BLUFF

管理者が言うことには、この“世界”にヒトを増やすのは、
これが二回目になるらしい。
街の北側、皆が屋敷と呼ぶこの居住は、とうとう二つの棟で構成されるようになった。
今までのメンバーが今まで通り過ごす旧館と、新たなメンバーが住まう新館。
大規模な工事を行ってまで、屋敷で暮らす者を増やそうとする理由は、
未だ、誰も知ることはなかった。



そして。
開かれた新館に住人が入り、少しずつ生活のにおいがついてきた、ある日のこと。

「っ、く……!」

耳障りな音が響いた。押される力に敵わず、ロイの手の中から剣が弾き飛ばされる。
そちらへ引かれかけた視線をなんとか相手に戻すが、目の前にはもう彼が迫っていた。

彼は腹部目掛けて蹴りを繰り出す。
後一歩間に合わずまともに喰らってしまい、ロイは後方に吹っ飛んだ。
受身だけは取ったが、痛みで立ち上がれそうもない。

首に大剣を突きつけられる。顔を上げると、うんと背の高い姿があった。
どうしようもないが、負けじと睨みつけてみる。
彼は唇の端を僅かに上げて、ようやく口を開いた。

「負けん気だけは人一倍だな。……まあ、俺の勝ちだ。諦めろ」
「く……っ。……あーくそっ、昨日は勝ったのに!」
「今日勝ったから、昨日の分はチャラだな」
「んなわけねえだろ! それはどーいう理屈だ、アイク!」

アイクが剣を引く。ロイは悔しそうに立ち上がった。
ズボンについた砂を払い、飛ばされた剣を拾い、アイクを見る。
妙に偉そうな態度に、びしっ、と指差して、ロイは堂々と言い放った。

「明日やったら俺が勝つ! せいぜい油断してろよ」
「明日は明日で俺が勝つ。
 ……剣を向けてくるなら、俺は手を抜かん。誰が油断なんか」
「言葉の綾だよ、綾! 冗談通じねーな、ったく」

溜息を吐き、ロイは自分の体の具合を確かめる。
手首を傷めていないか、足首を捻ってはいないか、知らない擦り傷や切り傷がないか。
特に問題はなさそうだったが、マントの裾がほつれているのを見つけた。
どこかに引っ掛けたのだろうか。

今度は剣の汚れや刃の状態を見ながら、ロイはぽつりと言う。

「くっそー。やっとマルスに勝てるようになってきたのに、今度はこいつかよ」
「……マルス」

ロイの呟きの端を拾って、アイクが首を傾げた。

「……あいつも、剣を?」
「ん? ああ、そうだよ。お前、マルスが手合いしてんの、見たことねーの?」
「ああ」
「ふーん。じゃあ、一度言って、やってみろよ。強いぜ、あの人。
 でも、あの人の型とは、お前、相性最悪かもな」
「……?」

剣の方も、柄が泥で汚れている他には何も無さそうだった。
とりあえず、鞘におさめておく。
言葉の意味するところがわからないらしい、怪訝そうな顔をするアイクに、
なんだかんだで人の好いところがあるロイは、今度はきちんと説明した。

「あの人、腕力、無いんだよ」
「ああ……まあ、見た目通りだな」
「それ、あんまり言ってやるなよ。怒るから。怒った顔もかわいいけど。
 でも、とにかく速いからな。しかも、すっげー正確だし」
「…………」
「お前は逆だろ? 馬鹿みたいに力はあるけど、遅いし、相手に中々当たらない。
 乱戦なら、まあ、役に立つかもな。とにかく威圧感だけはあるから。
 でも、一対一だと、あの人に手数で攻められたら、完封されるかもなと思って」
「……。……やってみないことには、わからんな」
「まあそうなんだけど。第三者から見たらそー見える、ってことで」

だからあんま真面目に聞くなよ、と言ったロイに、アイクは頷く。
その時ふと、ロイは彼が剣を肩に担いだままなのに気づいた。
しかも、鞘が見当たらない。腰にも、庭のベンチにも、どこにも。

「お前、鞘は?」
「無い」
「はあ?」

アイクの持つ神剣ラグネルには、とある理由で鞘が無いのだが、
ロイはそんなことは知らなかった。

「……お前は」
「ん?」

蒼の双眸が、ロイをじっと見ている。
首を傾げるのは、今度は少年の番だった。
アイクの直視はあまりにも無遠慮で、なんだかとても落ち着かない。
こいつあんまり常識無いんだろうなあ、と失礼なことを思いつつ、
ロイは尋ねてみた。

「なんだよ?」
「いや……。
 お前はすぐ感情に流されるくせに、結構いろいろなことを考えているんだな」
「うわ。なんか思いっきり馬鹿にされた気がする」
「? いや。褒めているんだが」
「…………」

おまけに正直だ。良い意味でも、悪い意味でも。

「俺は、考えるのは苦手だからな」
「あー……。……俺のは、まあ……お前のその腕力の代わりだから」

アイクが目を見開く。驚いた、と言わんばかりの顔で。
とても不本意そうに、ロイは何だよ、と返した。
ロイにしてみれば、思ってもみない形で虚を衝かれ、驚かされたのはこちらであるのだが。

「俺は、お前みたいに、剣に威力があるわけじゃないし。
 剣に振り回されてるからな、未だに。
 かと言って、あの人みたいに、特別に速いわけでもないし。
 リンクみたいに、弱点が無い、とは言えないし」
「…………」
「でも、戦わなきゃいけなかったからな」

戦うために、少しでも自分を強く見せなければいけなかった。
勝つために、少しでも相手より有利でなければならなかった。
そのためのものだから、『腕力の代わり』なのだと、ロイは言った。

「これが戦争だったらもう少し役に立つと思うけど、ただの試合なんじゃあ……」
「……。……認識を改めるか。お前は、ただの子どもじゃないんだな」
「ただの子どもだよ。子どもで、力が無いから、こんなこと言うんだ。
 こう言っておけば、今のお前みたいに、誰かを騙すことができるから」
「……うん?」

皮肉のつもりで言ってみたが、アイクにはどうやら通じなかったらしい。
ロイは思わず苦笑する。
本当に、なんて、厄介な者がやってきたのかと。

「まあ、強くなればいいんだよ。そのために、こーしてるわけだからな」
「……ああ。そうだな」
「あ。意味わかんないからって、適当に返事すんなよな」

わざとらしく答えると、アイクは不機嫌そうに表情を歪めた。
それを見て、ロイは更におかしくなってしまう。
耐え切れずに声を上げて笑ったら、アイクが思いっきりロイを叩いた。

ここは新しい“世界”だ。騙す必要も、戦う必要もない。
だからきっと、自分が優位に立てる日はうんと遠いのだろうと。
ロイは、そう思っていた。
少年らしい悔しさと、子どもらしくない安らぎが綯い交ぜの気持ちで。



アイクが少年の、この言葉をの真の意味を理解する日は、
そう遠くない未来に訪れることになるのだが   



ロイ様とアイク
ロイ様のスタイルを変えなければならなくなったことへの言い訳

お付き合いいただきましてありがとうございました。

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