「…俺は、何てことをしてしまったのだろう……」
事ある毎に漏らされる幸村の言葉には、忍ぶことが仕事の佐助とていい加減うんざりする。
「…じゃあ殺すなり返すなりすればいいでしょ」
そして佐助は言い飽きた台詞をまた口にする。
それに返される言葉も同じであると知っていても、佐助には他に言うべき言葉が見つからないし、
そこに立ち入るべき立場で無いことを承知しているからだ。
「ならぬ。それだけは…」
身を斬り裂かれるかのように顔を歪め、幸村は首を左右に振り消え入りそうな声でそう答える。
「じゃあさ、一体どうしたいわけ?」
埒があかないので、故意に声音に苛立ちを含ませてそう問い詰めると、苦痛に歪んでいた幸村の顔が泣きそうになった。
重傷だ。
「分からぬ。だが…」
「…何よ?」
初めて、分からない、の後に言葉が続けられた。
期待と正反対のものを予想しながら、佐助は続きを促す。
「…声を…また聞きたいのだ……」
最後にまともな言葉を彼が発したのはいつだったか。








 好き勝手に身体を蹂躙された後は、
他の何者かが中に出された精液を掻き出し義務的に身体を清め完治していない傷の上に布を巻いていく。
薬と共に食物を口に含ませ、込み上げる吐き気ごと無理矢理に飲み込ませる。
相変わらず頭の上で両の腕を戒める縄は解かれることなく、
ほとんど変わらぬ体勢に暫くは身体、特に腕は悲鳴を上げたものだが、
麻痺したのかそのうちたまに鈍い疼きを与えるだけになった。
最早腕の先は腐り果て使い物にならぬかもしれない。
そこまで思えば悪態を付く気力が漸く芽生えてくる。
その事実に笑いと諦め両方を感じた。
毎日はその繰り返しで、その毎日がどれ程過ぎたかも分からなかった。

「…ま、政、宗…殿……」
呼びかける声と近付いてくる気配に、少しだけ身体が強張る。
ぎり、と縄が軋んだ。
頬に添えられた手は熱く、それが性的な意味を込めて首を通り胸板を伝い腹の上を撫でていくと、
熱が移ったのか次第にじっとりとした汗が身体に浮かんでくる。
更に下へと伸びた手に、先走りに濡れるそこを掴まれれば、その男に慣れ始めた身体はビクリと反応を返した。
「……っう…」
それでも声だけはなるべく漏らさぬようにしてしまうのは、未だしぶとくも矜持が残っていたせいだろう。
「堪えないで下され…」
そう言い快楽と声を引き出そうとそこを扱き始めたその男に、
唾を吐きかけたい程の侮蔑と殺意にも似た激しい感情を抱いていることに気付き僅かに驚く。
「…っは…」
笑いか吐息か、漏れたその音は艶めかしく部屋に響く。
「旦那ー、だから駄目だって言ったでしょ」
不意に呆れた様子の声が耳に入る。
以前に家臣の名で以て己の状況を自覚させた男だと気付き、
無駄と知りながらも警戒心を呼び起こす。
「佐助、しかし…」
「しかしじゃないの、旦那が言い出したんでしょ」
躊躇いを即座に窘められ、男は言葉を詰まらせる。
「手っ取り早く脅しちゃえばいいんだよ、やらしい声出さないと家臣を殺すって」
相変わらずの冷めた口調はひたすら義務的で、成る程、人の扱い方を心得ていた。
それに身体が震えるのは恐怖か怒りか、どちらにしろ己の弱さからくる感情であるには間違いない。
しかしその弱さを否定する気など政宗にはない。
「ねぇ、独眼竜の旦那、あんたも分かってるんだろ?」
不意に気付くのは声を抑えていた感情が矜持では無いことだった。
では何故かと問われれば答えを躊躇ってしまうものではあったが、
言ってみれば複雑すぎて、それとも単純すぎて、矜持だけでは無いそれを上手く捉えられないのだ。
 暫くの沈黙と誰一人として動きを見せなかった時間は、やはり政宗の嘆息めいた吐息によって破られる。
その男は躊躇いがちに指を後孔に挿し入れ、緩慢に動かし始めた。
「…うっ…っあ…」
最初に抑えてから義務のように続けてきたそれに所詮意味など無かったろうし、打ち砕かれた今となっては更に無意味なことだ。
「あっ…ん…っ」
中で蠢くその指に合わせて腰を揺らめかせ、音を息に乗せて外へと吐き出す。
それだけで楽になり、同時に何かが崩れていった。








「良かったじゃん、旦那、これで好きなだけ声聞けるでしょ」
「……」
故意に軽い調子で出される佐助の声に幸村は押し黙ったまま応えないが、
承知の上で佐助は更に幸村を追い詰める。
「それでも物足りないならまた脅しちゃえばいいよ。
 ああいうのにはこの方法が一番効果的だからさ」
「…佐助、もう良い…」
疲れた様子で幸村が止めるが、佐助に止める気はない。
「でもああいうのはホント扱いやすいねぇ」
無感情な声が幸村を苛立たせ、幸村は声を荒げ窘めた。
「佐助!」
「…何怒ってんだよ。全部あんたが言い出したことだろ」
吐き捨てるように言い返され、幸村は打ちのめされた表情で佐助を凝視する。
「あの人が欲しいって言い出したのも犯したのも声を聞きたいって思ったのも全部あんただよ、真田の旦那」
「俺はっ、俺はただ…っ!」
「ただ?」
「…ただ…っ」
言い返そうとするが言葉が上手く出て来ない。
代わりに射抜くように佐助を睨み付けるが、大した効果も無かった。
佐助は聞こえるようにため息をつき、表情を和らげた。
「…それじゃ、俺そろそろ行きますよ。お館様に報告もあるんで」
詰問から解放されたものの、やり切れない表情のままの幸村に佐助は笑いかけた。
「…俺が居ない間に壊しちゃダメだよ〜」




「……俺は…っ」
最初に望んだのは何だったか、思い出せない。








何かを感じながらもそれが何かが分からない。
憎しみか侮蔑か嘲りか怒りか哀れみか、
複雑に蠢いているこれは、その全てを持っていながら全てに当てはまらずそれ以外も孕んでいる。
だからまだ答えは出ない。
 目が見えぬせいか、人の気配には鋭くなったようだ。
どこかも分からぬがここに来るのはあの熱い男か義務的な世話人かそれともあの冷たい男ぐらいで、
そしてその者たちがすることも日々同じだった。
陵辱か世話か脅迫。
性質の違うそれだからこそ直ぐに判断もつく。
撫で回し始めた手に、ああ、あの男か、とは思うがこの男にしては珍しく触れてくる前に一言も発さなかった。
撫で回すその手にも違和感を覚え、同時にそこまで慣れていたのか、と苦笑も浮かんだが、
背後からも回された別の腕で確信した。
これは、違う。
そういえば声からして違うではないか、と今更ながら気付き、
さてどうしたものかと他人事のように思った。
その間に何か粘りのある液体が垂らされる。
「……」
あの男の命令ならばこの仕打ちも仕方ないだろうが、これは違う類のものだと直感する。
ならば良いように嬲られる謂われはない。
鬱屈していたものを吐き出すかのように、
開かされた足で逆に正面にいた方の男を蹴りつけ、
続いて背後の男に頭突きをお見舞いしてやった。
間の抜けた声が正面背後両方から上がったが、
すぐさま立ち直りお返しとばかりに遠慮無しに腹を蹴られ息が詰まると共に激痛が走った。
呻く暇もなく背後から回された腕が首を締め付ける。
怒声と何か罵りの声が聞こえ、何度か顔を叩かれた。
両手の自由が効かない中で流石に無謀なのは分かっていたが、
だからと言って好き勝手させるのは己の矜持が許さなかった。
何だ、まだ残っていたのか、とぐらぐらと揺れる頭で投げやり気味にそう思った。
 再び正面背後から手が伸びて身体を撫で回していく。
先程垂らされた液体のおかげで無骨な手が滑らかに肌を這い回り、それが妙に触覚を刺激する。
どうも変だと思った瞬間に、先程の液体にそういう成分が含まれていたのだろう、と思い至った。
「…ひ…っ」
指が穴を探り当て無遠慮に入り込んでくるが、
行為そのものに慣れた身体は容易にそれを受け入れ、
勃ちあがる己のそこへの刺激と共に更なる激しく熱いものを望み腰が浮ついた。
たとえそれを与えるものがあの男でなくとも良いのだと身体が言っている。
行為そのものを望むように何時からなったのだ、何故そんなことを思ったのか、と愕然とし、
それを拒み闇雲に再び蹴り上げてみるものの呆気ない程簡単にその足は掴まれ、そのまま更に開かされた。
 宛がわれた熱いものにそこが物欲しげにひくつき身震いした時に気付いた。
その熱い楔で一気に突き刺して欲しい。
身体は完全にそれを望んでいる。
ただ意識は、やはりそれを感じているだけだった。




「貴様ら…何をしておる……?」




怒りと侮蔑の中に嫉妬すら孕みながら、その声はあの暑苦しい男にしてはいやに冷たかった。
それに興奮し身を震わせながら、断末魔の叫び声をどこか遠くで耳にした。








「政宗殿!政宗殿っ!!」
目を覆っていた布を取られ、久しぶりの眩しい光を目蓋を開かずして感じた。
「目を…目を開けて下され…っ!!」
揺り動かされ、呼びかけてくるその声は五月蠅さと同時に悲痛に満ちていて、
恐慌状態にまで陥いりそれでも必死に呼びかけるものだから、
流石に哀れに思い、重い目蓋を開いてやる。
「ああ…政宗殿…っ!」
薬のせいか焦点が定まらず輪郭はぼやけたままだ。
ただその紅い色だけが瞳に飛び込んでくる。
「申し訳ござらぬ…っ…そなたを、このような…っ」
政宗を強く抱き締め謝り続けるこの男は、己も日々同じことをしていることを自覚しているのだろうか。
呆れながらも鼻孔を刺激する血の臭いに顔を顰めた。
それは己の胸を騒がせる。
「……ち…る」
嬌声以外の声など久方ぶりだ。上手く舌が動かない。
しかしそれでも男には届いたらしく、ただの音ではない言葉を聞くのが嬉しいのか、
眉を寄せながらも耳を澄ませ必死に聞き取ろうとしている。
だから言葉を絞り出して告げてやった。
「……ち、の…におい、だ」
「…?」
怪訝に見つめているのが気配で分かった。
ああ、気付いていないのか。

だが俺は、気が付いた。
血の臭いに獣が呼び起こされ、抑えきれない。
お前も、俺も。

「…っく、」
だから笑ったのだが、男にはただ呻いたようにしか思えなかったらしい。
「あっ、傷が痛みますか!?」
ぼやけた視界ながらおろおろと周囲を見渡している男の姿を捉え、
誰かを呼ぶつもりだろうと思い、固い動きで首を左右に振る。
来たとしてもあの二人であるならば、この男だけがどんなにマシか。
幸いに気付いたらしく再びこちらに目を向けたようだが、幾分不安げに口を開く。
「しかし…傷が…」
「…うっ!」
その言葉と同時に身動いだ時、腹に痛みが走った。
「ああっ、やはり…っ」
呻き声と先程殴られたせいで開いたらしい傷を労るように、腹にそっと手が添えられ、撫でられた。
「あ…っ…」
ビクリと反応を返し嬌声めいた悲鳴をあげた己に、その男共々驚いたが直ぐに気付く。
薬がまだ効いているのだ。
「ま、政宗殿…っ」
嬌声に当てられたのか切羽詰まったような声があがるが、
傷を気遣うつもりなのか珍しくも堪えそのまま動こうとしない。
「…っ…」
身体が火照り理性が剥ぎ取られていく。
抱えられ触れているその手から熱が伝わり、
それが更に己を煽っているのを感じ、
開いた傷の痛みや手首を縛る縄にさえ、最早感触など無いというのに乱れさせられている気がした。
「あ、うぅ…っ、は、やく…っ」
この口がまさか強請りの言葉を紡ぐとは。
どこか遠くで自嘲しながら、荒い呼吸で言い募る。
もしもこの手が動くならば、きっとこの背に腕を回し縋っていただろう。
そして、…
仮定に過ぎない確信を抱きながら、身体は欲に忠実で意識はそれを遠くで見るだけだ。
「はやく…もう…っ」
「あぁっ、政宗殿…っ!」
感極まり抱き付いてきたその男の背に腕を回す代わりに未だ動く脚を絡み付けた。
それがその男の動きを邪魔するらしく、膝の裏を掴まれ再び開かせられると一気に貫かれた。
「ああぁっっ!!」
挿れられた瞬間に熱と電気が身体を駆け巡った気がした。
中が楔を受け入れるのを待たずに性急に動かされ、いつもならば苦痛に顔を歪めていただろうが今回は違う。
その独りよがりな律動は確かに己からも快楽を引き出し、
身体は悦び濡れ、
今にも達しそうなそこの先端から零れる白濁は、そこに当たるその男の腹をも濡らしていく。
乱暴に揺さぶられても無遠慮に奥を突かれても、
痛みを伴いながら確かに気持ち良いと感じている己を、やはり意識だけは遠くで冷笑し、
それを知っていながらもそれにさえ興奮し、
絶頂を迎えた。

























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まだ続きます。