「あ、また寝ちゃった。」 すうすうと寝息を立てる赤ん坊に、はとろけるような笑みを浮かべた。 傍らの政宗も我が子の寝顔を覗き込んで穏やかに微笑んだ。 清らかな幸福が満ちた庵の一室で過ごす、冬の日の昼下がり。 「それが仕事とはいえ、こいつまだ寝るか泣くか食うかだけだな。」 「そりゃまだ生まれたばっかりだし、そう思っててもきっとすぐに大きくなって、 『オトンもオカンもウザイ』とか言う日がくるんですよ。」 「・・・んなこと言い出した日にゃ怒鳴るぞ、俺は。」 リアルに想像してしまったのか、そう言って頬を引き攣らせた政宗だが、 安らかに眠っている子どもを再び見るなり口元をゆるませた。 そしてそっと桜色のほっぺたを撫でて笑う。 「つるっつるだな。」 「もちもちですしね、あ〜可愛い・・・!」 がよいしょと抱えなおしても、赤ん坊が目を覚ますことはない。 それに顔を見合わせて、また笑う。 ここのところ笑ってばかりだ。 「身体はもういいのか。」 「ああ、もうほとんど元気ですよ。 産んだときはあんなに痛かったのに、もうピンピンしてます。」 「お前産んでる最中すっげえ声出してたもんな・・・。」 「うっ!」 そのときのことを思い出して、は顔を赤くした。 さすがに分娩となると政宗は部屋から追い出されたものの、 隣の部屋でずっと待機していたらしく、当然の声も筒抜けだったようだ。 しかし声を抑えられるような軽いものではなかったのだから仕方がない。 とんでもなく痛かったし、初産だったので2時間くらいその痛みと戦ったのだ。 「は、恥ずかしいから忘れてください・・・!」 「別に恥ずかしがることじゃねえだろ、それくらい痛いもんなんだろ?」 「でもこの子が無事に生まれてきて顔見た瞬間にすんごい大泣きしたし・・・!」 「確かにあれはすごかったな・・・。 泣きながら笑ってて俺の顔見るなり『まざむねざーん!』ってな。」 「か、感無量だったんです!!」 「起こすぞ。」 「!」 いつの間にか声が大きくなってきていて、はっと口をつぐむ。 が、相変わらず赤ん坊は眠っていて起きる気配はない。 この子が特別図太いのか、赤ん坊とはこういうものなのか。 さっきより声のトーンを落として、は再び口を開いた。 「なんかね、この子産んでしみじみ思ったんです。 すんごい当たり前のことで、口にするとちょっと恥ずかしいくらいなんですけど、 ・・・命って、こうやって続いていくものなんだな、って。」 「・・・ああ。」 からかったり笑ったりせず、政宗は静かに頷いた。 それを見ては嬉しそうに微笑む。 「自分が生まれるには親がいないといけなくて、 その親が生まれるにはおじいちゃんおばあちゃんがいないといけなくて。 『自分』がいるってことは、そういうふうにどんどん辿っていけるのが当然でしょう。」 そうして子どもを生んだ今、自分もその辿られるほうへとなった。 これもごくごく当然のことだ。 小学生でも分かるようなごくごく当たり前の事実。 「でもね、この子生んだ瞬間、そういう当然の長い長い連なりが、すっごく愛しく思えて。 思ったら、もう涙が止まらなくなっちゃったんです、それでね・・・」 「――俺は。」 黙っての話を聞いていた政宗が、ふいにその言葉を遮った。 きょとんとするの前髪をくしゃりと撫でて、政宗がはっきりと口にする。 「俺は、お前と一緒にそういう連なりの中にいられることが、嬉しい。」 ――部屋の隅々に、清らかな幸福が満ちている。 光を透かす障子に。 そこに映る庭木の淡い影に。 部屋をあたためる炭櫃の椿模様に。 まだ新しい畳の青い匂いに。 新しい命の小さな小さな手に。 「もうっ、それ、私がこれから言おうとしてたのに!」 泣き出しそうな笑みを浮かべたを見て、政宗は楽しそうに笑った。 ――航海はまだ、始まったばかり。 |
<完>
「お前と一緒に年をとるのが楽しみだ。」
「そうですね。」
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