スキエット
「おい」
アイクはリビングに入るなり、ソファーに大股で腰掛け剣の手入れをしていた少年を呼んだ。
ソファーの配置上、少年はアイクに背を向けていたが、その赤い髪は誰が見ても一目瞭然だ。
少年はアイクの呼び声には答えず、黙々と銀色の刃を磨いている。
「……おい?」
聞こえなかったのだろうか。そう思い、アイクはもう一度、少年を呼んだ。
しかし少年は、一向に返事をしないし、振り向きもしない。
相変わらずの仏頂面だったアイクの眉間に、その瞬間、皺が一本増える。
そして、
「……おい。ガキ」
「言うほどガキじゃねえよッ!!」
思わず、と言った様子で、少年がようやく、勢い良く振り向いた。
「何だ。聞こえてたんじゃないか」
「……俺は、おい、なんて名前じゃねーからな」
碧色の瞳は見るからに怒っているし、ものすごく不機嫌そうだ。
名前。とぽつりと呟き、アイクは視線を右斜め上に上げ考える。
そうだ、確か。あの青い髪の王子様が呼んでいた。
彼を見かけるときは、大抵目の前の少年も一緒にいて 。
「……ロキ」
「ロイだっ!!」
叱られるように怒鳴られて、アイクは少年に視線を戻す。
ロイは一拍置いた後、しまったという顔で、忌々しげに舌打ちした。
「じゃあ、ロイ」
「……んだよ」
「マルスを探してるんだが、どこにいるか知らないか?」
「知ってる」
知ってる。
そんな答えに違和感を感じて、アイクは首を傾げる。
「……知ってるのか」
「ああ。知ってる」
ロイはその後に、言葉をつなげようとはしない。
普通、居場所を尋ねたときの返事は、知らない、であるか、居場所そのものであるかの、
どちらかだと思うのだが……。
「……どこにいるんだ?」
そこまで考えたところで、アイクはもう一度、今度は違う言葉でたずねた。
すると。
「教えない」
「……。何だと?」
まったく予想の範囲外だった、そんな返事が返ってきて。
今度は、アイクが一気に不機嫌になった。
「おい、何……」
「うるせーな。教えないっつったろ。話しかけんな」
「お前にそんなことを言われる筋合いは無い」
「じゃあ俺だって、お前にマルスの居場所を教える義理なんか無えよ」
「俺はマルスがいなくて困ってるんだ。助けろ」
「だれがお前なんか助けるか。街中探せばどっかにはいるだろ」
「……。広すぎるだろうが」
「おまけにお前、方向音痴だもんな」
はっ、と馬鹿にしたように笑って、ロイはふいと顔をそむけた。
その態度が気に喰わず、アイクは思わず腰の得物を抜くところだったが、
言われたことは紛れも無い事実であったので、ぎりぎりのところで堪えた。
どうやら目の前の少年には、どうしても、教える気が無いらしい。
何を、ヒト一人の居場所のことで、こうも嫌われなければいけないのだろうか。
アイクには理由がわからない。
硬質の髪を掻きながら、アイクは深く溜息を吐いた。
「……何だってんだ、一体」
「……何だ、だって?」
それはちょっとした恨み言だったのだが、なぜか返事が聞こえてきた。
ロイがアイクを見上げ睨んできたので、アイクは顔には出さず、ほんの少し驚いた。
その目つきには、視線には、
限りなく殺意に近い敵意。そんなものが、はっきりと見てとれたからだ。
「ひとつしかねえよ。何だ、なんて、そんな理由。
……何でだよ。何で…………、」
「……?」
アイクは首を傾げる。ロイには、それが許せない。
どうして。
「……何でだよ。何で、お前なんだよ。
……あの人にあってから、ずっと……俺の方が、ずっと一緒にいたのに。
……俺には……無理だったのに。
……何で、俺じゃないんだよ。何で、俺じゃ……。……何で……」
普段、けっして人には見せないような、心の裏側をぽつりとこぼす。
アイクには、意味がわからない。
ぐ、と握りしめる手も。逸らした視線に込められた、怒りと混在する悲しみも。
なぜ、当の本人の目の前でだけ、こんなことを言うのか、という、その理由さえ。
やわらかな心に深い哀しみをたたえた、藍色の瞳を見た、あのときから。
気になって、気にしてほしくて、だけどかなわないとわかったときから。
恋にできないのなら、せめて、その優しさが失われないように。
友達よりも近く、親友よりも近く。弟のように、誰よりも近くに、傍にいようと思ったのに。
どうして 。
「…………」
「……おい。……ロイ?」
「……っるせぇっ、あーもうっ、俺に関わんな、名前呼ぶな、変な気づかいすんな!
気色悪ィんだよッ!」
「…………。……酷い言い草だな」
怪訝そうな様子で顔を覗き込もうとしたアイクを言葉で撥ね退け、
ロイはソファーから立ち上がった。
相変わらず鈍感なアイクへの苛立ちを隠そうともせず、ロイは剣を鞘におさめる。
刹那。
「おい。言っとくけどな」
「っ、……何……、」
ロイは鞘のまま、凄まじい早さで剣をアイクの喉元に突きつけた。
普段なら反応出来たはずなのに、今だって、どうだって対応できるはずなのに、
なぜかアイクは、動くことが出来なかった。
大切なものを奪われた、好きなものを盗られた、大事なものを攫われた。
ロイは、悔しさがにじんだ瞳で、殺すように強くアイクを睨んだ。
「俺は、お前なんか ……絶対に、認めねえからな!」
「 ……。」
それだけ言うと、ロイは剣を腰のベルトに戻し、さっさとアイクの横を通り過ぎて行った。
派手に足音をたてて少年がされば、そこにはアイクだけが、ぽつりと残される。
「…………。……あいつ、」
一泊置いて振り返ったアイクは、ロイが出て行ったドアをじっと見つめた。
本能的なこと以外にはゆっくりとしかまわらない頭の中で、ロイの言葉がくるくるまわる。
本能で感じることには、誰よりもはやく回るから。
ロイの敵意の理由が、殺意の正体が、やっとわかった。
「……なるほどな。『弟』、か……」
誰に聞かせるわけでもなく、アイクは呟く。
それはからっぽの部屋を満たす前に、静寂にとけてゆるやかに消えた。
「……うかうかできんな」
納得したように頷いて、アイクはマルスを探すため、リビングを出て行った。
こういうの書いてこそのXですよね。
“恋敵”って、何だかんだで最後は認めてくれたりするのも良いんですが、
ロイ様にはとことんまで否定していただきたいと思ったりするわけです。
お付き合いくださった方、ありがとうございました。