「…そこらへんにしといてあげなよ」
反応の無くなった身体をそのまま揺さぶり続けている幸村に、上から声が聞こえた。
「佐助、か…っ」
身震いし中に何度目かの吐精をした後、まだ満足していないのか唇を貪り始めた。
天井から部屋に下り、主人の方を直視しないようにしながら佐助は窘める。
「もう気絶しちゃってますよ、竜の旦那」
「……」
眉を顰め佐助を横目で見遣った後、幸村は名残惜しげに唇を離した。
「…漸くだ、佐助」
「……」
「漸く、政宗殿が俺を受け入れて下された」
「……」
「惜しげもなく艶声をあげられ、強請って下されたのだ」
力の入っていない身体を愛しげに抱き締めうっとりと呟く声は、
彼が思っていた以上にのめり込んでしまっていることを佐助に気付かせる。
狂気にも似た光を浮かべる瞳を見つめ、ただ思ったのは、ヤバイ、ということだ。
ただの玩具で済ませておけば良かった。
そこで止めておかねばなるまい。
「…それが本当なら、良かったんですけどね」
幸村から目を逸らし、代わりに意識を手放しされるがままの竜に目を向けた。
「…薬使われてたみたいですよ、あいつらに」
「…薬?」
怪訝そうに見つめてきた幸村から、佐助は再び目を逸らし頷いた。
「まだ甘ったるい匂いするでしょ。媚薬だよ」
「なっ!」
驚愕に見開かれるその目に漸く目を遣り、意識のない政宗を指差す。
「皮膚から染み込んでさ、ついでにこの匂いでもさ、いかれちゃうんだよねぇ」
その指は政宗の下腹に付着する白いぬめりを差すが、
それが言わんとしているのは己が吐き出した精ではなく、透明ではあるが妙に粘りのある液体だということに幸村は気付く。
その液体を指で絡め取ると、反応の消えていた政宗の身体が微かにビクついた。
「…何ということを…っ」
憤慨する幸村に心の中でだけ冷笑し佐助は嘆息した。
「だけど、旦那も同じでしょう?」
「何?」
己を見据える幸村の視線を受け止め、佐助は僅かな躊躇を奥底に隠してなるべく無感情に告げる。
「そういうもん使わないだけで、やってることは同じでしょう?」
「なっ、佐助!?」
思わぬ言葉に驚き、佐助を凝視するものの、幸村には咄嗟に言い返すことも窘めることも出来なかった。
佐助は表面上は嫌悪をその表情に浮かべ続けた。
「勘違いしてるようだから言っておきますがね、
これが何かちゃんと分かってますか?」
これ、と差される指先の方向には気を失った政宗がいる。
それに少々機嫌を悪くして幸村は答えた。
「何を言う、佐助。
この御方は奥州を統べる独眼竜・伊達政宗殿。
これ呼ばわりなど無礼であるぞ」
「それで?」
「は…?」
続く佐助のその問いの意味を理解しかね、幸村は眉を寄せた。
佐助は付け加えてやる。
「だからそれで旦那はどう思ったの? その人をどうしたいと思ったわけ?」
「それは…」
言い淀む幸村を急き立てるように、佐助は口調を早め始めた。
「覚えてないの?なら俺が教えてあげるよ。
あの御方が欲しい、って言ったんだよ」
「……」
それは、それならば覚えている。
奥州との戦が始まる前に確かに佐助にポツリと漏らしたし、
だから戦後には己だけでなく佐助からも信玄に願い出てもらったのだ。
「それが…」
どうしたのだ、と問おうとするが、佐助と目が合ったせいか直感で悟ったのか言いかけた言葉が途切れる。
その幸村に佐助は言い放った。
「欲しかっただけでしょ、旦那は。
子供がオモチャ欲しがるのと同じなんですよ」
「な――っ!」
瞳を驚愕に見開き二の句が継げない幸村を無表情なまま見遣って、佐助は口調だけ少し和らげた。
「だからそれで遊ぶのに文句はありませんよ。だけどね、旦那」
諭すように一言一言をしっかりと紡ぐ。
「大概にしておかないとダメですよ。もう子供じゃないんだから」
「佐助…待て、俺は…」
混乱がこれ以上の言葉を拒み、戸惑い露わなその瞳は縋るように佐助を見つめている。
否定したい頭は、言い返す言葉を探しながらも見つけられず、
政宗を包み隠すように抱くその腕には自然と力が込められていった。
佐助はついに表情も和らげ、微笑んだ。
それはいつもの佐助でいて、幸村が今まで気付かなかった冷たいものをも含んでいる。
「…そうじゃないと、すぐに壊れちゃいますからね、そのオモチャ」
背筋に走る寒気は目の前の忍故に生じたのか、
今はまだ名をつけられぬが己の身の内に潜む底知れぬ闇を孕んだもののせいか、
幸村には分からない。
戦場で見えた時から、刃を交えた時から、
同盟を結んだ時から、戦場以外で言葉を交わした時から、
書状を届けに訪ねた時から、もてなされた時から、
夢を語った時から、
共に戦場に立った時から、家臣と話す姿を見た時から、
己ではない誰かに話し、笑いかけている貴方を見た時から。
一体どれが始まりなのか。
何時から欲しいと願い出したのか。
それが、思い出せない。
欲しいと思った。ただ欲しかった。
手も足も身体も血も髪一筋さえ。
竜の全てを欲しいと思った。
ずっとそう願い続け、
そして漸く、
この手に掴んだと思ったのに。
それが媚薬という物の助けによろうとも、
確かにこの手に掴んだはずなのに。
この虚しさは、何だ。
妙に響く心臓の音で何も聞こえない。
瞳は仰け反った竜の首に吸い付けられ、それ以外何も見えない。
掴んだはずなのに。
手に入れたはずなのに。
どうして。
何故、手に入っていないんだ。
生きている限り、俺の及ばぬところで鼓動している限り、
手に入らないのだろうか。
伸ばされた手はその白い首に回され、ゆっくりと力を込めていく。
手から伝わる別の脈動と重なり、心臓の音が頭に響く。
煩い。
それ以外聞こえない。何も聞こえない。
だから、止めてしまえば。