ある真相 |
「……よし! 終ーわりっ」 リビングのソファーで手入れを終えた剣を高く掲げて、 ロイは満足そうに一息ついた。 一点の汚れも無い銀色の刃が、蛍光灯の光を真っ白に弾く。 立ち上がり軽く一振りしてから、ロイは剣を鞘におさめた。 ベルトの後ろに取り付けて、空(から)になった手を伸ばす。 長く息を吐きながら伸びをすれば、細かい作業の疲れが取れたような、そんな気がした。 「……さてと。こっちの仕事は終わったし」 もう一息ついてから、ロイはきょろきょろと辺りを見渡す。 何かを探している、そんな様子で。 探しているものの名前は、 「おーい、マルスー?」 やはりと言うか、何と言うか。 ロイのたった一人の、愛しい恋人の名前だった。 「マルスー? 剣の手入れ、終わったぜ。どこ行ったんだよー? お〜い、マルスー」 出てこないと襲うぞー、とよくわからないことを言いながら、 ロイはリビングを歩き回りながら、何度も口にした名前を呼んだ。 テーブルの上には、一冊の赤い本。 マルスは、ロイが剣の手入れを始める前までは、リビングで本を読んでいたのだ。 「……おかしいな。どこ行ったんだろ」 珍しく集中しすぎていた為に、ロイはマルスがいついなくなったのか、 実はまったくわからない。 飽きてどこかへ行った、ということはないだろう。マルスに限って。 マルスは読書を始めたら、誰かが呼ぶまで絶対に止めないのだから。 と、いうことは、誰かに呼ばれた、ということだろうか。 自分以外の。 「……? ……でも別に、あの人、買い物当番ってわけでもねーよなあ。 第一、そんな時間じゃないし」 リビングの時計は、午後二時を差したばっかりだ。 「おーい。マルスー。マ〜ルス〜?」 ますます疑問に思いながら、ロイは今度は窓の外にも目を向けた。 子供達がブランコで遊び、ポポとナナがその子達の遊び相手になっている以外、 特に変わったところは無い。 と、そんなことを思いながら、廊下側のドアに目を向けた、その時。 「……っ……。」 「! あ」 キィ、と小さく音をたてながら、ドアが開いて。 「マルス! どこ行ってたんだよ」 「……ロ、……イ」 ふらふらと、何だか足元がおぼつかない様子で、マルスがリビングへ帰ってきた。 ……何故か顔を真っ赤にして、口元を片手で押さえながら。 ロイがそちらへ向かうと、マルスもゆっくりとロイの元へとやってくる。 そして、ロイがマルスに抱きつく前に。 マルスはロイの腕の中に、ぐったりと倒れ込んでしまった。 「? マルス?」 「……、」 「……ど、どーしたんだ? 何だよ、顔赤くして」 どう見ても普通ではないマルスの様子。 マルスの身体を抱きしめて、背中を撫でてやりながら、 ロイは流石に訝り始めた。 すると。 「おや。やあ息子よ、お前の仕事は終わったのかい?」 「……父上?」 マルスが入ってきたドアから、第三者の声が聞こえた。 声の持ち主は、他でも無い自分の父親だ。 エリウッドは開きっぱなしのドアを閉めると、二人の方へ歩いてきた。 背の高いその姿を、ロイは不思議そうに見上げて。 「……どうも。ええ、今さっき終わりましたけど」 「そうか。それは良かった」 にっこりと笑いエリウッドは言うが、ロイはますます不審に思う。 この父親のこういう笑顔は、何か良からぬことがあるという証拠。 「ところで、マルス エリウッドは、マルスの髪をさらりと撫でて、言う。 「ちゃんと、歩けたかい? 無理をさせただろう。すまなかった」 「……………………。」 何。 今。 「…………は……?」 「私がここまで運んでくれば良かったかな」 「……い、え……。大丈夫、です……」 大丈夫というマルスは、顔を真っ赤に染めたまま。 しかも、自分からロイに凭れかかったまま。 明らかに大丈夫ではないわけだが。 「……父上?」 「どうした、息子よ。何か疑問でも?」 「……マルス?」 「……。……何、だ?」 何かロイの背中を、冷たいものが流れた。ような気がした。 さっきの言葉。 腕の中のマルスの、こんな様子。 健全な青少年が、さて何を想像できるかといえば。 「……………………ッ…………、」 大きく目を見開いて、ロイはマルスの肩を、がっ、と掴み上げた。 いつもなら痛いと抵抗するだろうが、マルスはふらつく足で自分を支えるのが精一杯らしい。 とろん、と熱でとけたように潤んだ瞳が、ぼんやりとロイを見ている。 「おい、マルス?」 「……」 「何。……おい、まさかとは思うけど」 「……」 「あんた、……あんた、読書止めて何してたんだよ。 つーか、父上に何されてたんだよッ!?」 「……。」 誰も見たことが無い程に必死の形相。 マルスは。 「……ごめん。 ……僕の口からは、とても……。」 熱で赤く染まった顔で。ロイへの、とどめに。 こんなことを、口走った。 「……………… てっ…………めええええぇおいっ、そこの馬鹿親父!!」 「これはこれは、心外だな。 実の息子に馬鹿呼ばわりされるとは」 「何!! マルスに何したんだ、おい!! まさかとは思うけどっ」 「さて、息子よ。ちょっと聞きたいことが」 にこにこと和やかに笑いながら、エリウッドは可愛らしく人差し指を立ててみせた。 仕草と性格と本性が全く合っていないが、これはフェレ家の血筋なのだろうか。 「目の前に、どこを取っても自分の好みの人がいたとしよう」 「……はい」 「しかもその人はどうやら暇を持て余しているらしくて、かつ、騙されやすいそうだ。 さて、お前ならどうする」 「……。……てめえ、やっぱり!?」 同じ血筋の上にいるから、こそ。 思考回路も似ている、というものだろう。 「おい、てめえっ……!」 「と、いうわけで、すまなかったなマルス。 まさか私も、お前があんな風にかわいいとは思わなくて」 「マルスのかわいさは俺のもんだ!! 何、何したんですか、父上!!」 「……ロイ。僕なら、だいじょうぶ……だから……」 「俺の精神が大丈夫じゃねえんだよ!!!!」 ごもっともである。 「言え!! 吐け!! 何したんだ、おい!!」 「さあ。 「……ッ……!! な、ちょ、逃げるな馬鹿親父ーーーッ!!」 最後の最後に意地悪く笑ってみせて、エリウッドはその場からひらりと退散した。 マルスを抱えていて追いかけられないロイは、それでもマルスを責めることはないわけだが。 立っていられなくなったのか、ぺたりと座り込むマルスを抱きしめてやりながら、 ロイは。 「…………ッ。 何、何なんだよーーーーーーッ!!」 リビングいっぱいに轟くような、悲痛な声で叫んでみても。 結局、事の真実は、わからないままだった。 |
大凶でーす。 大吉から大凶と全部で五つの小話を書いたのですが、 案の定、大凶のこれが一番賑やかというかおかしな話になりました。 やはり愉快犯をやってこその父上です。 真っ当な父上がいないサイトですみません。 なんか最近は、大凶っていうのは無いんですか? そんな話を聞きましたが。 ですが、大凶、っていう響きが何か好きなので、通します。 読んでいただいた方、ありがとうございました。 SmaBro's text INDEX |