孫市姐さんに物申す
「孫市! お前さんに言いたいことがある!」
「何だ、相も変わらず賑やかな男だな」
ずるずると巨大な鉄球を引き摺りながらこちらへと近付いてくる男の姿に僅かだが目を丸くした後、
孫市はその視線を再び手元の銃へと戻す。男が孫市のところへ辿り着く頃には弾込めも終えた。
再度顔を上げた孫市を見下ろし嘆息してから、岩に腰を下ろしている孫市の目線に合わせるように、
官兵衛は彼の手枷に繋がる鉄球に腰を下ろした。
「なあ孫市よ、小生はお前さん達の能力を買いかぶっていたようだが、お前さんもそうは思わんか?」
普段と同様に気怠げだったが、どこかふて腐れているようにも聞こえる声音に、
彼の言わんとすることをおおよそ察し、孫市は笑みを零した。
つまりこの男は、四国壊滅についての雑賀衆の調べに異議がある訳だ。
まあ当然だろう。雑賀衆の調べで結末が変わり、ひいては官兵衛の生死を分けることになるのだ。
「官兵衛、お前の言い分も分かる。だが私は、嘘は言っていないぞ」
「そりゃそうだとも。だから、手繰った糸を半ばで止めたお前さんを買いかぶっていたと言っているんだ」
この男らしい言い回しに、孫市はまた微笑するが、その笑みを顔に浮かべたまま言い返す。
「随分な言われようだが、買いかぶっていたというならば、私も同じだ」
その返しに含まれた意味を探っているのか、官兵衛は孫市の様子を窺う。
前髪に隠されながらも遠慮のないその視線を気にすることなく、孫市は言葉を継いだ。
「官兵衛、お前ならば、その冴えた頭で巧く元親をあしらえると、私はそう見ていたのだが?」
「……」
官兵衛の真一文字に結ばれていた唇がへの字に変わった。
変わらず静かに笑んでいる孫市を苦虫を噛み潰したような顔で暫く睨んだ後、
唐突に眉尻を下げて官兵衛は俯き、長いため息をついた。
「……確かにそれは買いかぶりだな。
平然と頭と舌を回すには、四国はちょいと重すぎる」
そう自嘲する官兵衛の珍しくも弱気な様に哀れみを誘われたのか、孫市は幾らかその声を和らげた。
「お前の元親に対する負い目には、確かに私も少なからず驚かされたな」
「……」
「だが官兵衛、お前が只のギャグキャラにならなかったのは、元親の青ルートがあればこそではないのか?」
「いや、小生の立ち位置、不運なギャグ担当で確立されてるんだが」
「そうとは限らないぞ。一部では、実はイケメンだったとかなりの評判だ。知らないのか?」
「そ、そうなのか?」
「そうだ。しかもお前のテーマ曲に対する評価も高い」
「……それは小生に直接関係ない気もするが」
「更に言えば、お前のその不運や不遇に決して屈することのない気概は、我らを含め主要人物に一目置かれる程だ。
関ヶ原決戦ステージでの"慧眼対極"がそれを物語っている」
普段の彼女を知る者からして見れば、些か信じ難い程の慰めを含んだ激励だ。
それに戸惑いつつも、その珍しさも手伝って、次第に官兵衛の目に再び光が戻り始めた。
「そうか…そうだな。いや、小生もなかなかやるもんだ」
照れ臭さを交えながらも満更でもないその様子をやれやれと息をついて眺め、
孫市はついでとばかりに付け加えた。
「ちなみに官兵衛、その元親青ルートの結末を変えようと、伊達が奮闘していた」
「……えっ!?」
思わぬ名前に大げさに驚く官兵衛に、孫市はやはり賑やかな男だと思った。
その筆頭奮闘記
「……何か嫌な予感がする」
奥州へ戻るため上田を立とうと準備を進めるその最中、
政宗はぽつりとそう零すと、唐突に立ち上がり鞍を付けた愛馬に跨った。
「政宗様!?」
「ちょっと家康んとこまで行ってくる。後で追い付くから、お前は先帰ってろ、小十郎」
「ま、政宗様! お待ちを!!」
そして小十郎に制止の暇を与えぬ程の素早さで、あっという間に走り去ってしまった。
時と場所は変わり、家康との直談判のため三方ヶ原へ向かった元親は、
孫市から四国を襲った張本人は、家康ではなく黒田官兵衛だと聞かされ、驚愕していた。
淡々と告げる孫市の情報は耳に入ってくるが、あまりの衝撃に頭が追い付いていかない。
漸く思考が追い付いた時、元親は家康へと顔を向けた。
「家康…っ! 俺は…っ!」
「分かっている…もういいんだ。それよりも、行くんだろう?
もちろんワシも連れて行ってくれるだろうな」
頭を下げかけた元親をやんわりと制し、家康は微笑した。
そうだった。こいつはそういう男だ。
何一つ変わっていない友の姿を見て、元親の胸に喜びが湧き上がってくる。
「家康…!」
家康は何も言わず笑顔のまま頷いた。
その二人の様子を見て、もう心配ないだろうと思い、孫市も微笑を浮かべ、二人に声を掛けた。
「我らの役目は終わったようだな」
じゃあな。と言い残し、背を向けた孫市に向かって、元親は嬉しそうに手を振り、声を張り上げた。
「ありがとうよ、サヤカ!」
「礼を言うぐらいなら、いつまでもその名で呼ぶのはやめることだな」
一度振り返り、苦笑混じりにそう言い返し、孫市はその場を後にした。
そして、思わぬ人物とはち合わせ、彼女なりに珍しく驚いたのだが、
それを表面に上らせることはなく、問いかけてきた相手に家康と元親の居所を教えるに留めた。
関わり合いになるなと彼女の勘が告げており、それは実に賢明な判断だった。
一方、客観的な立ち位置にある孫市が不在の今、残された二人はその人物の登場にひどく困惑していた。
「独眼竜、何故ここに?」
確か彼は上田城に陣を構えていたはずだ。
その独眼竜を家康はついこの間訪ねたばかりだし、
その際に、奥州に一度戻ると彼の口から直接聞いてもいる。
だから政宗がここに現れた理由が全く分からない。
驚きと共に、元親の声をも代弁して、家康は至極当然の問いを口にする。
しかし、政宗はそれに一瞥を返すだけで何も答えず、明らかに不機嫌な様子で近付いてくる。
家康以上に戸惑っている元親と視線を交わし、共にどう対処したものかと考えあぐねていると、
辿り着いた政宗がようやっと口を開く。
「そんなこたあどうでもいい!」
その怒鳴り声と迫力に地面が揺れ、空気が震えた気がした。
いや、気のせいではなかった。
政宗の叫びに伴って彼から迸った雷が、地面を焦がし、空気中に弾け飛んだのだ。
その威力たるや戦国最強にも匹敵するかもしれない。
ピリピリと皮膚を刺す雷に圧倒され、
独眼竜の叫びが先程の家康の問いへの答え(ただし実際は答えになっているわけではない)
だと気付くのに家康も元親も少しの時を要した。
「おい、西海の鬼!」
「えっ、俺!?」
雷を纏ったまま、政宗はその怒りの矛先を元親へと向けた。
「てめえ何で上田に来ねえっ!何小田原経由で三方ヶ原行ってんだよ!
何のためにオレが上田まで進軍したと思ってやがるんだ!」
「えっ、石田んとこ行くためじゃねえの!?」
「ちげーよ馬鹿! アンタに緑ルート選ばせるために決まってんだろうが!
このオレと! 北条のじいさん! 選ぶまでもなくこっちだろうが!
東西兄貴同盟、それに竜鬼同盟はどうした! 何でオレを訪ねて来ねえんだよ!」
胸倉を掴まれ、よく分からない理由で喚かれ、思わず助けを求め元親は家康に視線を送る。
しかし家康の方も、どうしようコレ、といった様子だ。そりゃそうだろう。
「お、落ち着けよ独眼竜、サヤカも言うように、情報はできるだけ仕入れるに越したことはねえだろ。
それに、あんたを訪ねようとしても、進軍先から無くなっちまってるんじゃあ訪ねようがねえじゃねえか」
それでもどうにかして政宗を宥めようと元親は言い返すが、
それと同時に家康の顔がぎくりと強張ったのを視界の端に捉えた。
そういえば、上田に陣を張る伊達軍を進軍先から消滅させたのは徳川軍だった。
「Ah、そうだったな。てめえも来い、家康!」
元親の胸倉を掴んでいたものとは反対の腕をぬっと伸ばし、
政宗はその自慢の握力で家康の肩を掴み引き寄せた。
「ま、待て独眼竜、話を――」
逃げ損ない、巻き込まれることが確定した家康は、
友に加勢して、腹を立てている政宗を宥めようと口を開きかけるが、それを政宗が遮り先に口を開く。
「いいか西海の鬼、それに家康、よく聞け。
確かにアイツは何考えてるか分からねえ奴だ。
天下取りすら起死回生の手段にしちまうぐらいなんだ。
正味、このオレにもアイツの腹の底は分かりゃあしねえ」
しかし存外に頭は冷えているようで、それまでの怒鳴り声が言い含める調子に変わり、
同じく唐突に変わった話題に、元親と家康は再び顔を見合わせた。
「雑賀衆の情報を疑うつもりもねえ。
四国を襲い、それを家康の仕業に見せかけたのはアイツに違いねえんだろうさ」
その言葉で漸く政宗が誰のことを言っているかは察せられた。
政宗が黒田官兵衛と知り合いだったことは驚きだが、二人は黙して政宗が言葉を継ぐのを見守った。
勿論、胸倉と肩を掴まれ近くまで引き寄せられている元親と家康には、
政宗の雷からの逃げ場は無いため迂闊なことは言えないからだ。
「だが、だからこそ納得できねえんだよ。
自ら手を汚し、アンタの怒りや恨みを買ってまでの企みにしちゃあ、アイツの利するところが少なすぎる。
アイツはその程度で満足するような器の男じゃねえ」
「……なぜそれが分かる?」
独眼竜が黒田官兵衛をそこまで高く買う理由が分からず、元親は訝しげに政宗を見つめる。
その目を見つめ返し、政宗は不敵な笑みを浮かべた。
「分かるさ、オレはアイツをそう見ている。
オレはオレの目を信じている……それだけだ」
自信を含ませそう宣言する政宗に多少感じ入るものがあったらしく、元親の心にも次第にさざ波が立てられていく。
この独眼竜にここまで言わせる相手なのだ。
少なくとも、話を聞いてみる価値はあるかもしれない。
「……独眼竜、それワシへの台詞じゃ……」
思わずそう口にせずにはいられなかった家康を余所に、政宗は最後とばかりに付け加えた。
「それにな、アイツの機巧に対する知識はすげえ。
残念ながらオレにはさっぱりだが、西海の鬼、アンタとならきっと話も馬も合うと思うぜ」
「ほ、本当か!?」
機巧と聞いて、元親の目が俄に輝きを増した。
それを見て、してやったりと、政宗は満足そうに笑みを浮かべた。
「……」
盛り上がる二人に完全に置いてけぼりをくらった家康だが、
それに文句を言う訳でも呆れる訳でもなく、
これも一つの絆だと大仰に自身を納得させるのだった。