COOKING!

「はあ!? 何言ってんだよお前、無理なわけねーだろ!」
「知るか! 無理なものは無理だし、駄目なものは駄目なんだよ!」

ダイニングテーブルの側に立ったまま、二人は声を荒げ言い合いを続ける。
感情の起伏が激しく、それを微塵も隠そうとしないロイはともかく、
出来る限り他人との衝突を避けるリンクが、ここまで主張するのは珍しいことだ。

エプロンをしているロイと、帽子はどうしたのか、長い金髪を無造作に流しているリンク。
ロイは手に持ったフライ返しをびしっと突きつけ、改めて言う。

「だから! 昼飯作りを手伝え、って! たかがそれだけだろーがッ!」
「嫌だ! 絶対無理だし、駄目だ!」

ロイの直視を受けても、リンクの返事はやはり変わらなかった。



   事は、ほんの数分前に始まった。

今日の昼食当番は、ロイとマリオの担当だった。
が、直前になっていきなりマリオが、急用ができたと言い出したのだ。
なんでも、屋敷の屋根の一部が破壊されて、屋根裏部屋が大変なことになっているらしい。
そういえば昨日は強風だったなと呟いたら、そうなんだよと返された。
要するに、何かがふっとんできたのだろう。屋根を破壊するほどの威力で。
一体なにが飛んできたんだか疑問だったが、特にそれを尋ねることはしなかった。
この“世界”では、何が起きても、けっして不思議ではないからだ。

屋根に穴が開いているのは、確かにいい気はしない。
そしてマリオとルイージの兄弟は、そういったものの修繕作業に長けている。
すぐに直したいんだと言って手を合わせてきたマリオを、ロイは笑顔で見送った。

しかし、一人で二十数人分の昼食をつくるのは、大変であるしなにより慣れていない。
ロイはまだ、この屋敷に来たばかりだ。
誰か代わりに、手伝ってくれる人はいないか。
そんな時、リビング前の廊下を、ちょうどリンクが通りがかったのだ。

ロイとしては、手が空いているのであれば誰でも良かったが、
この屋敷ができた時から住人であるのなら、もっと良かった。
大人数の食事の用意をするコツやら何やらを、知っているだろうと思ったからだ。
幸運なことに、リンクはその条件を満たしていた。

と、いうわけで。
ヒマなら昼食作り手伝ってくれ、と言ったら。

「だから、無理だし、駄目なんだって言ってるだろ!?」
「だから、無理で駄目って何だよ!?」

この通りの返事をされてしまった、というわけである。

「ヒマじゃねーなら別にいいけど、ヒマなんだろ?」
「確かに、特に急ぎの用事もないけど……。
 でも、お前のその頼みはきけない。無理だ。駄目だ」
「いやだからっ、無理で駄目って、何でだよ!」
「何でもだよ! 無理で、駄目なんだよ! そのままの意味だ!」

そのままの意味だと言われても、ロイには意味がわからない。
だってロイは、料理を手伝ってくれ、と言っただけなのだから。
この屋敷の家事は、すべて当番制だ。
マリオの代わりにリンクが入れば、後日リンクに当番が回ってきた時、
それをマリオが代われば良いだけの話である。
もっとも、このお人好しが、そんなことにこだわるとも思えないのだけれど。

そう、お人好しだ。この青年は、上に馬鹿がつくお人好しなのだ。
屋敷にきて日が浅いロイでも、それだけはすぐにわかった。
だからこそ、今、こんなふうに頑なに拒まれる理由が、ロイにはわからない。
暇じゃない、というわけではないのに。

二人は睨み合い対峙する。そろそろ取り掛からなければ、間に合わなくなるだろう。
いい加減に、けりをつけなければ。
なんだかとてもシリアスな決意をしているが、内容はとても家庭的なものである。
どうでもいいことだが。

さあどうやって相手を陥落させようかと、ロイが頭の中で四つ程の言い分を編み出した、
その時。

「……。……わかったよ」
「ん?」

なぜかリンクが、いきなり折れた。あんまりにも唐突で、ロイは驚いてしまう。
そんなロイの顔を非常に不本意そうに見て、リンクは溜息を吐いた。

「手伝えば、いいんだな?」
「え……あ、ああ。なんだよ、はじめからそう言えよ」
「言えればいいんだろうけどな……」

リンクが、背中に垂らしたままだった髪を結わえる。
あらためて見ると、見事な金髪だ。きちんと手を加えれば、女性が羨むほどになるだろう。
帽子はどうしたんだと尋ねてみる。
昨日ねぼけたカービィにかじられて、穴が開いてしまったから、
姫様に直していただいているんだと、リンクは答えた。

「ん? ……あれ? お前、エプロンは?」
「ああ……必要ないから、そこにはないんだ」

キッチンに設置されているエプロン掛けを見て首を傾げたロイを、
リンクはどこか遠い目で見ている。
ロイは、そこで気づくべきだったのだ。できることなら。

「よし。んじゃあ、作るかー」
「……あのさ。ロイ」

シンクの前に並んで立つ。すると、リンクがぽつりとロイを呼んだ。
なんだかえらく神妙な顔つきで。
きょとんとして視線を返すと、リンクは。

「…………後悔するなよ」

いやに迫力があるそれが、重大な告白であったと理解するには、少しの時間を要した。




   ***




「……すいません。ほんっとーにすいませんでした。俺が浅はかでした」
「うん……」

十五分後。
ロイはリンクに向かい、とてもとてもつらそうに謝罪の言葉を繰り返していた。
対するリンクは生返事をしただけだったが、疲れだけは見てとれた。

ロイはリビングのソファーで、顔や腕のあちこちにある焼け焦げた痕に薬を塗っている。
その表情はとても暗い。元気が特徴である少年だとは思えないほどに。
リンクはいつの間にかすすだらけになったキッチンの掃除をしている。
一体、何が起こったのか。その光景からは、よくわからない。

「だから、無理だし、駄目だって言っただろ。後で、食事の当番表、見てみろよ。
 オレの名前、無いから」
「……ああ。よく見ておく。……そりゃあ、無いに決まってるよな……」

遠い目をして何かを悟るのは、今度はロイの番だった。

腕に包帯を巻き終え、救急箱を棚の上に戻す。
エプロン姿のままロイがキッチンに戻ると、
リンクが洗った布巾を三枚、タオルハンガーに干しているところだった。
ロイに気づき振り向くと、申し訳無さそうに苦笑を漏らした。

「大丈夫か?」
「ああ、まあ、なんとか……つーか、何でお前は無傷なんだよ」
「鍛えてるからなあ」

何をだよ。
思わずつっこみたくなったが、脳の許容量を超える答えが返ってきたらたまらないので、
ロイは黙っていた。

ああ、そうだ、思っていたじゃないか。
この“世界”では、何が起きても、けっして不思議ではないのだと。
どうやら自分には、まだまだ修行や心構えが足りないらしい。
ロイは自分の甘さを叱りつけると、深い溜息を吐いた。

「自分でも、なんとかしたいと思ってるんだけどさ。
 でも、どうやっても無理なんだ。
 たぶん、向いてないんだと思う。諦めてるよ、もう」
「……ははは。……うん、まあ、別にいいんじゃねーの?」
「いいかどうかはわからないけど……。
 ……だから、食事当番の人には、いつも感謝してる」

お前にもな。そう言って、リンクは優しく笑った。
こんな顔を、こんな言葉を向けられて、これ以上文句を言えるわけがない。
本当に、人が好い。
きっとこの人の好さで、悩みを抱えることも、あるのだろうけれど。

そりゃあ感謝もするだろうなと二重に納得したロイは、
今度こそ昼食作りに取り掛かろうと、包丁を握って。

「お前ってさあ。
 剣の腕前と性格の良さだけに、才能が全部取られたんだな」
「……それはどうも。」
「というわけで、そのお人好しっぷりで、誰か探してきてくれよ」

な、と無邪気にお願いすれば、リンクは、今度は素直に頷いた。



ロイ様とリンク
リンクは料理ができない、という設定があるんですが、
それ自体をネタにしたことってないなあ。と思いました。

お付き合いいただきましてありがとうございました。

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