シュガーテイスト・ロマンス

「けっこうマメだよね、マルスさん」
 さらりと述べられた感想に、マルスは顔を上げた。いかにも機嫌の悪そうな表情であることは自覚していたが、ピカチュウの前なら構わないだろう。どうせこの子どもには、自分の思惑など、なにもかもお見通しなのだろうから。今更だ。
 しかしどうしても、訊かないわけにはいかなかった。答えはわかっている、けれど、会話には流れというものがある。つまり、お約束なのだ。
「……。何がだ?」
「何だかんだ言って、誕生日クリスマスそれからバレンタイン。
 ちゃんとロイさんに、そういうことするんだもん」
 そういうこと。マルスは自分の手元に視線を向ける。上品な花柄のカップに、お揃いのソーサー。しかしピカチュウは、休憩のための紅茶の話をしているのでない。
 視線を横にずらすと、そこには、ココア生地、板チョコの欠片が入ったカップケーキが、綺麗な一直線に並んでいる。その手前には、これから使う予定のシュガーパウダーが、ハンドサイズの粉ふるいと共に準備されていた。ちょっぴり焦げてしまったので、甘い雪を降らせて誤魔化すのだ。
「ロイだけに、あげるんじゃないんだけどな?」
「本命はロイさんでしょ。最近、やたらチョコケーキがお気に入りだよね、あのひと」
「…………」
 ピカチュウは、少なくともマルスよりは、一日のうちロイと一緒にいる時間が短いはずだ。観察眼の鋭さとはこういうことかと、マルスはなんだか羨ましくなってしまう。もう少し向こうのことがわかれば、もっとたくさんのことが解決するかもしれないのに。自分の秘密主義、素直ではないところ、どうしても何か足りないところが恨めしい――と考えたところで、マルスは慌てて首を振った。
 その様子をじっと見ていたピカチュウが、口を開く。
「マルスさんは、ロイさんに大切にされてるって自信を、もっと持っていいと思うけど」
「…………」
 本当に、どうして。
 うまくいかないんだろう、世の中は。
「……ありがとう。
 ……ところで、ピカチュウは、何で、その……おかき、なんだ?」
「リンク、甘いもの苦手だからなあ」
 ピカチュウは先程から、皿に並べたおかきを短い手でちまちまと拾っては選定している。形がいまいちだの、綺麗すぎるだの、マルスの目には、ぜんぶ同じに見えるのだけれど。
「……自分で作った、とか……」
「だったらロマンとかムードとか、そういうのがあるんだけどねえ」
 足元にある小箱とリボンを見れば、何をしたいのかだけは、マルスにだって一目瞭然だった。
 カップケーキに指を近づけてみる。まだ、熱い。溜息をついて、空になったカップに二杯目の紅茶を注ぐ。壁掛け時計が午後二時を告げる。窓の外は、雪の降りそうな曇天。
 明日は、雪が降るだろうか。だから何、というわけでも無いのだが。
「早く明日になるといいねえ」
「え?」
 紙の小箱を整え終わり、なぜかリボンの長さを測り始めたピカチュウが、そんなことを言った。マルスは思わず訊き返してしまう。
「……そう、か?」
「うん。マルスさんは、そうでもない?」
「……よく、わからない」
 楽しみでも、そうでなくても、明日はそのうち来るものだ。そして、名残惜しくても、そのうち過ぎるものだ。なんだかそういうものは、マルスにとってはあまり、期待する意味が無い。 
「そう?」
「ああ」
「そのカップケーキ、どんなふうに思いながら作ったの?」
「…………」
 どんなふうに。それはもう、自分の不器用さ加減を、思いっきり呪いながら。もう何度目になるかわからないのに、上手くならないのはなぜだろうと思いながら。きっとまた、そんなふうにからかわれるのだろうと、その時の子どもっぽい顔を思い出しながら。そして、なによりも。
「……喜んで、くれるかって。……あいつ、甘いもの、好きだから。
 ……だから、少しでも……。その、あいつは、僕に、笑え、なんて言うから。
 ……だから……だから、僕も……」
「笑ってくれたら、嬉しいって? ……ん、これでいいや。よいしょ」
 ピカチュウが下準備を終えたらしい。おかきを詰め、リボンをかける様子を、マルスは眺めている。意外と器用に動くんだな。今更新たな発見だった。
「それが、明日を楽しみにする、っていうことじゃないかな。ね、マルスさん」
 愛らしい声が、水のようにするすると、心に沁みた。

 かたん。と、玄関の方から物音がした。誰か帰ってきたのだろうか。そう思って立ち上がった瞬間、ピカチュウがぴんと耳をたてた。テーブルの上でぴょんと跳ねて、慌てた様子でマルスに言う。
「マルスさん、これどこかに隠して! 持っておくだけでいいから!」
「え?」
 そう言って渡されたものは、ピカチュウが一生懸命ラッピングしていたおかきだった。首をかしげ、疑問に思ったのも束の間。マルスとピカチュウのいるリビングに、その理由がやってくる。
「たっだいまー!」
「ただいま。……あー、寒かったなあ……」
「……あ」
 扉を開けて元気よく飛び込んできた、赤い髪の少年。その後をのんびりと追ってきた、緑色の衣の青年。
 なるほど、そういうことか。マルスは、自分が屋敷の住人にカップケーキを作ることを、今年はちゃんと宣言している。
 包みをこっそりと後ろ手に隠しながら、マルスは二人を迎えた。
「ロイ、リンク。おかえりなさい」
「リンクおかえりー。ロイさんも、おかえりなさい」
 ピカチュウは流石だった。先ほどの慌てようなど微塵も出さず、いつもどおりのマイペースを装ってリンクの腕に飛び込む。そしてこちらもいつもどおり、ロイはマルスの姿を認めると、ぱっと明るい顔をして、こちらへやってきた。
「ああ、ただいま、ピカチュウ」
「ただいまーマルス! ……って、これ、明日の?」
「え……。あ、ああ。ちょっと、焦げちゃったんだけど」
「あはは、あんた、いつもそうだよなあ」
 予想通りのからかい、笑顔。なんとなく安心してしまっている自分をうんと自覚しながら、マルスはピカチュウの言葉を思い出す。
「明日が楽しみだなー。な、マルス!」
「……うん。そうだな」
 今度こそ、心からそう答えて、マルスはロイが望むまま、幸せそうに微笑んだ。


ロイマルとリンピカでバレンタイン。

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