チョコレート・キャッスル
「アイク君、お帰りなさい。あの、実は、お尋ねしたいことがあるのですが……」 窓から見える景色は、昨晩からの雪ですっかり白く染まっている。キッチンの方から漂ってくるチョコレートの甘い香りが、それの真意を知るものだけに、暦がどの辺りにあるのかを具体的に教えてくれていた。 珍しく個人的な買い物に出ていたアイクは、敷地内の新館三階に位置する自室に帰る途中の廊下で、これまた珍しい人物に声をかけられ立ち止まった。小さな白い紙袋を片手に抱えたまま顔を上げる。美しい金髪を背中に垂らし、夜明けの色を穿いたドレスの裾を引きずる女性が、呼びかけられた声の通りにそこにいた。 「……ゼルダ姫?」 「はい」 アイクはゼルダの元まで大股で歩くと、彼女を見下ろし、それきり黙り込んだままじろじろと顔を眺めた。そのしぐさに何を思ったのか、ゼルダはそろりと視線を返したり、落ち着きなくそれを逸らしてみたりする。しかし、アイクはなおもゼルダを見つめたままだ。ゼルダの表情が不安げに揺れる。 「あの……も、申し訳ありません。こんな、急に……」 ゼルダは普段、アイクとあまり話をしない。それは単純に、二人の間に大した接点が無いからである。待ち構えて訪ねてみたり、ぶしつけに尋ねてみたり、そんな己の行動が礼を欠いていたように思えてゼルダは謝罪したのだが、それを受けたアイクは、ただ首を傾げるだけだった。 こちらもまた単純だ。この青年の引き出しに、年頃の女性に対する振る舞いだの、会話を弾ませる方法だのなんだの、その手のものが存在しないだけなのだ。仏頂面も生まれつきだし、ついでに言えば、アイクはゼルダに対して、特にこれといった印象がないので、話しかけられ若干驚いたというのもある。 そんなアイクにも、ゼルダの今の戸惑いだけは正しく通じた。誤解をとくために、アイクはやっと二つ目の言葉を発する。 「いや、別に構わん。あんたが、俺に何の用かと思っただけだ」 「あ……。はい、ええと……」 長い指を胸の前で組み、俯きがちにアイクを見上げているゼルダは、その瞬間、頬をほんのりと赤く染めた。アイクはそれに気づかないし、仮に気づいたとしても、その本当の意味までわかるはずもない。 アイクはじっと待っている。ひとつ、ふたつ。深呼吸を繰り返して、ゼルダは彼女の一生懸命で、言葉を紡いだ。目的を形にするべく。そして、 「その……。……男の方、が……よく、好むものなどは、わかりませんか?」 「肉だな」 対するアイクの返答は、実に早かった。 「……お肉?」 「ああ。肉だ」 ゼルダのためらいなど何のその、アイクはキッパリと言い切る。無駄に自信満々なのは、思い違いではないだろう。あまりにも迷いが無いので、ゼルダは少々言いにくかった。それは、単にあなたの好きなものを言っているなのでは、と。 しかしゼルダは考える。自分は、男性について詳しいことは何もない。ハイラル王国を継ぐ姫君として大切に育てられた。身近な異性といえば、父王か騎士団程度だ。そのような意味で親しくなることなど、ほとんどなかったのである。同年代に絞ってしまえば、皆無だと言ってよい。 しかしゼルダは、彼についてもまた、本当に知りたいことは、ほとんど何も知らなかった。 「…………」 「後はそうだな……剣とか」 「そう、ですね。この屋敷も、剣を使う殿方が、多くいますもの」 「わけのわからんものを持っているやつも多いがな」 アイクが言っているのはきっと、フォックスのブラスターや、サムスのプラズマウィップなどだろう。表情の硬い青年が、それらを目の当たりにしたときに見せた顔を思い出し、ゼルダはくすくすと笑った。 と、和んでいる場合ではなかった。ゼルダには、きちんとした目的があるのだ。ずいぶん遠回りな方法なのだけれど、これが一番危険が少ない。この機会を、逃したくはなかった。 できるだけ自然に微笑んで、ゼルダは話の線をそっと持っていきたい方へと戻す。 「アイク君は、くだものはお好きですか?」 「ん、ああ。さっぱりしたものなら、そこそこ」 「甘いものなどは、やはりあまり好みませんか?」 「ものによる」 「そうですか。……あら、そういえば、その紙袋……。 今日は、お買い物に行っていたのですよね。 中身は何なのか、訊いてもよろしいですか?」 「ああ。ほら」 紙袋をぐい、と寄越され、ゼルダはたどたどしい手つきでそれを受け取った。三つ折りにされた口を開け、中をそっと覗いてみる。 そこにあったのは、瑞々しい漆黒のかたまりだった。羊羹だ。 意外なものが出てきて、ゼルダは思わず目を見開いてしまった。先程、ものによる、と言ってはいたけれど。 「アイク君も、こういったお菓子を召し上がるのですね」 「この間マルスが分けてくれたものが、美味かったんだ。 それで、いろいろ試してるんだが……何と言うんだったか、……ワガシ?」 「和菓子ですね。ええ」 「ああ。そう呼ばれるものは、けっこう口に合う。 タルトやケーキなんかは、あまり得意じゃないんだが」 「まあ……」 とっさにゼルダは、よくお菓子作りを教えてくれる赤い髪の少年のことを思い出していた。どんなに贔屓目に見ても、アイクとは仲が良さそうでない。 「ロイ君と、逆なのですね。 ロイ君は、洋菓子は好きですが、和菓子はそうでもないみたいでしたから」 「……。あいつとは、どうも意見が合わん。合わせる気もないが」 そこには、ゼルダの知らない……というか、無意識に理解の外に押し出してしまっているそう大して深くもない事情が溝のように横たわっていたりするのだが、アイクがそこを語らなかったので、ゼルダも黙っていた。 「そうですか。和菓子……」 「……なあ。あんた」 何事か考え出したゼルダは、アイクの呼びかけに応えて顔を上げた。たおやかに首を傾げると、長い耳を飾る、独特な形のピアスがきらっと光った。これはハイラルのすべてを築いた礎の形であり、同時に、ハイラル王家の紋章を模ったものでもあるのだが、アイクは当然、そんなことは知らなかった。 ありがとうございます、と返された紙袋を受け取ってから、アイクは彼女に言ってみる。声をかけられたときからずっと感じていた違和感を。 「あんた、もしかして、ちゃんと訊きたいやつがいるんじゃないのか」 「……! ……え、な、何を……」 「そんな気がしただけだ。 男、なんて大雑把な括りじゃなく、誰かのことが知りたいんじゃないのか? 違うなら、違うって言ってくれ。俺はこういうことには疎いんだ」 嘘だ、と喉まで出かかった。ゼルダはアイクの顔を凝視する。ああ、しまった、やはりこんなことはやるべきではなかったのだ 「ん? どうした?」 「……い、いえ。ごめんなさい……」 あまりにもいたたまれなくなって、ゼルダは思いきりアイクから顔を逸らしてしまった。館内のあたたかな空気にのってやってきたチョコレートの香りが、ふわりと鼻をかすめる。ああ、これは罰なんだろうか。自分の手前勝手な淡い秘め事に、他人を利用しようとしたから、その狡猾さを責められているのだろうか? 正直言ってゼルダは大げさに考えすぎだったが、彼女自身がそう思ってしまっているのだから、どうしようもなかった。ゼルダは感受性が非常に強いうえに、この手のことにはひどく臆病だ。 ゼルダはしばし思考を巡らせる。それを不審に思ったアイクが口を開きかけた、そのとき。 「……そう……です」 「うん?」 「……私……、もっと、ちゃんと、訊きたいことがあるんです。 ……私……」 押し殺したような声で、しかしはっきりと告げた。ゼルダは結局、正直に話すことを決めたのだ。 「ああ、だったら、訊いてくれて構わん。それとも、俺には無理なことか?」 「訊いてみなければ、わからないことです。 私よりは、彼のことを知っているだろうと思って……。 ……あの……アイク君」 「ん?」 ゼルダが訊きたいのは、本当にささやかなことだ。だけどけっして、そのヒトに気づかせたくない類のもの。この屋敷は、いろんな意味で自由だ。世界が違う、時代が違う、姿形が違う、生き物としてのつくりが違う。それほど違うことがあれば、自分の常識が通用しないことなど、数え切れないほど存在して当たり前だ。 「これから私が尋ねることを、誰にも言わないでほしいのです。 私がどうして、こんなことを知りたいのかも、 できれば疑問に思わないでいただきたいのです」 「……」 「いやなら、無理にとは言いませんが……。どうか、お願いします」 この期に及んで卑怯だとも思ったが、隠して謀るようなことをするよりはずっと良いだろうと、ゼルダはそう思った。 ロイでは駄目だった。あの少年は、こういったことには比較的鋭い方である。かと言って、マルスに尋ねるのも考えものだった。自分に纏わる感情には恐ろしいほど鈍いくせに、他者同士のことに関してはひどく頭が回る。ピットとも仲が良いようではあったが、あのように喰えない性質の者を相手にするのは、ゼルダは苦手だった。本当はピカチュウに訊くのが正解なのだろうが、それはなんとなく気が引けた。 ならばアイクはどうかと思ったのだ。色恋沙汰にはとんと疎く、多少のことはさらりと流して忘れてしまいそうだったから。 「……私、……リンクの、好きなものを、知りたいのです」 本当に。 ただ、それだけだったのだけれど。 アイクはぱちぱちと目を瞬かせた。そんな顔をすると、彼がまだロイと大して年の差のない、大人になりかけの少年であることを思い出す。よく見てみると、意外と睫毛が長いことがわかった。 「……なんだ。そんなことか」 アイクの返事は、今度もずいぶんとあっさりしていた。 「! わかるのですか?」 「ああ。それなら、よく知っている」 ゼルダは胸の前で組んでいた指に、ぎゅっと力を込めた。はやる気持ちや、前のめりになりそうなのをなんとか抑えて、サファイアブルーの瞳で目の前の青年を見つめる。 アイクはふっと笑って、ゆっくりと口を開いた。 「あのな。あいつの好きなものは *** 「……あ。リンク、ピカチュウ。おはよう」 「おー、おはよー……って、なんだ、それ」 そして、数日後の朝。 表から牛乳ビンを受け取ってきた帰り、リビング前の廊下に差し掛かるところで、ロイとマルスは、階段を降りてきたリンクとピカチュウを見つけて立ち止まった。マルスはいつもどおりの挨拶をしたが、ロイはその途中を疑問形に変えた。きょとん、とした顔で、緑色の衣を着た青年と、そしてその小さな親友を見る。 「ああ、おはよう。ロイ、マルス」 「おはよう、マルスさん。ロイさんもおはよう」 リンクも、いつもどおり、その頭の上にいるピカチュウも、揃って定型の言葉を返した。 そして、 「で、『なんだそれ』って、やっぱり僕のこと? これ?」 「それ以外にないだろ」 ピカチュウは自分の首の辺りを、手だか前足だかでちょいちょいとつついて、こくんとかわいらしく首を傾げた。ロイはやたら大げさに頷いて、肯定の意を返す。 「それから、頭の上もな」 「ああ、うん。あのねえ、これはねー」 「なんか、よくわからないんだけどさ」 リンクはピカチュウへと視線を上げ、代わりに答える。 ピカチュウの首に飾られた真っ赤なリボン。それから、ピカチュウが絶妙なバランスで頭の上に保っている、みずみずしいリンゴのことを。 「さっき、姫様が」 「ゼルダ姫?」 「うん。なんかね、僕に、これあげる、って。似合うと思うからって。 あ、りんごは、リンクももらったんだけど」 「オレのは後で、ピカチュウと分けようかなって」 誰もそこまで聞いてねえ。 ロイはちょっぴりつっこみたくなったが、マルスがいるので黙っておいた。それにしたって、まるで意味がわからないのだが。 「……なんだそりゃ」 「なんだろうな。でも、似合ってるよ、ピカチュウ。かわいい」 「うん、だよな。似合ってるよな、かわいいよな」 「ありがと」 ロイはちっとも納得がいかなかったが、マルス的には出所がわかったので解決したようであった。既に半分惚気モードへ突入しているリンクと一緒に、ほのぼののんびりと笑いあう。 と、そのとき。 「ロイ君、マルス君。牛乳は……、あら」 「あ」 リビングのドアを開け、ゼルダがひょこっと顔を覗かせた。噂をすればなんとやら、である。 「リンク、ピカチュウ。朝食ができていますよ。今朝はフレンチトーストです」 「ああ、はい。ありがとうございます」 「あのね、ゼルダさん。マルスさんがね、これ、似合ってるって褒めてくれたー」 「まあ。それは良かったです」 ピカチュウがうきうきとゼルダに報告する、リンクがそれを見て嬉しそうに笑う、ゼルダがその光景を眺めて、とても幸せそうに微笑む。 二人と一匹の仲睦まじい様子を、マルスは平穏の尊さを語るときのような、実に穏やかな表情で見つめているが、その隣のロイは、実に複雑そうだった。洗濯したての真っ白なシーツに一点、泥がはねているのをうっかり見つけてしまったとき。お気に入りの服を着てみたら、袖がちょっとだけほつれているのに気づいてしまったとき。そんなときに見せる顔に、似ている。 少年の胸中のことには気づくことなく、ゼルダは笑顔のまま、ロイの腕の中の牛乳ビンを抜き取った。 「ロイ君。これ、こちらでお預かりしますね。少し、キッチンで必要になってしまって」 「え。ああ、はい。どーぞ」 「姫様、それならオレが……」 「ありがとうございます。それなら、リンクは、マルス君のをお持ちいただけますか?」 「わかりました。マルス、じゃあ、それ」 「ああ。お願い」 マルスは素直に抱えていた牛乳ビンを手渡した。ゼルダが数を確かめ、お預かりしましたと頭を下げる。 「ロイ君とマルス君も、はやくいらしてくださいね」 やわらかに目を細め、ゼルダはキッチンへ引き返していった。リンクもすぐにその後を追う。ピカチュウのしっぽが、ぱたぱたと揺れながらドアの向こうへ消えていった。 ロイは、なおも難しい顔のままだ。マルスがようやくそれに気づいて、不思議そうに見下ろした。 「…………」 「ロイ? どうしたんだ?」 「ん、ああ……いや……、……あ」 「ん? ……あ、」 ロイが何か言いかけ、でも止めたのと同時に、後方からがちゃりと重たい音が響く。揃ってそちらへ視線を向けると、玄関の大きな扉が開いた。寒さに身を震わせながら、大柄な青年が館内へ入ってくる。左手の竹箒を、隅の方へ立てかけた。 青年は、ロイとマルスの姿を認めると、朝の挨拶の代わりに右手を上げた。 「アイク、おはよう。庭掃除だったのか、お疲れさま……、って」 「……。お前もお前で、なんだよ、それ」 「む……、」 「食ってからにしろ。それでいいから」 ロイのなけなしの気遣いを受け、アイクは頷いた。挨拶もなし、返事に言葉もないのは、口にどら焼きをくわえているからだ。 流石に今度はマルスも驚いたようだった。目をまるくして見つめているうちに、アイクはためらいも何もなく、どら焼きを食べ尽くす。 「……よし。おはよう、マルス。……と、お前も」 「あー、うん、おはよう」 「もう、朝食ができているらしいよ。手を洗って、早く行くといい」 「ああ。そうする」 腹が減ったからな、こいつのおかげで死にそうなほどではないが。ブーツを脱ぎながら、 アイクはそんなことを呟いた。あたたかそうなスリッパをはいたところで、黒いコートの裾に葉っぱがくっついているのを見つけて、払った。 ロイは腕を組んだ格好で、アイクにさらりと尋ねる。 「おい、アイク。そのどら焼き、どうしたんだよ?」 「ゼルダ姫にもらった」 「え……」 アイクにとって、空腹は死活問題であるらしい。それ以上何を言うでもなく、ロイに特に口を出すこともなく、さっさと二人の間を通り過ぎた。 またも残された二人は、その背中を見送る。 やがて口を開いたのは、マルスの方だった。 「……また、ゼルダ姫?」 「……。……あー……」 「ロイ?」 「……いや、べつに、なんでもねーけど……」 ロイは、心底めんどくさそうな溜息をついた。それはちょっと違うだのなんだの、なんだかなあ、だのなんだの、いろいろとおせっかいなひとり言が聞こえたが、その意味を問うたところで、この様子ではきっと答えてはくれないだろう。ロイにはロイの考え事があり、自分には自分の心配事がある。だからマルスは、聞かなかったことにした。 そのかわりに、ぽん、とロイの背中を叩く。自分達の朝の仕事は、もう終わっているのだから。 「ロイ。僕達も、手を洗って、行こう」 「ん。ああ、そうだな。……あ、マルス、その前に」 「ん?」 ロイは上着のポケットに手を入れた。目的のものしか入っていないらしい、それはすぐに、マルスの前に姿を見せる。 そして。 「はい。これ」 「……え」 ロイはそれを、何の気もなく、なんでもない日常的な会話のようにさりげなく、ぽんとマルスの手に渡した。口を軽く折ってテープで止めた透明な小袋。その中には、手作り感が見て取れるカップケーキがある。てっぺんを雪のように、粉砂糖で白く飾って。 「バレンタインデーだからさ。今日」 「…………」 ロイはそう言ってひらひらと手をふると、くるりと中を向けて廊下を歩き始めた。マルスに言われたとおりに、洗面台に向かうのだ。 マルスは手の中のそれを、まだ見つめている。まばたきもせずに、真剣に。 やがてマルスは我に返り、自分も振り返った。すう、と息を吸って、ロイの後姿に声を飛ばす。 「ロイ!」 「え、……っと!」 その瞬間。 ぱしん、と軽い音がした。ロイは己の胸の前に飛んできた、小さな何かを咄嗟に右手で受け止める。向こうも、ロイが受け取れるとわかって、こんなものを投げてきたのだ。ロイは運動神経は悪くない。 「何……」 「……言っておく、けど」 今度はロイが、自分の手の中に視線を落とす番だった。 プレーンとココアの、少しいびつなチェック模様。わずかに届く、焼き菓子特有の甘い香り。クッキーだ。袋の口は、丁寧に、青い色のリボンで結んであった。 碧色の瞳は、驚きを隠せなかった。そのまま顔を上げ、ロイの目はマルスを捉える。マルスはほんの少し離れたところで、白い頬をわかりやすく赤く染め、どこかあさっての方向を見ていた。照れ隠しをしようとして、しきれなかったのだと、すぐにわかった。 「マルス」 「違っ、だから……、ピーチさんが、一人で作るのはつまらない、って……。 それで、たまたま、暇だったから、だから……」 「いや、別に何も言ってねーけど」 「っ……、と、とにかく、そういうことだから、 べつに……、お前のために、作ったわけじゃ……!」 「はいはい。わかったわかった」 クッキーの模様と同じ、不器用でつたない、ゆえにいとおしい言い訳。ロイが楽しそうにすればするほど、マルスの声は小さくなってゆく。仕方ないからその手をとって、ロイはあかるく笑った。 「ありがとな!」 「……。……こっちこそ、ありがとう」 手を振り払われることはない。かわりに返ってきたのは、花のほころぶような微笑みだった。 カービィがあわただしく階段を駆け下りてくる足音を耳ざとく聞き取り、すぐに息をひそめてしまったけれど。 それでもロイは満足そうにしながら、朝の食卓へと足を向けた。手を洗うのが先だと咎められ、そうだったなと軽く舌を出した。
甘くもなんともない話ですが……。 |