの言いたいことは分かった」
とりあえず、性欲の方だけでも静めてやれば、幾らかマシに……ならねぇかな。