世界のありか




落ちた木洩れ日にふれるように、マルスは膝の上の本の中、
綴られた文章をゆっくりと指で辿って、その後小さな溜息を吐いた。
辿った文章は、知らない文字と知らない文法で構成された、
マルスの知らない“世界”のものだ。
だけど学んだ甲斐があって、今のマルスにはそれが、ゆっくりではあるが読めるようになっていた。

栞を挟んで本を閉じると、マルスは手を前で組み、伸びをした。
ほう、と一息ついた瞳が、よく澄んだ空を追いかける。

「……いい、天気……」

ぽつりと紡がれた呟きは、ざあ、と走った風に消えた。

小高い丘と大木の木洩れ日に抱きしめられる昼下がり。
くるくると変わる空の表情や、肌に馴染んだあたたかな街のにおいは、
今ではすっかり当たり前のことになっていた。

ゆえに時々、マルスは忘れてしまいそうになる。
自分自身の本当のことや、嘘つきな誓いのこと。

時折ふとした瞬間に思い出し、ほんの少し胸を痛める真実が、
マルスにはたまらなく苦痛だった。

「……」
「……マルス! おーい、マルス!」
「……? ……ロイ?」

遠くから名前を呼ばれて、マルスは視線を引き降ろす。
見れば、細かな傷でいっぱいのロイと無傷のリンクとが、
並んでマルスのもとへと歩いてきていた。

そういえばいつの間にか、手合いの金属音が止んでいた。

今更そのことに気づいて、マルスは背筋が冷たくなった。

だけどそんなことには気づかれないように。
マルスはやってきた二人に、やわらかな微笑みを向けてみせる。

「どうしたんだ?」
「あのさあ、ひっでーんだぜ? こいつ。
 あんまりだよなー。リンクの鬼畜!」
「お前にだけは鬼畜なんて言われたくないけどな。
 ……というか、お前が最初に仕掛けてきたんだろ。
 絶対オレは悪くない」
「不意打ちだったのは悪いけど、全力で反撃することねえだろ!?」
「不意打ちだったからだ!
 悪いと思うんなら、正面から掛かって来い!」

マルスの目の前で行われる子供っぽい口喧嘩にも、いつのまにかすっかり慣れてしまった。
自分を抱きしめる少年、助けてくれる青年。

ここでは何もかもがいつも通りで、そして何もかもが非日常だ。

「……っでさあマルス、リンクがさあー」
「だから、何でオレが責められなきゃいけねーんだ!」

ここには、自分の運命は何も無い。
奈落に限りなく近い戦場や、守りたいたくさんの物事も。

何かを得れば、そのぶん、何かを失っていくことだけが。
そんなところばかりが変わらないのだと、マルスは苦笑した。


目の前の恋人。背中の親友。
どんなかたちであれ、この身には永遠なんか無いことを知っている。

よく似た色をしている空がほんの少し羨ましかったけれど、届かないことを知っていたから、
腕は伸ばされず、木洩れ日を拾って、落ちた。




ありえないことが起こる、ということ。

日記に書いたものを再録しました。


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