For ノーザンクロス
日暮れの過ぎた庭に出ると、折り畳み式のテーブルや椅子が広げてあった。 その向こうには、四隅に留め具を打ち込んだシートが見える。 明日の花火大会に向けてのものだ。数が多いので、今日から用意してあるのだろう。 買い出し係だったマルスは、新館の白い壁に目を向けそう結論づけた。 辺りは夕闇。 背中の後ろから洩れてくるリビングの明かりを頼りに、 マルスはうろうろと視線をさ迷わせ何かを探す。 「笹なら、テーブルの少し左」 「!」 ふいに声をかけられた。驚き振り向く。 そこに立っていたのは、緑の衣の青年だった。 「……、なんだ、リンクか。びっくりした……」 「ごめん、驚かせたか。 ……それ、短冊だろ? まだ飾ってなかったのか?」 「ずっと、忘れてて……言われて、やっと書いたんだ」 「そっか。まあ、オレもそうだけど」 マルスの手の中のそれを見ながらそう言うと、 リンクは相変わらず人の好い笑顔で、自分の分をひらひらとしてみせた。 こよりのついた四角い色紙。 応えるように、マルスの短冊がかさりと音をたてる。 芝生をさくさくと踏んで歩くリンクの行き先に目を向けると、 なるほどそこには、しっかりと固定された立派な笹があった。 マルスもそちらに向かう。 紙で作られた飾りには統一感は無いが、作成が楽しかったのであろう様子は感じられた。 「っしょ、っと……。……それにしても」 「うん?」 リンクは比較的高い位置に腕を伸ばし、手際良く短冊をくくりつけながら、 ひとり言と問いかけのちょうど中間くらいの声色で、なにごとか呟いた。 反応を返しながら、マルスはたっぷりと葉をつけた枝の下から上までを見渡す。 「マルスの願いごとって、なんだか想像がつかないな」 「……そうか?」 「あれがしたいとか、これがほしいとか、 そういうこと言ってるところをあんまり見たことがないからかな。 ピカチュウも、そういうとこあるけど」 目の前、奥の方に見つけた隙間に伸ばしかけたマルスの指が、ぴたりと止まる。 「……。……なんだか、ずるい気がして」 「ずるい? それくらいで、誰に叱られるってこともないと思うけどな。 せっかくなんだから、言えばいいんじゃないか? ここは、そういうことがゆるされている場所なんだし」 たやすい言葉が、形の良い耳に水のように触れる。 完全に手を止め空色の瞳を見上げていたマルスに、 リンクは腰に手をあてながら振り向き、明るく笑ってみせた。 「……って、ロイが言ってたぞ」 「……ロイが?」 「マルスがお願い言ってくれたら頑張るのになーってさ」 「……それは……」 やわらかな目で見下ろすリンクから、マルスは思わず顔を逸らしてしまった。 居た堪れない気持ちのまま、葉をそっとかきわけ手をつっこむ。 慣れない手つきでこよりを結わえながらふと視線を移すと、 辺りに色とりどりの短冊がぶら下がっているのが見えた。 なにが書いてあるのだろう。マルスには、純粋に疑問だった。 「……よく、わからないんだ。願いごとって」 「ん?」 「願いごと、というか……叶えたいことはあるよ。 ……皆を、救いたい、って。 でも、僕はそのために生まれてきたものだから……願うようなことじゃないんだ。 そう思うと……」 できるだけなんでもないような風を装ってみたが、失敗したなとマルスは思った。 短冊を結び終え姿勢を正し、再度リンクを見上げると、 リンクは目を大きく見開いて、いかにも驚いたという顔をしている。 「そういう話だったのか」 「……ごめん」 素直に謝ると、大きな手が、マルスの肩をとん、と軽く叩いた。 「謝らなくてもいいけど。中に戻るか?」 「ああ……うん」 踵を返すリンクを追うように、マルスも歩き出す。 しかし足はすぐに止まり、藍色の瞳はもう一度、ぽつんと設置された笹を見た。 たくさんの願いごとを詰められ垂れ下がった枝が、そこにある。 耳に届いた虫の声が、ひどく遠いもののように感じられた。 「マルス」 「あ……。悪い、もう行く……」 「願えば叶うなんて思わないから、マルスは頑張るんだろ?」 ぱちりと、まばたきをする。 リンクが困ったように笑って、こちらを見つめている。 その様子に既視感を覚えて、マルスはなぜだかひどく懐かしい気持ちになった。 人工的な明かりの逆光の中、リンクは唇を開く。 「頑張ってるなら、いいじゃないか。叶えたいことがあるんだろ? マルスが優しいのは知ってるけどさ。 無理して自分だけのものにしておかなくても、いいんじゃないか」 「…………」 「大変だよな、誰かの願いごとを叶えるのって」 元の世界では、リンクは時の勇者と呼ばれるものなのだという。 マルスはそれについて、あまり具体的なことを聞いたことはなかったが、 話の端々から、ほんの少しの親近感を感じることはあった。 胸の前でぎゅっと手を握り締めて、マルスは深く息を吐いた。 顔を上げて、笑ってみせた。 きっと似たような表情をしているのだろうと、情けない気分になりながら。 「リンク」 ふとリンクを待たせていることに気づき、マルスは早足でそちらへ向かう。 呼びかけに首を傾げたリンクに追いついたところで、尋ねてみる。 「訊いてもいいかな。リンクは短冊に、何て書いたんだ?」 「オレ? 世界平和。 屋敷に人が増えてから、なにかと喧嘩も増えただろ? いいことだとは思うけど、少し減ってもいいなって」 返ってきたのは、とても切実な、確かに願いごとだった。 冗談めいた口ぶりに隠された、真面目な想い。 「手伝うよ」 口をついて出た提案もまた、マルスの切実な願いごとだった。 「リンクほど上手くできないだろうけど……。 どうしても無理そうだったら、僕が手伝う」 「そっか。そうしてくれると、ありがたいな」 知ってか知らずか答えたリンクは、あ、と声を上げ唐突に目の前を指差した。 網戸の向こうから、赤い髪の少年が、軽い足取りでこちらへやってくる。 まともに目がかちあい、マルスは慌てて目をそらしてしまった。 後で文句を言われるだろうと、言い訳まで考え始めてしまう。 空を見上げると、夕闇はほとんど夜にとってかわり、 視界に入り切らないほどたくさんの星がまたたいていた。 涙のようだ。 この星空を、誰が最初に川に見立てたのだろう。 「もう、こんなに星が出てる」 無意識的に呟く。 するとリンクも、帽子を手で押さえつけながら、マルスに倣い顔を上げた。 「本当だ。明日、晴れそうで良かった」 「……うん。そうだな」 短い会話を交わす。 マルスはロイに迎えられながら、リビングの明かりの中に帰った。 |
七夕
昔書いたものと矛盾起こしてるなと思いながら……
ここまで読んでいただいてありがとうございました。