夜の明けた世界には、今日も水にとかしたような淡い青が広がっていた。
小鳥が鳴き、朝露がきらめき、街中が少しずつ目を覚ましていく、朝。
大きな街の一番北の、一番大きな屋敷では、
今日も今日とて朝っぱらから、朝ごはんをめぐる乱闘が繰り広げられている。

「おいこら、カービィ! お前、メシくらい座って食えって何度もっ」
「もおー、フォックスってば頑固だなぁー。
 ボク、イスに座ると、隠れて見えなくなっちゃうもん〜。知ってるくせにぃ」
「そのための、子供用の椅子なんだけどね。マリオの苦労は報われないね」
「別に俺は構わんけどな……。フォックスの苦労の方が可哀想だし」

テーブルの上を飛んで、目玉焼きをかっさらっていくカービィ。
それを叱るフォックスと、呆れたように傍観するマリオとサムス。
そんな光景を見ながら笑うスネークの頭の横では、ファルコンが新聞を広げていて、
大人達の座る椅子の脚の間では、ヨッシーがぐっすりと眠っていた。

庭から聞こえるのは、硬い金属音。白と黒、違う色の、おなじ翼を持つ者同士。
空を稽古場に選んだピットとメタナイトが、朝から手合いをしているのだ。

「相変わらず、すごいねえ。あの二人」
「ああ、そうだな。……オレも混ざってこようかな」

庭で繰り広げられている剣戟を見ながらそう呟いたのは、
くすんだ金髪に緑色の帽子を被った、精悍な顔立ちの青年だった。
コップに移した牛乳を飲みながら、穏やかに笑う。
そしてその傍らには、小さな、黄色いでんきねずみ。

「いいんじゃない? 行ってくれば?」
「そうだよな。行けばいいんだよな。
 ……あ、ピカチュウ。冷蔵庫に、りんごあるけど」
「本当? じゃあ、もらっておく」

わかった、と言いながら、リンクは笑って冷蔵庫の奥に手をつっこんだ。
真っ赤なりんごを投げれば、ピカチュウはそれを頭で受け止める。
頭で受け止められたりんごは、一度天井に向かってはねあげられて、
ピカチュウは落ちてきたそれを、今度はきちんと短い腕に抱えた。

相変わらず器用だな、と、感心そうな目で見て笑う。
リンクの笑顔につられるように、ピカチュウが笑う。

「ありがとう」
「どういたしまして」

微笑ましい、それは。
まるでいつもと変わらない、何度も繰り返された、風景。

「で、オレ、庭、行くけど」
「うん。僕も、行く」
「ああ。じゃあ、行こう」

リンクはピカチュウを両手で抱え上げ、そしてそのまま自分の頭の上に乗せた。
背の高い場所で頭にしがみつきながら、同時にピカチュウはりんごも抱える。
落ちるなよ、大丈夫、と言葉を交わしながら、リンクはキッチンを出て、リビングを横切る。
途切れることの無い会話を越えて。


走る速度に合わせて揺れる帽子、くっついているみたいに揺れるしっぽ。


「……おい、」


一人と一匹の、後ろ姿を、追いかけて。


「……おい、待てよ!!」
「え、わっ」
「! ピカチュウ?」

声が、ピカチュウのしっぽを捕まえた。
手は、ピカチュウをそのままリンクの頭から引き摺り下ろす。

一人と一匹に距離をつくった、その声、手の持ち主。

「……お前。いい加減に、しろよ」
「ロイさん。おはよう」

ロイ、と呼ばれたその人は。
真っ赤な髪の下の、碧色の瞳で、苛立たしげにピカチュウを睨みつけた。
その後ろには、青い髪を揺らせながら、
マルスが不安そうな顔で立っている。

「マルスさんも、おはよう」
「……うん。おはよう」
「で、何、ロイさん。痛いってば。せめて下ろして」
「いいから俺の話を聞け」

ピカチュウのしっぽを掴んだまま、ロイの声は低い。
睨みつけられても平然としながら、ピカチュウは逆にロイを睨んだ。
ぱりっ、と頬を鳴らしながら。
ピカチュウは、ぽつりと言う。

「……ぴぃ、かぁ、」
「……あーはい。わかったよ、下ろすから。電気は無し」
「初めからそうして。で、何」
「……何、じゃ、ねえだろ」

ロイの手から逃れ、落ちたピカチュウは、リビングの床に軽やかに着地した。
けろりとした様子でロイを見上げるピカチュウの声は、相変わらず淡々としている。
小さなからだを睨みながら、ロイはぐ、と手を握り締めた。 
マルスが後ろで、藍色の瞳をたゆたわせながら二人を見ていた。

「……お前、何で、あいつと一緒にいるんだよ?」
「? あいつ?」
「……あいつだよ。何で、あいつと一緒なんだよ」
「あいつって、誰?」

こくん、と首をかしげる、かわいらしいしぐさ。
真っ黒な瞳、揺れるしっぽ。

何かの糸が切れたように。
ロイは、ピカチュウの後ろでこちらを見ている、リンクを指差す。

   あいつだよ!!」
「……オレ?」
「リンク? ……なんで?」

指を差されたリンクは、心底不思議そうに目をまるくした。
そんな彼の傍に、ピカチュウはとことこと歩み寄る。
しっかりとしたつくりのブーツにひしっとしがみついて、
ピカチュウは何か、変なものを見るような目で、ロイを見た。

「どうして。リンクと僕が、一緒にいるの、だめ?」
「駄目じゃ、ないけど……! でも、おかしいだろ!?」
「おかしいって……。別に、ピカチュウとは、普通に仲良いし。な」
「うん。ロイさん、変。どうしたの?」
「……おかしいのは、俺じゃねえよ!!」

心底嫌悪感を漂わせた顔で、ロイはリンクとピカチュウを睨む。
その後ろでマルスが、どこか不安げにロイを見ている。
その後ろで屋敷の住人が、各々好きなように朝を広げている。
当たり前すぎて、逆にいとおしい。
毎日繰り返される、いつもの風景。

「変だよ、ロイさん。自覚、無いの?」
「ッだから、俺は変じゃねぇって……!」
「おい、落ち着けよ、ロイ。どうしたんだよ」
「うるせぇな、お前が俺の名前を呼ぶな!!」

ピカチュウにぴったり張り付かれたリンクが、ロイの怒声を受け止めて肩を竦める。
ちょっぴりすねたように、そして少し困ったように笑って。

「……オレ、お前に、何かしたか?」
「しらばっくれんじゃねぇよ!! お前ッ……!!」
「どうしたの、ロイさん。
 ねえマルスさん、ロイさん、どうしたの?」
「え……、あ、ああ……。」

いきなりピカチュウに話を振られ、マルスはびくっと肩を震わせた。
怖いものを見ているような。
そんな視線が、なおも不機嫌なロイと、そして、
リンクとピカチュウを、たどる。

「……、」
「……まあ、別にいいけど……。行こうぜ、ピカチュウ」
「うん。行こう、リンク」
「おい、待てよ!!」

くるりと踵を返したリンクの頭に、ピカチュウはぴょん、と飛び乗る。
地面にいるより空まで近い、約束をしたあたたかな場所。
ロイは、叫ぶ。
どこかが、苦しそうな顔をしながら。

ピカチュウは、きょとん、とした目でロイを見つめる。
いちばん好きな場所で、首をかしげながら。

「だから、お前、リンクの親友なんだろ!?
 だったらどうして、そいつと一緒にいるんだよッ!!」
「だから、リンクの親友、だから。
 だから一緒にいるんでしょう」
「だって、そいつ……!
 そいつ、リンクじゃねぇじゃねーかっ!!」

ロイは、叫ぶ。
何かが失われたような、悲しい声で。

「……。……ロイ?」
「変なの、ロイさん」

くすんだ金髪、空みたいにあたたかな、青い瞳。
緑色の帽子、緑色の服。淡く銀色にきらめく剣。
少し困ったように笑う顔も、大きな手も。
優しくて強い、身に纏う空気も。

「リンクは、リンクでしょ。
 本当に、どうしちゃったの? ロイさん」
「…………」
「リンク、ロイさんに、何かしたの? 小さいって言っちゃったとか」
「いや、別に……。……多分」

二人は笑いあう。ロイの、理屈の通らない声を受け止めながら。
リンクは苦笑しながら、瞳だけをロイの方に向けた。

いつのまにか。
音も無く、前触れも無く。
当たり前のように、二人は入れ替わっていた。

「じゃあな、ロイ。   オレが何かしたなら、謝るから」
「じゃあね、ロイさん。ばいばい」

ぱたぱたと、短い手を振って。
ピカチュウはまた、リンクの頭にしがみつく。
揺れる帽子。揺れるしっぽ。
大きな背中を、見送って。





二人は。


「……ロイ。
 ……ピカチュウは……、気づいてないんだと、思うか?」
「あの、ピカチュウが、か?  ……くそ。……何なんだよ……!!」

庭の外には、白と黒、翼の持ち主達が剣を打ち合っている風景。
頃合いを見計らって、ふたつに声をかける、一人と一匹。
一匹に手を伸ばし、楽しそうに肩に乗せる白。
一礼を交わし、儀式のように剣を前に構える、一人と黒。

「……何でだよ。何で、ピカチュウは平気なんだよ」
「……」
「……おかしいよ。だって、違うだろ、あいつ……!」
「……どうだろう。
 ……本当は、おかしいのは、僕達なのかもしれない」

遠い記憶のような風景だった。
何も変わっていないように、見えるけれど。
いつのまにか。
音も無く、前触れも無く。
当たり前のように、二人は入れ替わっていた。

「マルス、そんな、」
「……本当に、彼は、リンクなのかもしれない」
「……、」
「ピカチュウだけがそのことに気づいていて、何も変わらないのかもしれないな。
 僕達ではわからないリンクのことも、きっと……あの子ならわかるだろうから」

声も姿も、消え失せた。
知らない人。
同じ名前で、呼ぶ人。

「……二人は。……一番の、親友、だからな」
「……ッ……。」

青年らしい笑顔、迷いの無い軌道を描く剣の切っ先。
朝の真っ直ぐな陽射しを受けて。
きらきらと、まるで黄昏みたいにかがやく、くすんだ金色の髪。

何事も無く、毎日は過ぎていくから。


何も、問題は無いのだけれど。




オチがまるわかりですみません。
こんなの書くと誤解を招きそうなので一応言っておくと、
Wii版リンクの参戦は大歓迎です。かっこいいし。

そんなこと言ったら、一部の伝ポケとミュウツー以外のポケモンは、
何百何千といる中の一匹かもしれない、ということなのですけれど。

SmaBro's text INDEX