月も見てない

その日、ロイはとてつもなく不機嫌だった。
ロイの不機嫌は基本的には表に出るので、実害はあっても精神的被害は少ないのだが、
少年の不機嫌にはある厄介な決まりごとがあった。
それは、ある一定の基準を超えてしまうと、その不機嫌は表に出なくなるということ。

実際どんなものなのかと言えば、それはもう、とてつもなく怖いのだ。
何があってもにこにこと笑っている。背後には、ドス黒いオーラを背負い込んで。
しかも、笑っているのは口元と言葉だけで、目がちっとも笑っていない。
しかし言葉が笑っていればそれだけで少なくとも、機嫌が良くは見えるのだった。
表だけで付き合う分には、さして問題が無いくらいには。

と、いうわけで、その日、ロイはとてつもなく不機嫌だった。
理由は大したことではない。それは本当にいつも通りの理由。
爆発物にでもふれるかのような屋敷の住人の笑顔をするりと通り抜けて、
新月の夜、彼は今、自室のベッドに腰掛けて、一人きりでぼんやりとしていた。
あかりの無い、闇の中で。

「ロイ」
「……?」

ふいに扉の外から、静寂を破るように、耳に馴染んだ声が聞こえた。
こういう状態の自分を、訪ねてくるなんて珍しい   
作り笑いで必死に誤魔化していた住人の、昼間の様子を嘲るように思い出しながら、
ロイは扉の外に声をかけた。こんな時でも愛しい、おだやかな声に。

「マルス? いいよ。入って」
「うん。……入るぞ」

かちゃ、と音をたてて開かれる扉。隙間から差し込む、廊下のあかり。
部屋の闇にとけるように、青い髪が覗き込む。

「……ロイ」
「よ。どーしたんだよ、こんな時間に」

暗いままの部屋を不審に思うこともなく、マルスは扉を静かに閉めた。
笑っていない目で笑顔を作って、ロイは愛しい恋人を出迎える。
そんな笑顔に応えることすらもなく、暗い部屋をマルスは真っ直ぐ進んだ。
ベッドに腰掛けてこちらを見ている、ロイのもとに。

表情の見えないマルスを訝りながらも、ロイはつとめて軽い口調で、言った。

「何? あ、もしかして、誘いにきたとかー? なんて……、」
「……ああ。そうだよ」

そんな、わざとらしい軽口への、重い答えは。

「………………。………………は?」

ロイの思考を止めるのには、充分すぎる破壊力を持っていた。

びし、とその場で固まってしまったロイの膝の上に乗り上げて、
マルスはロイに身体を寄せる。
細い腕を首の後ろでからめて、マルスはロイに、そっと口づけた。
ロイは思わず目を大きく見開いたが、近すぎる距離では、表情を伺うことはできなかった。

ふれているだけなのに、吐息をとめるような口づけ。
相変わらず細い腰を抱きしめて、ロイは空いた方の手を髪に梳き入れる。
求めてきたものを遠慮無く奪えば、やがて訪れたのは深い静寂。
くぐもった声と、怯えでは無いわずかな震え。

「……っ、」
「……何。まさか、本当にそーいうコトしにきたわけじゃ、ないだろ?」
「……。……お前、」

深い口づけで無くした呼吸を取り戻しながら、マルスはぐったりとロイに凭れかかる。
耳元をくすぐる声に神経を傾けながら、ロイの手は華奢な背中を抱いていた。

「……何か、あったんだろ?」
「うん」
「……そういう時は、傍にいるなって、言うけど」
「うん」

その日、ロイはとてつもなく不機嫌だった。
理由はいつものことだ。大したことじゃない。大事なものが、また一つ無くなった。
たったそれだけのことだ。慣れることも無いと思っていたのに、
ああ、またか。と思ってしまった。

「……だから、身体で慰めにきたってわけ?」
「違う! ……そういうことじゃなくて」
「うん。……わかってるよ」

子供みたいにロイを抱きしめながら、マルスの声は、今度は怯えで震えていた。
怯えている理由がちゃんとわかって、ロイは満足そうに笑う。

「ちゃんと、わかってるから。……ありがとな」
「……ん……、」

肩に額を寄せて、こくん、と頷いたマルスの頬を撫でて、
ロイはマルスの背中をそっと白い波の上に触れさせた。
反転した視界は相変わらず暗いけれど、暗いのは夜だから当たり前なのだ。
マルスは少し照れながら微笑み、自分からロイに手を伸ばす。

月も見てない夜の秘め事は、二人だけの秘密だった。
ロイの言葉に嘘は無く、マルスは安心したように笑った。



大吉でーす。

何が大吉って、王子が積極的に迫るなんて! まあ! っていうとこなのですが、
話の内容が大吉じゃないですね。そうですね。……すみません。こんなつもりじゃ……。
吉度(?)が上がるたびにエロ度が上がるという噂ですが、
けっしてそんなことはありません。たぶん。

読んでいただいた方、ありがとうございました。

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