誕生日





紅い犬が寝ている。しかも他人の屋敷の縁側で身体を大の字にして。
「……Ha」
ここまで傍若無人で無防備な姿を晒されると怒りを通り越して苦笑するしかない。
戯れに足で頭を軽く蹴飛ばしてみるが、紅い犬もとい幸村は瞼一つ動かさない。
熟睡を通り越して爆睡だ。
「ぅぅぉお館さぶぁぁ…!」
恐らくは夢の中で彼の敬愛する主君と拳をぶつけ合っているのだろう。
寝とぼけているのでいつもの喧しさも勢いも無いが、
何も眠っている時まで叫ばずとも良いものを、
と思いつつ、彼の見る夢を容易に想像出来るその単純さにまた笑うしかない。
未だ大の字で爆睡中の幸村の隣に、政宗は腰を下ろした。
庭に目を遣り続いて空にその瞳を向ける。
 今日のこの日は、伊達政宗が誕生したという事実だけに留まらない。
苦さも辛さも儚さも喜びも孕んだこのうねりは、政宗を奮い立たせ苛み続ける。
普段は難なく扱えるこれは、時折酷く暴れ出す。特にこの日は。








「……政宗殿」
不意に呼ばれる名に、傍らの幸村に顔を向ける。
警戒心の全く無いその寝顔は決して可愛いものではなく、ただの間の抜けた顔だ。
「政宗殿ぉ…」
再び寝言で呼ばれ、おい、さっきまでのお館様はどうした、
と名を呼ばれる故に生じた嬉しさを包み込んだ苦笑が漏れる。
「…い」
「い?」
政宗が鸚鵡返しに呟くと、それに応えるように幸村はもう一度繰り返した。
「愛しゅうござるぅ」
「っ」
不意打ちだ。しかも直球な言葉に流石に少し動揺した。
「…どんな夢見てんだよ、アンタ…」
頬が微かに赤く染めた姿を本人が見れば、
暴走して飛びかかってくるか鼻血を出して昏倒するかのどちらかであることは明白であったが、
幸か不幸か当の本人は現の彼を見ていない。


見ていなかったのに、




「…政宗殿、何か嬉しいことでも?」


戯れに伸ばした指が普段の鉢巻をしていない幸村の前髪を絡ませ、
それがくすぐったかったのかうっすらと目を開いた幸村はその瞳に微笑する政宗を捉えてしまった。
政宗は僅かに目を見開くが、
半分閉じかけの瞼と動きの少ない身体に未だ彼が夢と現の狭間にいると気付いた。
その狭間では、政宗も普段よりかは素直になれる気がした。
「…ああ、アンタがいるからかもなぁ」
「それは光栄」
柔らかく微笑し、幸村は投げ出していた腕を伸ばしながらもう一度彼の名を呼んだ。
「政宗殿」
「うん?」
素直に甘えられる歳を疾うに超した幸村がそれをしたとて到底似合うものでは無かったが、
政宗は伸ばされた腕に応え彼の方に身体を傾ける。
政宗の首に幸村の腕が絡まり、そのまま引き寄せる。
身体が傾き、その勢いのまま幸村の肩当たりに顔を埋めた。
「おい、ゆ――」
「そなたが愛しゅうござる」
熱の篭もった声が頭に直接響いた気がした。
ただ暑苦しいと思っていた声は存外強かった。
最早狭間でなく現世に立ち戻った彼の腕の中で、政宗はふと感じる。
夢でも現でもこの男は同じ言葉を吐く。
夢も現も関係無しに、俺を愛しいと。
それに湧き起こされる感情は心の空虚を埋め、満たされていった。
同時に暴れ出したうねりが収まったことを確かに感じた。




嗚呼、この男ならば。




あの時に信じ切れなかったものを、今はもう信じられるのだ。
それが堪らなく嬉しかった。


「Thanks, I love you too」


伝わらぬ言葉に隠した政宗の心は、幸村の微笑に受け止められた。

























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ファイル整理してたら見つけたブツ。
うわ何コレあまぁぁいぃっ!!ww
でもこれサイト上げてないよね、ついでに上げとけ → 2007年9月5日の日記で発見。
というわけでサルベージにございます。