home >> text
「おかえり弁慶」
 言うと、目の前の顔が大きく目を見開いた。
「……ヒノエ」
 彼は呆然としていた。不意打ちに弱いのは知っていたけれど、こんなに驚かれるのは予想外、というか、こっちが困る。
「そこで黙るなよ」
 とはいえ、ヒノエの本気をようやく思い知ったか、と思えば少し気分は良かった。唇の端を釣り上げると、途端、またそれを塞がれた。
「っん、」
 軽く触れた唇は、何度も何度も重ねるだけを繰り返す、
「っやめっ」
 ……さっきまで、こっちを突き放そうとしていた筈の彼の突然の変わりように、いくらヒノエでも慌てかわそうとする、顔をそむければ今度は耳をついばまれた。
「っ!」
「いちいち可愛いですね、君は」
 言葉にかっとなる。けれど、手も口も出せずに、ヒノエは彼をただ見上げた。
 だってこれは……一体どういう風の吹きまわしだ?
 散々こっちが傷つくようなことばかり繰り返してくれたのだ、誰だ? 別人か?
 もしかしたら、ヒノエがあまりにも彼を口説くものだから、丁度いい、ご丁寧に相手でもしてやろう、くらいに思ってる可能性だってある。なんといってもこの叔父上の性格の悪さは筋金入りなのだ、今更それが翻るとは思えない。
 当然そんなの御免だだと、腕の下からすり抜けようとしたところで左手を抑えられる。しかもしっかりと効き腕を!
「あのなあ、」
「いいから黙って」
 反論しようとしたらじろりと見つめられた。その目に不覚にも身がすくむ。
 こうなって今更に思い知るのだ。
 あんなに必死になってこの男の手を繋ぎとめたのは間違いじゃなかった。それは思うのだけれど、
ああも必死になったらこっちがどれだけ惚れてるかなんて、見え見えじゃないか!
 それがどれだけ不利なことか。普通の姫君相手だったら全く構わないことだけれど、こいつは違う、……違う!
「ちょっ、待てよ」
 耳の骨をなぞるざらりとした舌の感触、と同時に少しざらりとした荒れた手が、胸の方から二の腕をさらう。服の中に腕が差し入れられる、上着が背からはがれてゆく。
「待ちませんよ」
 覆いかぶさる男の目は憎らしい程に楽しそうだ。無理もない、自分に想いを寄せる可愛い甥っ子をいたぶるいい機会だ。
 それを見、ヒノエは唇をかみしめる。
 なんといっても反論する理由が全く、たったのひとつもないのだ。結局向こうがヒノエをどう思っているのかなど、よく分かっていないというのにこっちは筒抜け。
 彼が自分を好きかなんてどうでもいいけれど、こうも一方的だと、さすがのヒノエも……とんでもなく悔しい。
「……僕、早くに熊野を追い出されてよかったと、最近では思ってるんですよ」
 そんな風に、また惑わすような事をいう。
 意味の分からないそんな言葉ひとつも、視線が絡めばヒノエを簡単に煽る。
「や……っ」
めろ、と、むなしく言葉はでるも、腕は完全に押さえつけられてしまって全く動かない。
 もとより反撃するとは思ってないのだろう、痛みも感じぬほどの押さえつけだったけれど、なのにどうしてか振り払えない。
 そうこうしているうちに愛撫は進む、衣服の上から突起を吸われる。その仕草がこれまた恐ろしく柔らかで、
「……あんた、何考えて……っ」
「……もしここにずっといたら、心まで君の叔父さんになってしまっていたでしょうからね。可愛い甥っ子に手を出すなんて、さすがの僕でも気が引ける」
ざらりと、先に通った指を追うように脇から腕を舐めあげる感覚に、ヒノエは身をよじらせる。
「へ、え、あんたでも、そんなこと、気にするわけ?」
 止めようと思って挑発めいた言葉を絞る、なのに弁慶は
「そうですね」
と、あっさりと同意をして、行為を続ける。
「まっ」
 やみくもに指先に触れたものを掴んだ、けれどただずるりと黒の衣が落ちただけだった。むしろ、それが落ちたせいで彼の表情が克明になる。息も詰まるような瞳が。
 ぞくりとした。
「今更言っても信じてもらえないかもしれないでしょうけど」
 触れられたままの腕が熱い。
 前髪の向こうの色の薄い瞳は揺らぎもせずにまっすぐにヒノエだけを見つめていて、そのまま、
「僕も案外君のこと、気にしていたんですよ」
と口にしたけれど、
「……今更?」
それはさすがに偽りとしか思えない。真剣なら真剣な程、胡散臭い。
 けれど、弁慶はそんなヒノエを見るなり、いきなり下穿きに指をかけ一気に脱がしてしまった。
「おい、」
 挙句、こちらをちらりとも見ずに体を起こすと、全く準備がいいことに、着物の袖から油の入った小瓶を取り出し、とろとろと、反論もむなしい程にたちあがってしまったヒノエのものにたらしてゆく。
 その姿を見ていれば……、
「口が悪いのもいい加減にしないと、身を滅ぼしますよ」
……さっきのは、案外本音だったのだろうか? 途端、顔が、肌が赤くなる。
「こんな時にも説教ってのも、どうかと思うよ?」
 流されるかと、それでも返せば、彼はくすりと笑ってヒノエを見下ろす。
「こんな時だから、ですよ、ヒノエ」
 彼の向こうから、野鳥が可愛らしく囀っているのが聞こえる。多分渡殿、ここからほんの数歩のところにいるのだろう、
けれど、遠い。圧倒的に遠くて、ヒノエはただ、
「君が散々、僕の邪魔をしてくれたものだから、すっかり君の事ばかり考えてしまうんですよ、だったら、責任とってくれますよね、熊野別当?」
と、ゆるりと告げる男を、術でもかけられたかの如く見入っていた。
 ごくりと息をのむ。するといよいよ指が伸びて、内腿をゆるゆると伝いながらヒノエのものに触れた。
「ふぁっ」
 そうなれば流石のヒノエももうどうにもできない、否、最初からきっとどうにかするつもりなんかなかったけれど、それでも反射的に出た声に手を覆う。
「こらえなくてもいいでしょう?」
「てっめ……ぁあっ」
 が、指を絡められ唇から離されてしまえば、劣情は増した。思わず握り返す、もう片方はただだらしなく先程はぎ取った黒衣を手繰り寄せる。耐えきれなくて思わず膝を折り曲げてしまうと、それを待ちかまえていたかのように、彼の指がそちらへと降りていって、さしこまれる。
「…ぁあっ」
 とろりとした油にまみれた指は、ヒノエの中をかき回す。その仕草は全く彼らしくなく、強すぎる刺激でがくがくと感覚を揺さぶられる中でも、ヒノエの意識を押しとどめる。腹にまでとろとろと伝わってくる油の妙にいやらしい感触さえも打ち消されるほどに、
それは、仕草ばかりがやさしくて、なのに容赦ない。
「……あんた、オレのこと、本当に好きだったんだ」
「……本当に君は案外純情ですね」
 導き出される事実を口にする。彼のことだからそれで手を引くと思った。
 けれど、そういえばついさっき、同じような事があったと、挑発は逆効果だと思い出すももう時すでに遅し、
「だけど、そうですよ」
 あっさり認めて、弁慶は両の手をヒノエから離した。ずるりと、ヒノエのものではない衣擦れの音がする、
ああ、もう本当に二度と、こんなことを軽々しく言ってはいけないと思った。
 見下ろす瞳、色素は淡い筈なのに、どうしてこんなにはっきりと目視できるのだろう。
 それだけで、しかも、よりにもよって、あれだけ口がまわるくせに、たった一言だけで終わりにされたら。
 散々高ぶっていた筈の呼吸が更に上がっていく。
「……ほんっと、性格悪」
「じゃあここでやめますか?」
「よく言うよ……」
 言葉とは裏腹に、弁慶が膝をつく、近づく顔、ヒノエはそれを抱き寄せる、唇を奪う。
 同時に自分の中に押し入ってくる圧迫感。
「っ」
「ヒノエ、おとなしくしていて」
「むっ、」
 無理だろ、そんなの、言葉のかわりに舌を絡める。ひどく苦しくて弁慶の肩を掴んでしまう。けれど、横着な叔父上は着物を脱いでいなかったから、帯がヒノエのものに擦れて、体が跳ねて腕がずるりと落ちた。
 それでも腰を離してもらえずゆっくりと動かされているうちに、苦痛がゆるやかな快楽へ変わってゆく。
「ぁ…あ…?」
「大丈夫ですよ」
 見当違いな言葉を繰り返す、けれど耳元で聞く声は心地いい。ああ、こんな時ばかり優しくて、騙されそうになる。黒が外れた彼の色彩は柔らかくて、目がくらむ。
 幻覚なんじゃないだろうかと、思った。
 この部屋で彼と共有した時間は短い、けれど、ヒノエにとっては重すぎて、だからまだ実感がないような気さえした。
 言葉は雨のように、勝手に零れた。
「……待ってたんだよ」
 返された声音はどうしようもなく優しかった。
「ええ、」
「ずっと、待ってたんだよっ…ひぁっ」
「だから、言ったでしょう」
 弁慶の手が頬に触れる。目があって、
「……ありがとう、ヒノエ」
彼は唐突に、そんな事を言った。それこそ、よりにもよってこんな時に……!
「……言ってねえ、っああ!」
 けれど反論は見事に封じられた。貫かれると同時に、頬から髪へ指が辿る。髪をなでられる感触、それがあまりにも気持ちよくて
「べっ、まっ、……あ、ああっ」
「っ、なんて顔するんですか、君は……っ!」
ずるい、なんて言い返す間もなく、脈打つ感触を体内に感じながら、あっけなくヒノエも精を放ってしまった。





 次の日。
 体の痛みは寝ても一向に治らなかった。とはいえ別当は暇じゃない。無理矢理体を引きずりながら、急ぎの用を片付けて、今日も昼寝と言い繕って早めに退散することにした。
 こういうときは本当、日ごろの行いが物を言う。毎日ちゃくちゃくと仕事をこなしておいたのは無駄じゃなかった。思う存分惰眠をむさぼれそうだ。
と、その前に、そのまま弁慶の様子を見に、離れまで歩く。
 それは多分……彼はもういなくなっているのではないかと不安だったからだ。
 が。
 ヒノエはそこへたどり着くなり、絶句した。
「……なんだ、これ」
「ああ、おはようございますヒノエ」
 にこにこと、楽しそうにこちらを振り返る叔父上。その姿は幸せそうで、ヒノエも不満はない。
 ないけれど、
「いや、だから、それ、何?」
「ああ、九郎に頼んで運ばせて貰ったんですよ」
「なんで」
「なんで、といわれても、はじめからこのつもりだったので」
 ここはどこだろう。ヒノエはくるりと歩いてきた方向を振り返る。間違いない、ここは熊野、本宮大社、その離れ。昨日までのヒノエの昼寝場所で、昨日までは殺風景な程になにもなかった、あの、風通しのいい離れの一室だ。
 それがどうした。
 部屋の中は物で溢れ返っていた。
 書物だけならまだしらず、謎の壺、変なにおいのする草、なにかの干物、木の皮、巻物、布、鍋、鉢、すり鉢、水差し、火鉢、盃、などなど、おびただしい量の、しかもなんに使うのか分からないようなものでもので一杯だった。
「望美さんたちが帰った後、久しぶりに鎌倉にいったら、興味のあるものが山のようにあって」
「……で?」
「最初は九郎か景時に預かって貰おうかなと思ったんですけど、突っ返されまして」
「当たり前だ!」
 その時の九郎や景時の顔が思い浮かぶようだ。信じられない、額に手を当てたヒノエに、なおものんきに叔父上は続ける。
「だから、そういえば去年、君が熊野に置いていいと言っていたのを思い出したんです」
「にしたって買いすぎだろ!!」
「これでも仏像とかは控えたんですよ」
「そういう問題じゃねえ」
 全く、神域が穢れるとかなんとか言ったのはどこの誰だろう。一年前の彼をここに連れてきたい気分になったが、多分無駄。本当に、性質が悪い。
 だって、やっぱり弁慶が何をどういっても、これがここにあるうちは、彼が熊野に来る言い訳ができるんだ、女々しかろうがなんだろうが、ヒノエからすれば嫌なことではない……けれど、そんな気持ちを見透かされるのも癪だし、そもそも、だ。
「限度がある、限度が、ていうか、オレを言い訳にするな」
 きっぱり言うが、すると弁慶はいつものようにふふ、と笑って、
「そんなに怒らないでください、ほら、」
 なんて言いながら、ヒノエをぐいと抱きしめた。
「なっ」
「君と僕がいる空間は、ちゃんと残しておきましたから」
「……」
 がばりと、叔父上をはがす。彼は不敵に笑っていた。
 ヒノエは拳を握りしめ、
「……これ以上オレの思い出を踏みにじるな!!!!!」
と、その辺に積んであった本をばさばさと弁慶に投げつけた。





(技術的な問題で)弁ヒノでエロ無理!ってずっと主張してたんですが
予想より余程書きやすくてびっくりしました……楽しかった!
それより結局おまけの癖におまけまで読まないと保管されてないような話で申し訳ないです。


今度こそこの話はおしまいです。改めてありがとうございました。