人形たちの世界

ここは虚構の世界だから、なにもかも嘘でできている。
本当のことは何もない。花の美しさも、空の青さも。
なぜ彼らがそんなものを作ったのか、知ることができるものはいない。
もしかしたらそんな話ですら、真実でないのかもしれないけれど。




ある日、彼らは言った。
この世界は偽物だから、この世界を壊す、と。
この街も住人もすべて嘘でできているから。
心残りも、怒りも悲しみも、さみしさすらも無いのだと。

我らを信じないのなら、我らの元へ来るが良い。
自らを信じるなら、我らの元へ来るが良い。

彼らは、楽しそうに笑いながら、そう告げた。

「……よーっやく見つけたぜ。覚悟しろよ」

少年は今、虚構の世界があったところにいる。
壊された世界。突然失われた、愛しい日常。
意味もわからず、納得もできず。
その執念と強靭な心で、ここで戦い、生き延び、ついに辿り着いた。

光は無い。光によく似た何かが、少年の存在を照らし出す。
闇も無い。闇によく似た何かが、空間を存在させている。
花もない。空もなく、大地もない。
はたして自分が何に足をつけて立っているのか、わかってはいなかった。
しかし少年はここにいる。
その執念と強靭な心で、彼らの神にさえ辿り着いた。

「出てこいよ   マスターハンド、クレイジーハンド!」

ロイは高らかに宣言した。
声は虚空に響き、そしてどこかへ消えていった。




掌握者と破壊者が言う“虚構の世界”の後に残されたのは、
この空間、そして自分自身のみだった。
と、思いきや実はそうでもなかったらしい。
空間をひたすら突き進んでゆくと、よく知っている者に出会った。
屋敷のリーダー的存在であった、赤帽子。
のんびりと手を振り、近づくと。
なぜか彼は、ロイに向けて攻撃してきた。生気の無い、人形のような瞳で。

次に出会ったのも、また、ロイがよく知る者だった。
屋敷に騒々しさと底抜けの明るさを提供していた、ピンク色のまるい生きもの。
まさかと思い近づいてみると、やはり彼も、ロイに向けて攻撃してきた。
戦うためだけに動いていた。夢に満ちていたはずの瞳は、死んでいた。

「ずいぶん、いろんな目に遭ってきたんだぞ。これでも。
 ほんっと、やることがえげつないな。正直、疲れたよ」

今度出会ったのも、ロイがよく知っていたはずの者達だった。
少年にとっては、屋敷の平穏の象徴だった、アンバランスな親友同士。
リンクとピカチュウは、ロイを見るなり襲い掛かってきた。
こんなときでも一緒なのかよ、という軽口は、少年の口からは出てこなかった。
空によく似た青い瞳も、空をよく見た黒い瞳も、ロイの知るものではなかった。

「芸が細かいって言うか、なんつーか。おまえら、性格最悪だな。
 いきなりあんなこと言って、こんなことしてるんじゃ、今更か」

そして、ここに辿り着く直前。
少年は、最後のひとりに出会った。一番会いたかった、だけど一番会いたくなかった。
青い髪、哀しみをたたえた藍色の瞳。

「……で、最後に、あの人だもんな。俺にどうしろっつーんだよ。
 ……文句のひとつも言ってやろうかって思ってはいたけど……」
「はははっ。そうか、それはそれは、ご苦労だったな」
「!」

その瞬間、耳に声が届く。
数える程しか聞いたことはないが、一度聞けば二度と忘れることのない声。
圧倒的な威圧感。びりびり震える空気。
ロイはいつのまにか。無意識の内に、手を握り締めていた。

そこには、ヒトから遠くかけはなれた姿をした、探し求めていた敵がいた。

「ようこそ、ロイ。……まさか、ここまで辿り着くとは。
 おまえは、ずいぶんと愚かだな」
「うっせーな。来いっつったのはそっちだろ」

二人は同時に喋っている。二つの音が一つの声をつくり、意思を少年に伝えている。
二つはもともと一人だから、そんなことになっているのだが。
ロイはもちろんそんなことは知らなかったし、知ることはできない。

彼らはロイを嘲笑っている。
顔が無いので表情はわからないが、そんな気がしてならなかった。

「それで、少しは納得したか?」
「……何を、だよ」
「皆と、戦ってきたのだろう?」

これまでの道程を思い出す。長かったような、一瞬だったような。
時間の感覚がなぜかひどく曖昧だが、ずっと戦っていたことを覚えている。
それが、苦しい戦いであったことも。

「皆、おまえと戦ったんだろう? 皆、おまえに倒されたんだろう?」
「…………」
「言ったじゃないか、すべて嘘なんだとな。
 おまえの友に、おまえの記憶に、本当のことなど何も無いのさ。
 だからこんなに簡単に壊せるんだよ。そこに、意志がないからな」
「…………」
「まあ、強いて言うなら   おまえの抵抗だけが、計算外だったか」

ロイは腰に差した相棒の柄に触れる。
信念を、けっして叩き折られることのないように。
強く睨みつけると、彼らは更に続けた。

「良いことを教えてやろう。おまえ達はな、人形なんだよ。
 本物を模してつくられた、ただの人形。
 この“世界”を彩るためだけに、おまえ達を作ったのさ。
 今となっては用済みだけどな」
「…………」
「だから、おまえのすべては嘘なんだよ。ロイ。
 ……それでもおまえは、我らに立ち向かうと?」

黙って言葉を聞いている。言葉のひとつひとつが、体の端まで染み渡る。
何かを思い出しそうな、それとも何かに騙されそうな。

触れてはいけないものに触れそうになった気がして、ロイは考えるのをやめた。

「……べつに、」

剣を引き抜く。
刃で軽く肩を叩きながら、軽く唇の端を上げた。
彼らの言い分は、ロイの何かを揺さぶっても、心には響かない。
なぜなら。

「本当か、本当じゃないかなんて、どうでもいいことだろ」

この主張こそが、少年の様々な思いの根幹にあるだからだ。

彼らの反応を窺ってみる。
反論は来なかったが、試されているような視線を感じた。
上等だ、と思うより前に、口から言葉が出てきていた。

「そもそも、本物とか、本当とかって、何なんだ。
 俺は今、ここにいるんだから。
 それで充分だろ。難しいことなんか、何もねーよ」
「それでも、おまえは偽者だよ」
「この“世界”は、嘘でできてるんだろ?」

利用できるものは徹底的に利用する。これが少年のやり方だった。
己の信じるもの、成し遂げたいことを貫くために。
味方でも敵でも自分の立場でも、あらゆるものを駆使してやれと、
ロイに教えたのは父親だった。

「だったらお前らも、お前らの言うことも、嘘かもな」
「……。……愚かだな」
「馬鹿なら馬鹿で構わねーよ。言ったろ、どうでもいいんだ。
 だって俺は今、ここにいるんだから……」

父親の顔を思い出そうとしてみる。しかし、なぜか思い出せなかった。
それでもロイは信じている。
自分の感情を、自分の信じたいことを。
彼らの呈する真実が、嘘であるということを。
そのことがそも、少年の主張と矛盾することを、うんと思い知りながら。

「みんなに、会ったよ」

街が崩壊した後のこの“世界”で、ロイはずっと戦ってきた。
どれほどかかったかわからない。
ほんの数秒だったような気もするし、何年も、何億年も走り続けたような気もした。

「みんな、俺を見て襲ってきた。
 ……お前らの思うとおりにな、ちょっと諦めかけたんだ。
 ……だけど、最後に、あの人に会えた」

青い髪、哀しみをたたえた藍色の瞳。
失われた愛しい日常の中、常に隣にあったもの。

「あの人は、泣いてた。
 俺に、こう言ったんだ。
 前に進むために、証明するために。自分を倒して、進め、って」

ロイは安らかに微笑む。この体には記憶がある。
記憶があるのなら、それが本当でも、本当でなくても。
少年にとっては、どうでもいい。
それは、心にある感情にも、まったく同じことが言えた。

「…………」
「あの人は、俺を覚えていたよ。それだけのことで、元気が出た。
 お前らを、ぶっとばしてやろうって。
 そう思えたから、ここにきたんだ。……もういいだろ」

彼らは何も言わない。ただ、響き渡る、ロイの声を聞いている。
彼らの纏う空気には、既に、嘲笑めいたものは存在しなかった。

「お前らの言葉で、俺は倒せない。
 お前らがこの“世界”を壊したいっていうんだったら。
 もう、俺を倒すしかないんだよ。力でな」
「…………。
 …………おまえは…………」

代わりに、そこには哀れみがあった。
海より深い悲しみを、彼らは確かに知っていた。
そしてそれを、少年に感じたのだ。
伝える術を持たないのが、もどかしいと思うほどに。

「勝負だ!」
「…………。……愚かだな」

掲げた剣に、それを握る手に、碧色の瞳に込められた意志に。
迷いは既に、何も無い。
伝える術を持たないのが、もどかしいと思うほどに。
少年の強さが、彼らにはとても眩い。

「……それでも……おまえの信じるようなことは、何も無い。
 ……この“世界”が、おまえと同じように考えられたなら。
 ……この“世界”が、おまえと同じように強かったなら」

ロイは足場を蹴り走り出した。真っ直ぐ、彼らの神に向かって。

彼らも構える。少年の主張を、認めるわけにはいかないから。
ただただ、深い同情を以って。
マスターハンドとクレイジーハンドは、呟いた。

「……こんなことには……ならなかったんだろうな」






光も闇も無い世界で、光によく似た者と闇によく似た者が、その日、ぶつかり合った。

先の読めない戦いが、どのような終焉を迎えたのか。
彼らの願いは叶ったのか、少年は彼らに敵ったのか。

世界はもう無い。ゆえに、行方は誰も知らない。

ただ一人。
少年と彼らの戦いを見ていた、彼らの神を除いては。


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リンマルコンビはよく見かけたけどリンピカコンビは見たことないです

お付き合いいただいた方、ありがとうございました。

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