○ はさみのきもち ○



「だから、いいじゃない、早くやってよ!」
「るっせえな、了承とってないなんて聞いて、やれるかよ!」

庭の方から聞こえた元気の良い声に、リンクは玄関から屋敷へ戻ろうとした足を止めた。
声はピカチュウとロイのもののようだが、何だか言い争いをしているようだ。
この二人が言い争いをしているのはいつものことだが、それでもリンクは放っておけず、
上に馬鹿のつくお人好し全開で、止めた足を庭の方へと向けた。

「僕がいいって言ってるんだからいいの! リンクは関係無いでしょう!」
「どこの馬鹿が好きでリンクに喧嘩売るんだよ! 少なくとも俺は絶対嫌だッ!!」

向かっている途中にも、言い争いは聞こえてくる。
何なんだと心配していた心は、なぜか会話の中に自分の名前が含まれていたことにより、
心配半分、疑問半分となった。

屋敷の陰で薄暗くなった道を抜ければ、春のあざやかな緑に包まれた庭の芝生が見えた。

さて、ピカチュウとロイはと言うと。

「…………。
 …………何、やってるんだ?」
「げ!!」
「あ、リンク。おかえりなさい」

まずリンクの目に飛び込んできたのは、リビングへと続く窓のすぐ前に座るロイの姿。
そして、前に突き出し開いた脚の間に、ちょこんと座っているピカチュウ。
ふわふわの頭を押さえた左手。右手にあるのは、光を弾いて銀色に光る、鋏(はさみ)

へら、と笑ったピカチュウに、ただいま、と返してみて、
リンクの青い瞳は、ロイの右手の鋏に視線を注ぐ。

「……ロイ」
「……な、何だよ」
「……ピカチュウを虐待する気なら、その前にオレがお前を斬るからな?」
「は……」

びっくり顔でロイが見るが、リンクは至って真剣だ。

「……っんで、そういう発想が出てくるんだよ! アホかお前は!」
「やだなあロイさん、それは前から知ってるでしょ」
「……ひどい言い草だな……」

ピカチュウのフォロー? につっこみを入れつつ、リンクはとりあえずほっとした。
どうやらピカチュウを傷つける、というわけではなさそうだ。

「だいじょうぶ。ロイさんがバカなのも、ちゃんと知ってるから」
「だからなあッ、お前っ、言う必要の無えことを言うんじゃねーよ!!」
「うん。だってみんな知ってるもんね」
「俺が馬鹿なのはマルスのことを考えてる時だけだ!」
「いつもマルスさんのこと考えてるんだから、いつもバカなんでしょ?」
「……うん。まあ、それはともかく、さ、ピカチュウ……」

揚げ足取りモードに入ると完全にロイには勝ち目の無い言い合いを止めて、
リンクはロイとピカチュウの前に腰を下ろし、ほんの少し首を傾げた。
リンクがここを訪れたのは、ロイとピカチュウの喧嘩を冗長させるためではない。

自分の発言が冗長の原因となったのだ、ということにはなぜか気づかず、
リンクはロイの鋏になおも視線を向けながら、もう一度尋ねた。

「それで、何、やってるんだ?」
「ああ、うん。切ってもらおうと思って。ほら、毛が、伸びてきたから……」
「…………え?」

ぴくぴくと長い耳を動かしながら、あっさりと答えてみせたピカチュウ。

きょとん、と目をまるくしたリンクは、まじまじとピカチュウを見つめて。

「……切るのか?」
「うん。だって、長いもの」
「……そうか……」

なんだかがっくりと肩を落として、表情を曇らせたリンクに。
ほらきた、と、ロイが心底うんざりした様子で顔をしかめた。

子供みたいに寂しそうな目で、リンクはぽつりと言う。

「……なあ、切るのか?」
「うん」
「……邪魔なのか?」
「うん。だって、虫の死骸とか引っ掛かるんだよ。ちょっと嫌じゃない?」
「ああ、それは確かに嫌だけど……でも……」
「でも、何」

はあーっ、と、ロイは深い深い溜息をわざとらしく吐いてみたけれど、
リンクがそれに気を取られることは無い。

「……あ、なら、ずっとオレの頭に載ってれば……」
「だめだよ。ごはんの時は下りなくちゃ」

そんな問題じゃない気がするが、とりあえずロイはつっこまない。

「……。切るのか? どうしても?」
「うん。切る。もう決めた」
「……そうか……お前が決めたんなら、仕方ないよな……」
「そうそう。じゃあロイさん、切って」
「……。ロイ……」
「…………。……ピカチュウ、やっぱ、他の奴に頼め」
「ええー。だって、一番器用で一番ひまなの、ロイさんなのに」
「暇じゃねえよ。
 俺にだって、マルスといちゃいちゃするっていう、
 ものすごく大事な用事があるんだ」
「それは用事じゃなくて日課だから。ね。切って」
「…………。……えーっと……」

しゃき、と鋏を鳴らしてみると、リンクが悲しそうな目でロイを見てきた。
彼はマルス以外にはほだされないのであまり効果は無いのだが、
もしこれが恨みに転じたらどうしよう、ということで、ロイはどうしても躊躇する。
と言うよりは、他の人に押しつけたい、という方が正しい。

「ね、リンク。後でちゃんと行くから」
「……ああ。……じゃあ、また、後で……」
「うん。あとでね」

さっくりとピカチュウに追い払われて、リンクはのろのろと重い腰を上げた。
背中を視線で追ってみれば、なんだかものすごく哀愁が漂っている、ような気がして。
ロイは何だかリンクのことがちょっぴり可哀想になってしまったが、
こんなことに巻き込まれた自分も大概可哀想だ、と思うことで、心の均衡を保つことにした。

「ロイさん。切ってー」
「……あー、わかった。俺が斬りかかられたら、お前、守れよ」
「何で僕が。マルスさんに守ってもらって?」
「……。それもそうだな……」

返事をするのもめんどくさい。ロイはもう一度溜息を吐いて、長くなった毛に鋏を入れる。
その瞬間。

「……長いのも、ふわふわしてて、かわいいんだけどなあ……」
「………………」

ものすごく残念そうなリンクの呟きが聞こえて、ロイの手はぴたりと止まってしまった。
恨まれたら、どうしよう。

「ロイさん。だいじょうぶだから」
「……そりゃあお前は大丈夫だろうよ……」

何の根拠も無い自信。
こんなに悲しい自信はいらない、俺って可哀想、といつもみたいなことを言ってみて、
ロイは不本意ながらも、ようやく鋏を持つ手を動かした。



その日の夜。
さっぱりして嬉しそうなピカチュウを見ながら、
こっちもやっぱりかわいいな、と嬉しそうに笑うリンクを見て、
ロイは自分の懸念が、全く無用の心配だったということに気づいたという。




携帯日記の産物。
あの すみません リンクがアホで 超ごめんなさい。

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