若干インスパイヤ気味ですがダブルパロではないので
借りてきた元ネタを知らなくても全く一切問題なく読めます
春の京で八葉として再会したばかりのヒノエの叔父は、源氏の軍師という肩書のわりに、彼の大将ではなく随分と神子と行動を共にしていたものだけど、その日は偶然、神泉苑に一人で佇んでいる後ろ姿を遠くからみつけた。
「珍しいじゃん」
声をかければ、振り返った。音もなく声もなく、ただ風にひゅるりと衣を揺らしただけでこちらを見た彼は無言で、無表情だった。
「しかも、こんなところで会うとはね」
神泉苑は桜の名所として名高い。先日も姫君がふわりひらりと落ちる花弁を断ってみせたばかりだったし、もう少しすれば法皇主催の舞の宴も設けられる程。
でもこの木は、うるわしく手入れされた神泉苑の中でもぽつりと端にひとりきり、他を寄せ付けぬように立つ桜。見事な一本桜でヒノエは好きだったけれど、
「まさかあんたが知っているとは思わなかったよ」
「僕は君よりもずっと京には詳しいですよ」
言うと、叔父はようやっと微笑んでみせた。
白の花の下、その姿は優雅に見えたものだけれど、彼はすぐに、再びじっと桜の木を見つめはじめた。
まるでヒノエのことなど忘れてしまったかのように熱心で、ひたむきなんて言葉さえ過剰じゃない程の様子、
ふと思い出した伝承がある。
「……その木になにか、縁があるの?」
「桜の木の下には死体が埋まっている、ですか?」
死体、という言葉の響きが鈍痛のようにヒノエの耳にやけに残った、
「ええ、実はそうなんですよ。この木の下には僕が殺した人たちが埋まっているんです」
「へえ」
それでも弁慶の、こちらなど全く見ない、ただ、一心にその木だけを仰ぎ紡いだ言葉は聞き流す。
すると彼は、やはりこちらを振り返ることはなく、ただ、髪と衣だけをなすがままに揺らしながら口にした。
「……僕がそんなことできるはずないと、思ってくれるんですか?」
「……」
肯定の代わりにヒノエは黙った。
彼は元々本音とも冗談ともとれぬ言葉で人を惑わすのを常とする。そんな姿は今も昔も変わらないな、思ったし、さすがにいくら彼でも、事実だとしたらそんなこと……さらりと口にはしないだろうと思ったのだ。
思いたかったのだ。
ヒノエのまっすぐな視線を受けて、彼は目を伏せた。
一瞬だけそれが嬉しそうに歪んだように見えたけれど、刹那。彼は突然手を合わせて経を唱え始めた。
言葉は静かに重ねられてゆく。
とんだ場違いなのにも関わらず、なめらかに紡がれる言葉は心地よく、落ちる白の花弁にどこか似合いだ。ひらり、はらりとまたひとつ、ひとつと彼の黒の衣に白が落ちる。まるで冬に降る雪のよう。季節外れのぼたん雪は、春めいた青白い空の下、彼を少しずつ染めていって、
唐突に、少し強く風が吹いた。一斉に、止めどない言葉ごと花びらが渦を巻き、黒の衣が翻る。
ヒノエはとっさに足を踏み出していた。そして弁慶の外套のすそを掴んでいた。
「……どうしました?」
問われてはっとした。無意識でとったのは言い訳のきかない、突拍子のなさすぎる行動、
「いや、随分花びらが落ちてたから」
無理矢理にも程があるなんて承知だけど、他にどうしもうもない。言葉も風も止まり、静かになった周囲はますますヒノエを焦らせた。ばさばさと彼の衣を振りながら見上げると、叔父は笑う。
「ああ、本当ですね」」
そしてふいに近づいてきて、ヒノエの髪を一度二度と撫でたかと思うと、ふわりと顔を寄せその唇が瞼にふれた。
「っ!?」
「可愛らしい事を言わないでください」
突然のことにヒノエは慌てて飛びのいた。それを見て、口元に手を当てた叔父はくすりと楽しそうに笑う。
けれどヒノエは普段触れられぬ場所に落とされた感触に、顔を手で覆ってしまう。
稀な感覚だった、それよりも、温かな筈の唇はどこか冷たくて驚いた。
「……あんたなあ、」
「僕はまだ消えませんよ」
挙句、問うてもいないのに、一方的にそんな、こちらの心を読んだような事を言う姿は、今この木の下ではどこか、淡い、まるで自我などどこかに置いてきたような、そう、過去に留まったままの亡霊のようにみえた。
「『まだ』ねぇ」
ヒノエは今度こそ口にした、けれど、
「……さあ、寒くなってきた、帰りましょうか」
それには答えることはなく、弁慶はただ一度だけ桜を振り返って、後はなんでもなく、勝手に歩き出してしまった。
振り返ることもない。
ヒノエはしばらくの間、立ち尽くしたままその背を見つめていたけれど、結局同じように、一度だけ振り返って桜を仰ぎ見てから、彼の後を辿るように神泉苑を後にした。
桜の木の下には龍脈がある
タイトルと桜+亡霊ってシチュしか借りてないのでインスパイヤ?とか言えるかは謎ですが、
その辺の元ネタは東方妖々夢です。
「可愛い弁慶を弁ヒノで書けないのか」→「弁ヒノの弁慶が可愛いと変態っぽい」→
「可愛いと変態の境界」→「ボーダーオブHENTAI」→「ボーダーオブライフ」→「ゆゆさま」→「桜の下の亡霊の姫!」
という安易な連想からこうなりました
結局可愛い叔父上のことはすっかり忘れてました
(23/07/09)
サソ