Story |
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機械の音がする。 少しだけ遠くで、人の話し声も聞こえる。 先ほどまで何の音も無かったのに、不思議だ。 「もう、目を覚ますぞ?」 はっきりと聞こえた最初の声は、それ。 目を覚ます、とは何のことだろう。 ……もしかして、僕のことだろうか? 「判ってるよ! でも、しょうがないじゃん……」 弱った、という他の男性も聞こえてきた。 彼の方が少し遠くにいるらしく、機械の音に遮られるようで聞きづらい。 「大体、飲食禁止の場所でコーヒーをこぼす奴があるか?」 最初に聞こえた声が、また聞こえてきた。 2人目よりも、若干、低めの声だ。 「いや、でも機械にはかけなかったし……つーか、そんなに怒らないでよ……」 「まぁいい。さっさと着替えて来い」 「うん……」 話は終わったらしく、2番目に聞こえてきた声の主はドアの外へ消えたようだった。 ……ドアの外? だとしたらここは、何処だ? 疑問に思ったとたん、急に不安になった。 自分が今、何処に居るか判らない。 いや、待てよ……? 判らないなら、とりあえず目を開けばここが何処なのか『判る』はずだ。 僕は、ゆっくりと目を開いた。 目の前には機械だらけの部屋と、白衣を着た男性が一人。 僕が寝ているのは金属で出来たベッドのようなものだった。 「目が覚めたか。タイミングの悪い男だな、アイツも……」 あいつ、というのは先ほどの、もう一人の声の主のことだろう。 もしかして、床に散らばっている茶色い液体をこぼしたのはあの人なのかもしれない。 「ここ……どこ?」 口を突いて、そんな質問が出てきた。 確かに疑問には思っていたが、口に出そうとは思ってはいなかったのに。 なんだか思うように体が動いてくれない。 口だけではなく、起き上がるための腹筋も、支えるための腕もすべて。 「それは後で説明しよう……ふむ、ちゃんと動いているようだな」 彼は、観察するかのようにじっと僕を見据えてそういった。 ……しかし、動いているとはどういうことだろう。 今度は、自分の意思で尋ねてみる。 「……うごいてるって?」 しかしその言葉に対する返答はなく、男はうーんと唸っただけだった。 「会話は微妙に遅れるか……まぁ、慣れるまでは仕方が無いな。どこか、違和感は無いか?」 「……違和感……? いや、別に……何処も……」 「……あの、それより……あなたは誰なんですか?」 当然の疑問だと思う。 なぜなら僕は彼のことを知らないのに、彼は自己紹介もしていない。 彼は僕を知っている風なのに……。 「……まぁ、それも後で話をしよう」 また、後で……か。 後とはいつなのだろう。 先ほどの男性が帰ってきた後、だろうか? 「はぁ……」 とりあえず、納得はしていないが返事だけはする。 これも自分の意思というよりは『しなければならない』という感じがするのは気のせいだろうか。 「話さなければならないことがあるんだが、この部屋は寒いからな……立てるか?」 「え、あ……多分……」 僕は座っていたベッドのような物からそっと立ち上がった。 その途端、足がぎしりと変な音を立てた。 ……人間から自然に出るような音には到底聞こえなかった。 「なに今の音……?」 「最初のうちだけだ。すぐに鳴らなくなる」 「……そう……?」 最初のうちだけ、と言うのはどういう意味だろうかと思ったが、口には出さなかった。 しばらくぎしぎしと変な音が鳴り続けていたが、それもやがて鳴らなくなった。 「こちらだ、付いて来い」 ドアを開けて待つ彼について部屋を出る。 先ほどの部屋はずいぶんと寒かったが、廊下は若干暖かい。 と言っても寒いことには変わりないので、半分ほど出ている腕をさすりながら歩いた。 「あれ!? もう……起きちゃったんだ……」 男の発した声で、先ほどの部屋にいた人物だと判った。 こちらも、白衣を着ている。 そういえば、ここはなんだか……病院にも、研究所にも見える。 白衣を着ている人間がうろうろしていると言うのはその二つしか思い当たらないが、それだけでなく、雰囲気が。 よそよそしい、とでも言えばいいのだろうか。 「そっか……はじめまして、僕は怜人(ヒロト)、よろしくね」 「あ……よろしく」 名前……? そういえば僕の名前はなんだっただろう。 ……自分の名前がわからないと言うのは変ではないだろうか? 「……どうしたの?」 「あ、の……僕の名前って……なんですか?」 僕の奇妙な質問に、彼は笑ってあぁ、そうだった、と言った。 笑顔がすごく優しい人だ。 「『オトヤ』だよ。 音楽の音に、椰子の椰で、音椰」 「あ……そう……?」 「そう、いい名前でしょう?」 「う、ん……そうかも……?」 そう言ったがその名前にはまったく聞き覚えがなかった。 本当に僕の名前なんだろうか、と不安にもなる。 でも…… きっと僕の名前は『音椰』なんだろう。 彼の笑顔を見ていてなんとなくそう思った。 しばらく歩いたところにある部屋に通された。 こちらは本当に『研究所』と言うような部屋だった。 ここは、研究所、なのか? 辺りを伺っているとコホン、と言う軽い咳払いが聞こえた。 主は先ほどからまったく表情の変わらない、少し冷たい印象のある方の男性だ。 「そうだな、そこの椅子にでも掛けてくれ」 どうやらこれが言いたかったらしい。 僕は素直に頷いた。 「まず、僕の名前は新(アラタ)。この研究所の責任者だ」 「研究所……って、なに?」 「『アリーコーポレーション 人工知能研究所』と言うのが正式名称だ。まぁ、ここの人間はみな『研究所』としか言わないんだが……」 「人工知能って……あの自分で考えたりするロボットのこと?」 「あぁ、その人工知能だ。この研究所は機械で人間の脳と同じ物を作ろうという馬鹿げた研究をするために作られた」 無愛想なだけでなく、口もあまり良くないらしい。 「馬鹿げたって……責任者がそんな事を言ってもいいの?」 僕の当然の質問にも、少し首を傾げただけで表情を変えることがない。 「別に構わないさ。当初の目的と今やっている研究は大幅に違う」 「……じゃあ、今は何を?」 「人間の脳を機械で制御してアンドロイドへ搭載する研究だ」 「人間の……脳を……使って、アンドロイドを?」 とっさには理解が出来なくて、言葉に詰まってしまう。 僕が上を向いて考えていると今まで黙っていたヒロトさんが口を出した。 「つまり、簡単に言うと人間の脳を使って感情のあるアンドロイドを作る、って事」 僕に向かって優しく微笑みかける彼は、不安な僕にとってはとても良い人に見えてしまう。 実際、名前も良く判っていない僕にわざわざこの場所の説明をしているアラタさんだって良い人なのだろうけど。 「ねぇ、新の喋り方だとフリーズする割合が高いよ……もう少し砕いて話してあげてよ」 フリーズってなんだろう、と思ったが口には出さない。 特に理由はないが……なんとなく二人の会話を邪魔するのはなんだか気が引けたのだ。 「これでも砕けるだけ砕いているつもりなんだ……」 アラタさんがそっぽを向いてそう言うのをヒロトさんは肩を竦めて軽く流した。 「感情のある……アンドロイド……」 「そう、人間の長年の夢だ」 僕が小さく言った言葉に、アラタさんが反応した。 口元が少し笑っているように見えたのは気のせいだろうか? 「でも、人間の脳って……簡単に言ってるけど、人の脳を使ってアンドロイドなんて作っていいの?」 「この研究では最初からアンドロイドに搭載するために培養したヒトクローンの脳をを使っている。人間の脳を使うのは流石に人権問題で騒がれるだろうからな」 「まぁ、ヒトのクローンも倫理的にはあまり良くないんだけどね……」 「そんな事を言っていたら科学の進化なんてありえないさ」 「……この場所と、あなた達のことは判った。だけど、僕は……なんでここに居るの?」 僕の素朴な疑問に答えたのはアラタさんだった。 「君が、この研究所で作られた最初のアンドロイドだからだ」 「…………アンドロイド、って」 まさか…… 「まさか、さっき言ってた……人間の脳を使ったアンドロイド……?」 「まぁ、そうだな」 そういえば、先ほど立ったときのおかしな音。 あれは、機械の音ではなかったか? でも、こんなに普通なのに……アンドロイド……? とても信じられる言葉では、なかった。 |