Good Evening, My Dear
身体を圧迫する力に夢から現へと意識が移っていく。
息苦しさに小さな呻きと共に息を吐き、重い目蓋を開いた政宗の視界に影が映る。
ぎくりとして、自身の上にのしかかっている影の正体を探りつつ側に置いてある刀に手を伸ばし、
政宗はその柄頭を相手の脇へ強かに打ち付けた。
「あっ、待て待て!」
その一撃より僅かに早く、政宗の様子に気付いた人影が政宗を止めようと口を開くが、
勢いの付いたそれを止められるはずもない。
手加減無しの政宗の一撃により体勢を崩したらしく、
床板に身体をぶつける音と鎖の擦れる音が、些か間抜けな悲鳴と合わさり、部屋に響いた。
それで政宗はようやっと影の正体に思い至る。
思いも寄らぬ人影の正体に束の間目を丸くするが、すぐに眉間に皺を寄せて半身を起こし、
黒田官兵衛のいるであろう暗闇へ向かって声を掛けた。
「……アンタ、何やってんだよ、殺されたいのか?」
人が訪ねてくるなど聞いていないし、そのような時間でもない。
そもそも、湯治のため居城を離れている今の政宗に来客などあるはずがない。
しかも極秘の旅だ。政宗が城に不在であることを知る者は限られており、
そこから漏れるとは考えにくい。
たとえ政宗と官兵衛が理無い仲であったとしてもだ。
というより、これは明らかに訪問ではなく侵入だ。
「……それは、御免こうむりたいね」
ややあって、暗闇から気怠げな応えが返り、その身動ぎに伴って床が軋み鎖が鳴った。
その動きに誘われたように、不意に吹いた風が月にかかる雲を流し、
開いた障子から差し込む月影で官兵衛の巨躯がぼんやりと浮かび上がる。
それがのそりと腰を上げて再び側へとにじり寄るに従い、
政宗は刀の柄に手を掛け、その刃を外へと晒し出す。
が、半ば程抜かれた刃の煌めきに怯む様子もなく、
官兵衛は鎖と鉄球とを引き摺りながら政宗の正面に膝立ち彼を見下ろした。
殺気は無い。しかしそれを鵜呑みにする程に信用足り得る相手でもない。
「何故、此処に?」
喉を震わせ口が紡ぐ独眼竜の言葉は、低く冷たい響きを伴っていたが、
官兵衛は構わず身を乗り出してくる。
抜ききっていない刀がこれ以上の接近を拒むように、官兵衛の首に突き付けられた。
「……殺しにきたわけじゃあない」
その言を証明するつもりか、官兵衛は尚も顔を寄せ、自身の首を政宗に預けてきた。
刃が首に填まった鉄の輪に当たった時、初めて政宗が微かな戸惑いを見せたが、
肩口にそのまま載せられた頭に目を遣り、引きかけた刀を再び官兵衛の首元へ突き付ける。
「目的は?」
「目的か?」
再び頭を上げ、官兵衛は間近にある独眼竜の目を覗き込み口角を上げた。
「そうだな、お前さんの顔が見たくなってね」
「……暫く見ねえ間に、随分と舌が滑るようになったじゃねえか」
理無い仲とはいっても、互いに互いを信用している訳ではない。
あくまでもただ、戯れに興じているだけなのだ。
だからそれが、今この場で命の取り合いに転じたとしても、何ら不思議はない。
少なくとも政宗はそう考えているし、官兵衛とてそれは同じだろうと思ってもいる。
だから、言の葉の裏に潜ませた彼の真意を量ろうと、政宗は顔を顰めたまま官兵衛を睨め付ける。
それと同時に周りを探る。誰かが来る様子はない。ならば既に殺されているか。
「……暫くお休み頂いているだけだ。誰も殺しちゃあいないよ」
警戒したままの政宗にそう声を掛け、
官兵衛は、聞く耳を期待せずに政宗へと顔を寄せ、自身の鼻で彼の鼻を軽く小突いた。
それは、情事の際に官兵衛が口吸いをねだる時にやる癖だ。
思わず政宗は目を丸くする。
まさか、この男は本当に、オレを抱くためにやって来たのか。
「……アンタ、それ知っててやってんのか?」
「うん? 何だ?」
その問いと急に険の取れた政宗の顔に、今度は官兵衛が眉を寄せた。
やはり自身の癖に気付いていないのかと呆れ顔になる政宗を気にしつつも、
このまま離れるのは惜しいと官兵衛は自身の口を政宗の唇へ押し付ける。
零されかけた何がしかの文句ごと食むように口を塞ぎ、探りがちに隙間から舌を差し入れたが、
束の間逡巡した後、外をなぞるのみに留め、官兵衛は一度唇を離す。
その唇へ政宗は苦笑混じりの吐息を吹きかけた。
吸われた唇をちろりと舐め、政宗は縦に長い瞳孔を持つその一つ眼を細めて、
喉の奥でくつくつと笑った。
それに重なるように、抜いた刃が鞘に収められ、かちりと音を立てる。
独眼竜とその爪へと交互に目を向けてから、
突然に不審と敵意を消してしまった政宗を訝しみながらも、
ようやっと喉から失せた冷たい感触に、官兵衛は微かに安堵の息を零した。
前に屈めた身体を起こしかけた官兵衛を追い、政宗は刀を放った腕を彼の首に回し再度引き寄せた。
逆らわずに官兵衛が顔を寄せると、政宗は珍しくもその顔を綻ばせ、今度は自分から口付ける。
唇を押し付けついばんだ後、先程官兵衛がしたように彼の鼻と自身の鼻とを擦り合わせる。
こうまで政宗の態度を変えさせた理由が思い浮かばず、
官兵衛は口吸いの合間にその疑念を舌に乗せた。
「ひとまずは信用してくれたようだが、どうしてまた急に爪を引っ込める気になったんだ?」
その問いかけに不遜な笑みを返し、政宗はその瞳に意地の悪い光を浮かばせる。
わざわざ教えてやるのもつまらない。
上げたままの唇の端から覗く舌が官兵衛の唇を下から上へと順に這った後、
政宗の舌は口吸いとは裏腹の素気ない言葉を紡いだ。
「どうだろうな、竜の爪は一つじゃねえんだぜ?」
「そうなのか? だったら」
自分に抱き付いている政宗を寝具に押し倒し、官兵衛は政宗の上に覆い被さった。
それから突然の官兵衛の行動に、存外に驚いた様子を見せている政宗の寝衣の衿に手を掛け、
右、左と順に開きその肌を外気に晒していく。
「確かめないとな」
「……」
その意図に気付かぬ程、政宗は鈍いわけではない。
が、常からあまりそれを見せない男が次々に見せてくるやる気が些か以上に珍しく、
思考が鈍りがちにはなってしまう。
その合間にも官兵衛は枷で自由のきかぬはずの両の手を器用に使い、政宗の着物を剥ぎ取っていく。
腰に巻いた帯が解かれ腹の締め付けが無くなった頃に、
ようやっと政宗は我に返り、倒されていた半身を起こそうとする。
動いた拍子に肩口で引っ掛かっていた着物がずれ落ちたが、
構わず政宗は官兵衛の枷に繋がった鎖を掴み引き上げた。
「Wait! 待て待て!」
鎖に引っ張られ、着物を剥いでいた官兵衛の腕が少しばかり持ち上がったが、
官兵衛は、あの巨大な鉄球を操れる程の腕力の持ち主だ。
すぐに引っ張られた腕に力を入れて下ろすと、官兵衛はその腕を伸ばし、政宗を再度押し倒した。
「Hold on! ちょっと待てって!」
寝具に押し付けてくる官兵衛を引き剥がそうと、政宗は腕を掴んでみるが、その太い腕はびくともしない。
「生憎、南蛮語は分からんよ」
無論、政宗の言葉は南蛮語だけではないのだが、
腕の下で暴れる政宗に白々しくもそう言ってから、
官兵衛は片肘で政宗の腹を押さえ付けたまま、政宗の下肢に手を掛けた。
布越しながらも走った刺激に、政宗は微かに呻く。
肘を立てて半身を起こして官兵衛を見上げ、政宗は明らかに戸惑った様子で口を開いた。
「アンタ……本気か?」
「本気に見えないか?」
そう返しつつも下帯を解いた後、官兵衛はようやっと着物を剥ぐ手を止めて、政宗へと顔を向ける。
その顔が近付くにつれ、その唇と同様、前髪に隠された目も笑っているのが見えた。
普段と異なる官兵衛の行動の中で、やっと見つけた普段と同じ目に、知らず安堵して、
政宗は目を閉じて、官兵衛の口付けに応えた。
暫く唇を吸い合った後、やや乱れた呼吸を整えるついでに、政宗は官兵衛に問いかけた。
「なあ、そもそもどうやってここが分かったんだ?」
「……お前さんの城を訪ねた時に、ちょいと耳にしたもんでね」
その問いに答えながら、官兵衛はさり気なく政宗を三度押し倒す。
のしかかってくる官兵衛と自身の重みを腕で支えているのに疲れたのか、今度は政宗からの抵抗は無い。
代わりに、秘密を漏らした不埒者の名を追及しようと、政宗が口を開きかけるが、
その不埒者を案じ、官兵衛は言葉を被せてきた。
「誰にかは聞いてくれるなよ? 流石にちょいとばかし、気の毒だ」
「……」
いつだったか、手口の車は十八番だと、官兵衛が自慢げに言っていたのを、政宗は思い出す。
余計なことばかり言う口だと思っていたが、
本当に聞き出したのだとすれば、多少は役に立っているのかもしれない。
と、政宗は少しばかり官兵衛を見直し、その眉尻を下げた。
「それでわざわざ来たってのか? ご苦労なこった」
舌が喉元から耳へと這い上ってくる感触に微かな反応を返しながら、政宗は吐息に交え苦笑する。
色を帯びてきたその様子に、官兵衛は笑みを深くした。
「まあ、その甲斐はあったな」
耳を侵していた舌が頬を伝い、政宗の右の目に辿り着く。
彼が常に身に着けている鍔も、流石に今は無い。
その鍔に普段は覆われている爛れた皮膚に舌が触れた時、政宗の眉が顰められた。
それに気付いて、政宗の傍らに置かれたままの眼帯を目線で示し、官兵衛は声を掛けた。
「着けるか?」
「……」
官兵衛を見ていた政宗の瞳が一瞬揺れた。そして頭上に置かれた鍔へと意識を遣るが、
すぐに政宗は意地悪く笑み、彼にしては珍しく不器用な誤魔化しを試みた。
「……アンタが気になるってんなら、着けてやるよ」
「……」
挑発めいたそれに、官兵衛は少しの間、押し黙る。それから一つ息を吐いてから口を開いた。
「だったら着けてくれ。それならお互い様だ」
「……」
思わぬ返しに政宗は再び黙り込む。お互い様が何を指しているかを判じかねたのだ。
強がった手前、わざわざ聞くのも格好がつかない。
悔し紛れに官兵衛を睨み付けるが、着けるなら早くしろとかわされてしまう。
「……メンドくせえな」
腹の置きどころを見つけられぬまま、政宗がしぶしぶと鍔へと手を伸ばし着けていると、
無防備になったその胸元に官兵衛が唇を寄せてきた。
肌を吸われるむず痒さで紐が結べず、政宗は顔を顰め、官兵衛へ声を掛け彼の注意を引く。
「Stop、少し、待ってろ」
声が上擦らぬよう慎重に言う政宗へと官兵衛は目を向けた。
その目が、何だ、まだ着けていないのか。早くしてくれんかね。と言っている。
負けじと政宗も、そんなことを抜かしてみろ、殴ってやる。と眼光を鋭くする。
その無言のやり取りの間に、政宗は眼帯を着け終えた。
「……終わったか?」
「ああ」
頷く政宗に口付けた後、官兵衛はそのまま頭を下げていく。
再び胸に吸い付き、わざと音を立て舌を滑らせる。
多少は感じたらしく、政宗から控えめながらも艶声が漏れる。
その様を暫く愉しんでから、官兵衛は、胸への刺激と場の雰囲気に煽られ、
勃ち上がり始めた政宗のそれを握り込んだ。
「あっ…ちょっと、待て…っ」
急所に触れられ、政宗の身体がびくりと跳ねる。
驚きと戸惑いを孕んだ声音と、力の入っていない手で官兵衛の肩を押し、
政宗はどうにか官兵衛の注意を引こうと試みた。
「……今度はどうした」
何度も止められ、流石に少し焦れた様子ではあったが、官兵衛は政宗へと顔を向ける。
ただし、握り込んでいるその手の動きを止めるまではしない。
指の腹で先端を弄られ続け、政宗の口から漏れる音は常と同様に言葉を紡げない。
「手…何で……」
色めいた声と混乱した頭で、政宗はどうにかそれだけ口にする。
今まで、官兵衛がこのように政宗に触れてくることなどなかった。
理無い仲ではある。房事に及んだ数も少なくはない。
しかし、枷を填められた官兵衛に、政宗はまともな手練など期待していなかったし、
初めて事に及んだ際に、官兵衛から期待するなとの言及もあった。
元々政宗は、閨に限らず、自分以外の者に好きなようにされることを嫌がる気性だ。
むしろ、官兵衛を戒めるこの手枷は、政宗にしてみれば都合が良かった。
そんな官兵衛が此度ばかりは率先して政宗へ触れてくる。
政宗の予想の範疇外である積極的かつ協力的なそれと、
理性を剥ぎ取る行為そのものに、政宗は思考も含めひどく乱されてしまう。
「ああ……」
政宗の言わんとする意味を察し、官兵衛が微かに笑んだ。
普段の意趣返しのように、少々意地の悪い光を瞳に浮かばせた。
「何も出来ない、と言った覚えはないな」
その言を証明するように、官兵衛は指だけを器用に動かして政宗を更に追い詰めていく。
「あっ……」
思わず口から出てしまった嬌声に、政宗は頬を染め、咄嗟に手で口を覆う。
その隙に、勃ち上がったそこの先端から垂れる粘液を指先ですくい取り、
全体に塗りつけるように、官兵衛は上下に扱いた。
「っう、んっ」
政宗の顔が羞恥と快楽に歪む。
口を押さえる程度で凌げるはずもなく、指の間から音は漏れ出ていく。
その内に、手で押さえるのを諦め、政宗はその手を伸ばし、官兵衛へと縋り付く。
その仕草と潤んだ彼の瞳は、官兵衛を煽るには十分だ。
「……だがまあ、もちろんお前さんの協力は必要だ」
しかし、政宗を追い詰めていた手を止め、官兵衛は政宗へそう声を掛けた。
達する寸前でそれを止められ、政宗は身を震わせ、官兵衛を見上げる。
その瞳には、官兵衛の素気ない行動に対する非難と懇願の光が浮かんでいる。
「……何……?」
朦朧とした頭でも、官兵衛の言葉に従わなければ達することができないことは分かる。
だから政宗は続きを促す。
それに応え、官兵衛は、意地悪くとも間抜けとも言えるような笑みを浮かべ、口を開いた。
「脱がせてくれるか?」
視線を自身の着物へと向け、それからすぐに政宗へと戻すと、
官兵衛に促されるままに彷徨っていた政宗の目とかち合った。
「……」
熱の篭もった吐息を漏らし、政宗は何とも言えぬ顔をする。
「……それは、一人じゃ、できねえのか……?」
まだ理性は残っているが、存外に素直な様子で政宗はそう問い返した。
「さて、どうだろうな」
政宗の確認をそうはぐらかし、官兵衛は再び政宗へと口付ける。
「だが、お前さんにやってもらう方が好ましいな」
唇を離して、そう言いながら、官兵衛は止めていた手の動きを再開し、政宗を急かしてきた。
喘ぎながら、政宗はそれを制止しようとするが、力が入らずに抵抗すらままならない。
「待、て……まって、っ、う――」
意外にも呆気なく政宗は達し、吐き出した白濁が官兵衛の手を汚す。
呆然とした様子で荒い呼吸を繰り返す政宗の顔に自身の顔を寄せ、
官兵衛はもう一度己の着物を脱がすように政宗の耳元で囁いた。
漂わせていた視線を官兵衛へと合わせた後、政宗はようやく彼の着物へと手を掛けた。