大丈夫





 あんたは時間にうるさいから、きっと今は大丈夫なはずさ。
「…よっこいせ、と」
閉じていた目を開き、慶次は寝転んでいた身体を起こした。
 ずんずんと歩いて向かう先は、慶次が現在身を寄せているこの城の主のところだ。
「政宗!」
その城主の名を呼び、開けた障子から中を覗き込むと、政宗は煙管を吹かしていた。
ゆらゆらとした煙が慶次のところまで漂ってくる。
「……何か用か?」
露骨に不機嫌さが出されているが、慶次は気にしない。
「今、暇だろう?
ちょいと付き合いな」
「暇じゃねぇよ」
即答して、ため息と共に煙を吐いた。
慶次は政宗に近付きながら言った。
「暇だろう。あんたは時間に律儀だからな」
決まった時間に決まったことをする彼だから、
今は政の合間で、時間に余裕はあるはずだ。
現に一服しているし。
「…アンタに付き合う暇がねぇって言ってんだよ」
そう言い捨てられるのもいつものことだ。
だから慶次もいつもの調子で食い下がった。
「そう遠慮するな」
「してねぇよ」
とりつく島もないので、慶次は最終手段に出ることにした。
まだ二回目なので、成功の可能性は高いはずだ。
その巨体で政宗のすぐ側まで近付き、
慶次は、うんざりした様子で彼を見上げる政宗を見下ろした。
「良いもん見せてやるから」
眉を顰めている政宗に笑顔でそう言い、
それと同時に、政宗の身体をがしっと掴み、肩に担ぎ上げた。
「――てめ…っ!」
驚きながらも、当然政宗は暴れ出す。
見越していたのだろう、
生憎、刀は慶次の肩に引っかかって抜くことはできなかった。
代わりに、政宗は慶次の背中を叩くが、さして効果もない。
 慶次が歩き出す。
「そう暴れてくれるな、そんなに遠くないから」
「そういう問題じゃねぇ!」
「安心しろ、松風でひとっ飛びだ」
「だからそういう問題じゃねぇ!!」
騒ぎを聞きつけ、小姓や侍女たちが集まってきた。
「ちょっとお殿さん借りてくよ」
目を瞠り、狼狽する彼らに事も無げにそう言い、外へと出て行く。
いつからか、同じく騒ぎを聞きつけたらしく、
小猿の夢吉が慶次の後ろをトコトコとついてきていた。
悪口雑言を吐きながら暴れる政宗を強引に松風に乗せ、
自分も乗ったところで、慶次は夢吉に気付き、声をかけた。
「悪い夢吉、今日はお留守番だ。
お殿さんの代わりにしっかり城を守るんだぞ〜」
きぃ、と夢吉は了承か不満かの鳴き声を上げた。
その鳴き声を聞く前に、慶次をのせた松風は走り出していた。
 風に乗って、政宗の悲鳴とも怒号ともとれる声が夢吉の耳に入ってきた。








 自慢の速さで、松風は瞬く間に城下を抜け、林に入った。
速度を落とさず木を避け、奥へと進んでいく。
なかなか深く、林というよりは森だった。
「…どこまで行く気だ?」
暴れ疲れた政宗がそう尋ねたところで、不意に松風はその足を止めた。
「悪いがこっからは歩きなんだ」
慶次はそう言い、松風から降りる。
示された方向は、確かに馬で入るのは無理なようだった。
慶次は自分に続き、降りようとした政宗を留め、再び肩に担ぎ上げた。
「付き合ってくれたからな、これぐらいさせてもらうさ」
「……」
付き合ってやったんじゃない、付き合わされてんだよ。
ていうか、お前のこれぐらいは人を荷物扱いすることか。
そう言いたかったが、呆れて言葉が出てこない。
それにこの状態で連れてこられたので、履物もない。
まあ、無いなら無いでいいのだが。
「……」
なんか面倒になってきた。
甚だ不愉快なのは確かだが、なんかもういい。
「……せめて、荷物扱いは止めろ」
辛うじてそれだけ言った。




 嬉しそうな慶次に抱えられ、疲れた様子の政宗は大儀そうに周りを見渡していた。
しかしかなり深くまで入っているので、木しか見るものがない。
「なぁ、良いもんってのは、まだなのか?」
「んー、道に迷ったかもなぁ…」
「……」
どこまで本当か分からぬ口調でそう言われ、政宗は眉を顰めた。
そんな彼の様子を見て、慶次は楽しそうに笑う。
「あんたは怒ってばかりだねぇ」
「誰が怒らせてんだ、誰が」
「でも俺はそんなあんたが好きだよ」
「……」
ああ、もう。
俺は何度こいつに呆れさせられればいいんだ。
「本気で惚れてんだよ」
「……」
冷たい目で政宗が慶次を見つめるので、慶次はそう付け加えた。
何度も言っているのに、
身体だって重ねてるのに、
信じてくれないんだな、あんたは。
「…ああ、着いたみたいだ」
慶次の声に、政宗は言おうとした言葉を飲み込み、
その視線を慶次から彼が見つめる方向へと移した。








「……」
目を奪われた。
幻想的で、神秘的で、侵しがたい。
侵されてはならない。
 視線の先には小さな湖があった。
その真ん中にこれまた小さな浮島があり、その中央に満開の桜が咲いていた。
一本だけの桜はその淡い色のせいか儚げだったが、
他に邪魔されることもなく枝を四方に広げ、花を咲かせているその姿は、
それでいて、どこか誇らしげにも見えた。
 風で小波が立ち、湖の中の花びらが揺れる。
同時に、薄紅色の花びらは、ひらひらと二人のところまで舞ってきた。
冷たい風と柔らかな花びらが政宗の頬を撫でる。
「…綺麗だろう?」
言葉もなく目を奪われている政宗に、
慶次はそう言いながら政宗の髪に引っかかった花びらを取ってやる。
「…ああ」
上の空でそう呟いた後、慶次の方を向き、微かに政宗が笑いかけてきた気がしたが、
我に返ったのだろう、気まずそうに顔をそらされた。
「…まあまあだ」
再び慶次の方を向き、渋い顔をして言い直した。
感想は感動の半分程度に留めておく。
全部伝えないのは政宗の意地と照れだ。
「なら良かった」
それを知っているので、その言葉だけで十分だった。
慶次は政宗に向かって微笑む。
政宗にはそんな彼の優しさが嬉しい。
自分に惚れたと言ってくれていることが嬉しい。
だがその気持ちを認めたくない。
認めたら、この男は傾奇者だから、きっと……
だから恐いのだ。
だからこのままが良い。
政宗はまた顔を背けた。




 やはり律儀な性格の政宗なので、
しばらくの間、口の中で低く唸り、小さく何事かをぶつぶつと呟いていたが、
言いにくそうながら、はっきりと言った。
「…ありがとう」
あの政宗が素直に礼を言うことに、慶次は少し驚いたが、
すぐに嬉しさと愛しさが込み上げてきた。
「だから好きなんだよ、あんたが」
一度手を離して、わざわざ政宗を地面に降ろしてから、
慶次は腕の中に政宗を包み込み、しっかりと抱き締める。
「馬鹿、慶次離せ!」
たまに受け止めるが、やっぱり押したら引く方なので、政宗が再び暴れ出した。
それを押さえる意味も含め、慶次は抱き締める腕に更に力を込める。
「離さない、必ずあんたに俺を惚れさせてみせる」
「うっ…」
政宗はこういった直球な押しには割と弱い。
思わずたじろいでしまった。
 それが仇となった。
「政宗!」
そのまま地面に押し倒された。
「ギャーッ!離せ離せ!!」
顔を青くして、抵抗してくる腕や足を押さえたり放っておいたりしながら、
慶次は政宗の着物に手をかけた。
「け、慶次!」
焦った呼び声も、制止の手も、すぐに変わるから。
変えるから。
「心配するな、気持ち良くする」
惚れたあんたの、乱れた姿と艶のある声を、
また見せておくれ、
聞かせておくれ。
あんたの全てを、知りたいんだ。
「慶――」
制止の言葉を放とうとした政宗の唇を、自分の唇で塞いだ。




大丈夫。
全て知った後も、あんたから離れたりしないから。

























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煙管はどこいったよ;
(答:担がれた時に放ってしまった。
   火事になる前に小姓か侍女あたりが拾っておいたとかね)
フライングに留まらず、季節無視もいいとこなケイダテ。

某友人に、ダテがツンデレだと言われました(笑)。