ゴン、と音を立てておでことテーブルがキスをした。 刺激的すぎるそのキスは当然痛かったけど、それよりも今は疲れが上回っている。 「おーわーらーなーいー・・・。」 唸るようにそう呟いて目を閉じると、さっきの痛みもなんのその、急激な眠気に襲われた。 やばい、今寝ると明日大変なことになる。 大変なことっていうか、私の社会人生命が危機的状況を迎えてしまう。 でも眠い。 起きようとする心と寝ようとする身体がものすごい勢いで戦いを繰り広げている。 というかそんなこと考えてる時点で最早眠りに一歩足を踏み入れてる気が。 あー、真横で長時間電源が入りっぱなしのノートパソコンが熱風を吹いてるよ。 そろそろ買いかえたいんだよねえ・・・。 でもこれ就職祝いに親に買ってもらったものだから、安易に買い換えるのはちょっとな・・・。 そういえばしばらく実家に帰ってないなあ・・・。 お母さんの肉じゃが、食べた・・・・・ 「――!寝たらダメだって!」 「っ!!」 真横から聞こえた声に驚いて、私はびくっとして勢いよく身体を起こした。 やばい、心臓がものすごくドキドキいってる。 一気に覚醒すると同時に、寝かけていた自分を思って情けなくなった。 「ありがと、佐助・・・マジで寝そうだった・・・。」 心配そうに私を見下ろしている恋人――佐助に向かって、軽く手を上げる。 佐助はお風呂から出てきたばかりのようで、濡れた髪をわしゃわしゃとタオルで拭いている。 「や、別にそれくらいいいけどさ、大丈夫? も風呂入ってきて眠気覚ましてきたら?」 「ダメ。多分気持ちよくなって今度こそ寝ちゃう。」 強くそう言い切って、私はついにパソコンの液晶に映っている現実に目を戻した。 まだ未完成の、明日の会議で使われる資料。 あんのクソ上司め・・・直前になって『これまとめといてー』って無茶苦茶言うな! やれ!お前がやれ!直前まで放っておいたお前が責任持ってやれ! ・・・などとまさか上司に向かって言えるはずもなく。 にっこりそれを引き受けた私は、職場で終わらせきれなかった仕事を、 こうして家に帰っても必死でこなしているのだ。 終わるまで絶対に寝られない。 「インスタントでも良いならコーヒー淹れようか?」 佐助の一言に私はピクッと反応する。 「やった、嬉しい!淹れて淹れて! いつものミルクひとつ、お砂糖たっぷりの、甘〜〜〜いやつ!」 「はいはい。」 急に声に元気が出た私に苦笑して、佐助はキッチンへと足を運ぶ。 佐助の淹れるコーヒーは、どんなに安物のインスタントコーヒーでも何故かとても美味しい。 何か秘密があるのかと思って、いつだったか横でじっと見ていたけど、 特に変わったことはしていなかったのだから謎は深まるばかりだ。 なんでだろうと唸っていたら佐助は一言、「愛の力かな!」。 佐助の発言は乙女なんだかオッサンなんだか時々よく分からない。 でも私は佐助が大好き。 今だって時計はもうとっくに12時を過ぎているっていうのに、 いつもよりお風呂に入る時間を遅くしてこうして私に付き合ってくれてる。 それを恩着せがましく言わないのが佐助。 優しい佐助。 一緒に暮らし始めてからは特に、私にはこんな彼氏は勿体無いと何度も思った。 なんてことを考えていると早くも佐助がキッチンから戻ってきた。 両手に1つずつ、コーヒーのいい匂いをさせた湯気の立つカップを持っている。 「はい、おまちどーさま。」 「ありがとー。」 カップをひとつ私に手渡してくれると、佐助は私の横にごく自然にすとんと座った。 それだけのことが嬉しくてなんとなく顔がにやける。 そのにやけた顔を隠すべく、カップに口をつけた。 いつもどおりの甘くて美味しい佐助のコーヒー。 「内容が全然わかんないから進度もわかんないんだけど、どうなの?」 佐助もコーヒーを啜ると、パソコンの画面を覗きこんで眉をしかめた。 その眉間のしわひとつをとっても愛しいとか、もう頭がやられてしまっている気が。 「んー、7割って感じ。でもその残り3割が大変なんだよね・・・。」 「そういうもんだよね。」 「ていうかね、これだけ頑張って完成させたところで、 この資料が使われるのなんて短い時間なわけで、最終的に大部分はシュレッダー行きなのよ。 それを思うとなんかもうやる気がそがれちゃうわけ。」 優しい味のコーヒーをごくごくと飲み込んで、私は甘い香りのするため息をつく。 こうしたことの積み重ねで色々なものが回っていくのは分かっている。 それでもふいに無性に空しくなるのが人間なのだ。 ――と、ぽんとあったかい手が頭の上にのせられた。 きょとんとして顔を上げると、佐助が笑って私を見ていた。 「でもそういう頑張りって、見てる人はちゃんと見てて評価してくれてるもんだよ。 少なくとも俺はが頑張ってるのよく分かってるからさ。 って仕事の内容も分かんない俺が分かっててもだめ?」 「っ、佐助ぇー・・・!」 「おわっ!」 感極まって思い切り佐助に抱きつくと、勢いがつき過ぎて押し倒してしまった。 でもそんなの気にしないでしがみつく。 まだ中身の入ったカップをとっさにテーブルに置けた佐助はすごい。 その佐助は、「痛いじゃん」と言いながらもちゅっと軽くこめかみにキスをくれて、 それからぎゅーっと抱きしめ返してくれた。 ああ、やっぱり私には勿体無い人。 格好良くて優しくて痛くても怒らなくてコーヒー淹れるのが上手な彼氏なんて、言うことなしだ。 「ありがとう、佐助。頑張る。」 「俺コーヒー淹れるしかしてないし。」 耳元で佐助が小さく笑う声。 「そんなことないよ、何回でも言う、ありがとう。 そんで佐助は先に寝てていいよ。遅くまで付き合ってくれてありがと。 私1人でも頑張れるから。」 「そりゃー無理な話だねえ。寝る前にコーヒー飲んじゃったもん。付き合う。」 ああもう本当にこの男は・・・! 何度考えても私には勿体無い。 勿体無いけど、だからといって絶対離したくもない。 佐助から少し身体を離して、その顔を覗き込む。 「佐助、おかわりが欲しい。甘〜〜〜いの。」 「いいよ。じゃ、名残惜しいけどキッチン行くからちょっと離れてくれる?」 「違う。キスのおかわりが欲しい。」 どうも佐助の乙女なんだかオッサンなんだかな思考が伝染してしまったらしい。 けれどそんな私の発言に、佐助はぶはっとふき出して笑った後、満面の笑みを浮かべた。 「お安い御用。何杯?」 「何杯でもいいよ。」 「でもあんまりいっぱいおかわりされちゃうと、 俺様最終的にはにミルク注いじゃうことになっちゃうなー。」 「・・・・・・。」 答えが出た。 佐助のはオッサン思考だ。 「ウソウソ、じゃあ甘いのいかせてもらいまーす。」 一瞬引いてしまった私に気付いて、佐助はごまかすようにあははと笑ってそう続けた。 まあこんなところもひっくるめて私はこの人が大好き。 一生懸命仕事を頑張って稼いで、この人を旅行に連れていってあげるのもいいかもしれない。 あ、旅行の前にまずは私の淹れるまっずいコーヒーをご馳走するのもいい。 それで眉間にしわを寄せるであろう佐助に口直しのキスをあげるんだ。 うん、取り敢えずは、目の前の仕事を頑張ろう。 「・・・・や、違うな。」 「何?。」 唇が触れ合う寸前にぼそりと否定の言葉を呟いた私に、佐助は動きを止めた。 そのじれったそうな楽しそうな佐助の顔がどうしようもなくキュートで、 我慢できなくなって自分から唇をくっつけた。 ――取り敢えずは、目の前の佐助とのキスを楽しもう。 |
「Dream Novel製薬」様に参加させていただいた作品です。
『仕事で疲れた君に』というお題を担当しました〜。
どうでもいいですけど、この話だとヒロインがヒモみたいですね。(オイ