「――ああ分かった、すぐ行く。」
そう言ってロイは受話器を置いた。
ロイの喋っていることから電話の内容は分かっている。
それでも私はロイの言葉を待ってじっと彼を睨み続ける。
そんな私の視線に気付かないふりをして、ロイは時計に目をやった。
それからやっと、ぽつりと呟いた。
「・・・急な仕事が入った、行ってくる。」

「ふざけんじゃないわよ―――!!」






    Can't be helped !!! 





私の金切り声に、ロイは眉をしかめて耳に指を突っ込んだ。
「・・・すごい声だな、応援団でもやってたのか?」
「話を逸らそうったってそうはいかないからね!
 何が『すぐ行く』よ!冗談も休み休み言ってよね!
 久しぶりに休みが取れるって言って私に同じ日に有休とらせたのは誰よ!」
私が大声でまくしたてても、ロイは焦る様子も困った様子も見せずに、
相変わらず眉をしかめて耳に指を突っ込んだまま。
そんなに耳になにか突っ込んでおきたいんなら、綿棒を力の限り突っ込んでやろうか。
「しょうがないだろう、仕事なんだから。」
「その言葉は聞き飽きた!
 しょうがないしょうがないしょうがない・・・。
 しょうがないで済んだら世の中もっとうまくいってるってーの!」
「そう言っても仕事は仕事なんだからしょうがないだろう・・・。」
「だいたいなんでいつもいつも2人で会ってるときに限って仕事がくるのよ!」
「俺のせいじゃない。」
ロイはそう言って深いため息をつくと、また時計のほうにチラリと目をやった。
当然だけど、ホントに仕事に行く気だ。
もうちょっと申し訳なさそうにするとか謝るとか、なんでそういうことができないのよこの男は・・・!
くっそ、こうなったら・・・!
あー!急にお腹が痛くなった!痛い痛い!死にそう!
 だから行かないでロイ〜〜〜〜〜〜!」
お腹を抱え込んで、大げさに床を転がってみた。
わめきながらロイのほうに目をやると、実に冷ややかな表情をしている。
これは怒ったときの反応だ。
さすがのロイも、私の子供じみた行動に腹が立ってきたらしい。
いいわよ、怒れ怒れ!
「・・・何段目だ?」
「は?」
床に寝転がったままの私を見下ろして、ロイは言った。


「痛いのはその三段腹の何段目だと訊いてるんだ。」


――手を出さなかった私はえらい。


「今すぐ出てけ―――!!」







なみなみと注いだ水を飲み干して、ダンッとシンクにコップを置いた。
すごい、怒ってるときに飲むとただの水道水がすごく美味しいわ。
単に怒鳴りすぎて喉が渇いてただけなんだけど。
「あーむかつく〜〜〜・・・!」
何がむかつくってロイの態度と言葉にもむかつくんだけど、なにより自分に腹が立つ。
本当は分かってる、軍のお仕事って急なものが多いの。
だから本当に『しょうがない』。
あんなわがままを言ったところでどうにもならない。
たとえ私が瀕死の状態でも、ロイは呼び出しを受ければ出勤しなければダメだ。
・・・でも、せっかく久しぶりに1日中2人で過ごせるはずだったのに。
せっかく有休をとったのに!
晩ご飯は気合入れて作るつもりだったのに!!
そのためにありとあらゆる食材を用意してたのに!!!
「どうしてくれるのよ、冷蔵庫の中の山のような食品たちをー!」
ってああ〜、ダメだ、落ち着け、私。
もう1度蛇口をひねってコップに勢い良く水を入れる。
それを一気に飲み干した。
「・・・っはー・・・。」
我ながらなんて血の気が多いんだ・・・。
情けない、もうちょっと年相応の落ち着きを身につけるべきだわ。
ロイだっていつもそう言ってる。
そう、ロイの口癖っていうか、私にいつも言うこと。
『もっと落ち着きを持て。』
『スプーンとフォークをごっちゃにしてしまうな。』
『自分の脱いだ靴ぐらいきちんと揃えろ。』
・・・小言ばっかじゃないのよ。
いちいち命令口調なのが腹が立つわね。
あ、あともう1つあるや、ロイがよく言うこと。
ことあるごとに言うのよね。
ご飯食べてるときとか、ソファで一緒にだらだら本読んでるときとか、
帰ってきてすぐとか、ベッドの中で夢心地のときとか。

「・・・『誰かさんといるときが一番落ち着くよ』・・・。」

・・・だけど私は安眠枕でもアロマテラピーでもない。
ロイが好きな女だもん。
だからロイがいないと寂しいし、寂しいときは泣いちゃうよ。
一緒にいたいと思うのは、わがままなことかな、贅沢な願いかな。
ロイ相手だとそうかもしれない。
いろんなことを『しょうがない』と割り切らなければいけない。
それも分かってた。
分かってるけど、それでも、私は・・・・・。
「・・・・・はあ。」
自然とため息が出た。
顔をぷるぷるっと振ると、目から出た心の汗が粒になって散る。
「・・・寝よっかな。」
こういうときは寝てしまうに限る。
外に出てもいらないもの買っちゃうだけだし、日焼けするし。
本当に三段腹になってロイに嫌われるのもイヤだからやけ食いもやめておく。
帰ってきたロイになんて言うかは、起きてから考えよう。
・・・せめて夢では、ロイと一緒に過ごせますように。





玄関からガタンという音がするのが聞こえて目が覚めた。
しまった、本格的に寝てた。
ベッド際のスタンドのスイッチを入れると、暗闇がほんのりと照らされる。
目を凝らして時計を見ると、深夜12時をまわっていた。
晩ご飯食べ損ねたなあ・・・。
そうこう考えてるうちに、静かにドアが開いた。
「・・・?起きてたのか。」
「今起きた・・・。」
この時間なら当然だけど、私が眠り込んでると思っていたらしく、
ベッドにぬぼーっとして座っている私を見てロイは多少驚いていた。
あー・・・顔脂ぎってるかも。
「疲れた・・・。」
ロイはぼそっとそう言って、ベッドに勢い良く腰掛けた。
ベッドが大きく軋んで私の身体が揺れる。
ほのかな明かりに照らされたロイの顔は言葉どおり疲れた様子だ。
やや憔悴した二枚目のほっぺにそっと唇を押し当ててやると、
二枚目はほうと息をついて私の胸に顔をうずめてきた。
「私の胸は高いわよ。」
「・・・疲れた、腹が減った、風呂に入りたい。」
「人の話聞いてないわね。」
「なんでまだ洋服のままなんだ?」
「ロイが出て行った後、そのままふて寝しちゃったから。」
「そうか。」
くしゃくしゃと真っ黒な髪の毛を撫でると、いつもみたいにサラサラではなかった。
首筋に触ってみても、汗で少しべたついている。
かく言う私も寝汗でじっとりしてるんだけど。
「今私汗臭いよ。」
「俺もだ。」
「最悪な2人ね・・・。」
ロイの肩がぴくっと揺れた。
笑ってる。
不規則に動く身体を起こして、ロイは私を笑い顔で見上げた。


「やっぱり、誰かさんといるときが一番落ち着くよ。」


・・・・・再び私の胸に顔をうずめる色男が、憎らしいぐらいに愛しい。
あー、くそう、なんなんだこの男は。
なんなんだ、こんな男が好きな私は。
、一緒に風呂入ろう。」
「誰がそのお風呂にお湯を入れるのよ。」
「ジャンケンしよう。」
「・・・・・。」
こんな男と居ても落ち着いた生活なんて絶対できやしない。
偉そうだし小言多いし素直に謝らないし甘えたいときだけすりよってくるし。
いつまで経ってもヤキモキさせられるだけに違いない。
それでも最後には、言わされてしまう、あのセリフ。


「・・・しょうがないなあ。」




―――人生は、『しょうがない』で出来ている。