「・・・ん・・・・・?」
ふいに頭を優しく撫でられる感覚に気がついて、は眠りから覚めた。
けれど相変わらず自分を撫でてくれる手が心地よくて、
頭の中はまだぼんやりとしている。
こんな風に柔らかく自分に触れる人は、この時代には1人しかいない。
「政宗さん・・・。」
いつの間にか政宗の肩に頭をのせて寝ていたようだ。
ごく近くに感じる彼の体温や鼓動の音がひどく愛しくて、離れがたくて、
はそのまま、目線だけを政宗へとやる。
その先には期待したとおりの優しい隻眼があって、
どうしようもない幸福感が胸を満たした。
「お前は未来でも戦国でも昼寝ばっかだな。
 また庵にいるっつって侍女に聞いて来てみれば、お前船漕いでたんだぞ。」
「いや、今日も寒いから部屋の中でぼーっとしてるしかなくて。
 絵巻物を読むのも少し疲れて、気がついたら寝てました。
 枕が良かったから熟睡しちゃいましたよ?」
そう言って悪戯っぽく笑ってやっと身体を起こすと、
はさっきまで頭を乗せていた政宗の肩をぽんぽんと叩く。
「この枕は使用料が高えぞ?」
「あら、おいくらですか?」
にやりと笑う政宗に、澄ました顔で答える
他愛もない、無意味であり有意味であるやり取り。
なんだか可笑しくてどちらからともなくこらえるように笑った。
ごくごく自然な流れですっと肩を抱き寄せられて、
頬を赤らめつつもは政宗の胸元に頬を寄せた。
政宗の匂いがする。
「なあ、いい加減に『さん』付けはやめろよ。」
「むっ無理無理!恥ずかしいですよそんなの!」
「なんだよ、この前は呼び捨てにしてただろ。」
「あ・・・れは特別です!特別!」
ここ数日ずっと言い合っている話題だった。
あの呼び捨てはあのとき限りの特別なものだったわけで、
結婚してまだ間もないのに普段から呼び捨てにするには、まだ照れや戸惑いがある。
そもそもこうして寄り添っていることにさえ、
ふと我に返ると恥ずかしくてどうしようもなくなってしまうことがあるのだ。
・・・などと考えていると、本当にこの近すぎる距離が恥ずかしくなってきて、
はぐいと政宗の胸を押して少し身を離した。
当然、政宗はそれに眉をしかめる。
「なんだよ、今更そ――
「じゃ、じゃあ!政宗さんも私におねだりしてくださいよ!」
「・・・What?」
「だから、私が政宗さんのお願いをききたくなるようにおねだりしてみてください。
 脅すんじゃないですからね、おねだりするんです!」
「この俺が?ねだる・・・?」
まさかこんな風に返されることがあるとは思っていなかったらしく、
政宗は今まで見たことのないようななんともいえない表情を浮かべた。
眉間にしわを寄せて、低い声で唸ったり、なぜか舌打ちをしたりする。
対してはとっさに口にしたことが政宗の思いがけない反応を引き出したことに、
少なからずしてやったりといった感じを覚える。
こういう形で政宗を困らせることができるなんて。
しかし自分で言っておきながら、おねだりする政宗というのがどうにも想像できない。
「・・・ほら、唸ってないで、何かしてくださいってば。」
「Well・・・・・・・・。」
「はい。」
にこにこしているを見て、政宗は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「その、だな・・・・・Ah・・・・・。」
「その?」
「・・・・・・・。」
「政宗さん?」
の呼びかけにからかうような色が含まれているのは明確で、
それに耐えかねた政宗はぐしゃぐしゃと自分の髪をかき混ぜた。
「Shit!やめだ!柄じゃねえんだよ、俺がおねだりなんざ!」
「えええ〜〜〜!?」
大層不満げな声を上げるを、政宗は前触れもなくぎゅっと抱きしめる。
それもの頭を抱え込むようにして力を込めてくるので、変な体勢な上に息苦しい。
「ちょっ、もうっ!かっこつけなんだからー!」
「Quit complaining! 昼寝しなおすぞ、俺は政務で疲れたんだ!」
「うおわっ!」
やっと政宗の腕から開放されたかと思えば、いとも容易く畳に転がされた。
政宗もすぐに床に寝転がりを引き寄せる。
いつかと同じように2人して床に転がって昼寝をすることになりそうだ。
けれどあのときと違うのは、政宗がの胸元に顔を埋めて、
いつもなら「抱きしめられる」のに今は「抱きつかれている」こと。
「ななななんつーとこに顔埋めてんですか!」
「それこそ今更だろ。・・・想像以上にいいな、これ。
「奥州筆頭じゃなくて破廉恥筆頭めー!!!」
「妙な名前つけんな!」
騒ぐな暴れるなとばかりに政宗は抱きしめる腕の強さを増させる。
その腕の位置もまたいつもよりずっと下のきわどいところで。
それでも離す気配は全くないので、には諦める道しか残されていない。
結局最後はこうなるらしい。
「・・・・・お仕事お疲れ様です。」
ぼそっと呟いて、政宗の頭を優しく抱きしめてやる。
どうだ、これが女の包容力だ。
すると政宗が満足げにふっと笑った。
「民と、可愛い嫁さんのためだ。」
「ありがとう。」
障子越しに差し込む日差しはぬるくあたたかく、瞼を閉じても光が薄く届く。
火鉢の中の炭が灰となって崩れる音が聞こえるような気がする。
それくらい静かで穏やかな時間だった。
昼下がりのこの部屋は大げさでなく天国だ。
しばらくお互いの鼓動を確かめるようにじっとしていた。
と、規則的な呼吸の音が聞こえてくるのにはっとしたのはのほうだった。
「・・・・・。」
珍しくすとんと眠りに落ちた夫に少し驚くと同時に、
自分の前ではここまで安心しきった姿を見せてくれることをひどく嬉しく思う。
その思いがそのまま頬のゆるみに比例して、鏡など見なくても今の自分の顔が想像できた。
眠っていてさえいつも美しい顔が、なんとなく今日は可愛く見える。
そう、まるで甘えられているかのようなこの状況。
もしもこんな風にしておねだりされたら何回だって頷いてしまうかもしれない。
声を出して笑いたいのをぐっとこらえて、代わりに政宗の頭を優しく抱えなおす。
そうして愛しい気持ちをいっぱいにこめてその額にそっと口づけた。



「ホントにお疲れ様です・・・・・政宗。」











かっこつけておねだりができない、ガラスの十代的筆頭が書きたかっただけです。