ゆりかご日和
「リンク? おーい、リンクー。いないの?」 冬の最中におとずれた暖かな日、ピカチュウは廊下を、人を探しながら歩いていた。 彼の大きな親友の部屋がある四階、返事が無ければ階段を下りて三階。 結局二階にもいなかったので、今は一階へと向かっているところである。 人間サイズで作られた段差はピカチュウには大きいけれど、跳ねるくらいは造作も無い。 「うーん。何か眠そうだったから、お昼寝だと思ったんだけどな。 ……出かけよう、って、自分から言っておいて、それもないか」 自己完結している小さなひとりごとに、実のところ意味は無い。 これはピカチュウの一人遊びだ。ちょっとした時間を潰すための。 ぴょんぴょんと跳ねて、辿り着いた一階。 別に疲れてはいないけど、ひとつ息を吐いてみて。 ちょこちょこと歩きながら、リビングへ向かう。 「リンクー」 のんきな声。 誰かが締め忘れたのか、細く開いたままの扉を押し開けて、中へ入れば。 「……。あれ。ここにもいないの?」 大きな部屋は珍しく静まり返り、探し人もいなかった。 陽が当たり暖かそうな窓辺のソファーに丸くなり、ヨッシーとピチューが昼寝をしていただけで。 いいなあ、と思わないでもないのだが、とりあえず混ざらず、中を歩く。 テーブルの上、テレビの裏、カーペットの下。 そんなところを探したところで、小動物じゃあるまいし、リンクは見つからないわけだが。 そこはそれ、ノリとイキオイというやつである。 「うーん……。」 むう、とかわいらしく首を傾げて。 真っ黒な瞳はなにげなく、枯れた芝生で埋められた庭へと向かう。 ブランコ、花壇、物干し竿。朝、ロイがいそいそと干していた布団と毛布。 そして。 「あ」 いた。 緑の帽子、緑の服。春を待ち今は眠っている、芝生の上。 庭の隅にひっそりと立っている背の高い木の近くに、 その人は寝転んで。 「リンク!」 庭へと続く窓から、たたたっ、と足取りも軽く走ってゆく。 青く晴れ渡る空。あたたかな陽の光。 冬の最中、隙間を縫うように訪れた、待ち焦がれるような春の体温。 「リン、…………。」 辿り着いた、その場所で。 リンクは。 芝生の上で仰向けになり、ぐっすりと眠っていた。 「……。 ……うーん。本当にお昼寝だったのか……」 などと言っている場合ではなく、ピカチュウはリンクの胸の上によじ登る。 頭の後ろで組まれた手のひら。 今日は暖かいけれど、冬であることは間違いないのだから。 真正面から顔を覗いてみれば、光の恩恵をいっぱいに受けた顔は実に満ち足りて。 だから本当は、起こすのも、声をかけるのだって、ためらわれるのだけれど。 「リンク。リンク、寝るなら、お部屋行った方がいいよ。 ここじゃあ、風邪ひいちゃうよ? リンク? ……。」 顔を覗き込んだまま、短い腕でぽんぽんと身体を叩いてみる。 ささやかにかけてみた声は、届いているのか、それとも届いていないのか、 リンクは返事とも、小さく唸っただけとも取れる声を漏らしただけで、 空とおなじ色の瞳がピカチュウの前に開かれる気配は、無かった。 「……。出かけるって、急ぐんじゃないのかな? だったらべつに、僕はいいんだけどねえ……」 寝顔をじーっと見つめながら、ピカチュウは小さな溜息をつく。 空に目を向ければ、青が僅かに春の色合いを思い出している、そんな気がして。 「……まあ、いっか」 穏やかな寝息に合わせて上下する、胸の上。 ピカチュウは、手足をたたんでまるくなる。 「リンクが起きるまで、ここで待ってようっと」 青空に揺らぐ風、枝に留まり歌う鳥。 あたたかな陽の光を受け止めながら、ピカチュウはぼんやりと空を見る。 *** 「……ん……。……うん、……?」 薄く開けた瞼の向こうから、やわらかな光が瞳に届く。 ついで、頭の後ろで組まれていた手は、大きな欠伸を噛み殺そうとして失敗した口元へ。 一息吐いて肩の力を下ろし、リンクはぼんやりと辺りを見渡した。 と言っても、仰向けであるという状態から考えて、見えたのは空だけだったのだが。 「……。 ……ああ、寝てたのか……。そうだ、確か……。」 草のにおいが懐かしくなり、芝生に寝転んでぼーっとしていたのだ。 なぜ丘公園に行かなかったのかは、出かける予定と約束があったから。 探し物をするのに中央区へ下りようと思い立ち、そう決めて、 更に一緒に行かないか、と小さな親友に言った朝。 「……。」 約束の時間は。 今日の、昼過ぎ。 「……ピカチュウ!」 がばっ、と身体を起こそうとしたリンクは、ふと胸の上に重みを感じ、 途中で無理矢理その勢いを止めた。 肘で上半身を支えた中途半端な格好で、何だと疑問に思いながら、 その視線をゆっくりと、自分の胸元へと下ろす。 そこには。 「……。 ……ピカ、チュウ?」 手足をたたんで、まるくなって。 すやすやと小さな寝息をたてている、黄色いふわふわの毛並みがあった。 「…………。……何、でだ?」 何故ピカチュウが、自分の胸の上で眠っているんだろう。 この熟睡ぶりからして、わりと長いことこの状態だったのではなかろうか。 それにしたって、もっと良い寝床が、この街にはいっぱいあるだろうに。 とりあえずそこまで考えたところで、 「……えっと……、」 リンクは起こしかけた身体を芝生に下ろし、元の仰向けの状態へと戻した。 ピカチュウを落としたりしないように。 頭の後ろで手を組み、視線だけを胸の上の親友に向けて、リンクは困り顔になる。 「……おーい。ピカチュウ? お前、そんなとこで寝てると、風邪ひくぞ」 自分のことは完全に棚に上げて、リンクはそんな声をかけてみた。 声が届いているのかどうか、ピカチュウは尖った耳をぴくん、と一瞬動かしただけで、 目を覚ます気配はまったく感じられなかった。 「…………。」 このままでは、動けない。 どうせ急ぎの用事では無いし、ここにピカチュウがいるのなら、 約束なんか無かったことにしたって全然構わないのだが。 しかし。 なんだってピカチュウは、こんなところで昼寝をしているのだろうか。 「……オレを探してたのかな。でも、だったら、起こすよな。 ……ピカチュウなら、カミナリ落としてでも起こすだろうし。 ……出かける約束があるのに、昼寝なんかしないよな……」 そういう自分は、わざとではないにしろ、しっかり睡魔に負けていたわけだが。 「どうしても起きないんだったら……、 起きて待ってるか、どこかに行っちゃってるだろうし……。 ……昼寝がしたいなら、部屋とか、公園とか……」 何だろう、と考えながら、空へと彷徨わせていた視線をピカチュウに戻す。 呼吸で上下する胸の上で、ぐっすりと眠っている、すっかり慣れてしまった重さ。 空気を包んであたためる陽の光をいっぱいに受け止めて、 それよりあたたかくなっている、ピカチュウの体温。 「……。……幸せそうだなあ」 ふ、と、ほとんど無意識に、そんなことを呟いて。 リンクは、苦笑しながら小さな溜息を吐いた。 「……ま、いいか。 ……ピカチュウが起きるまで、待ってればいいんだし」 ものを考える、ということにあまり慣れたくない頭が、面倒なことを早々に放棄する。 けっして起こしたりしないように、細心の注意を払いながら、 リンクは大きな手のひらで、あたたまったピカチュウの背中を撫でた。 空に目を向ければ、旅の途中の小さな雲、春の色合いを僅かに思い出した青。 胸の上のぬくもりで温まりながら、リンクはのんびりと雲の数をかぞえだす。 *** 「……何やってんだ。こいつら」 「……昼寝、だろうな。たぶん」 暖かな日の恩恵に恵まれた散歩から帰ってきたロイとマルスは、 庭の隅で気持ち良さそうに眠っている一人と一匹を見下ろして、 そして顔を見合わせながら、各々思うままに呟いた。 呆れが伺えるロイに対し、マルスの方は、不思議でいっぱい、という様な声だった。 耳を澄ませば、聞こえてくるのは二つの穏やかな寝息。 芝生に寝転がる青年、その胸の上でまるくなった小動物。 確かに、昼寝だ。暖かい日が嬉しくて仕方が無い、とでも言いたげな。 しかし、それにしても、である。 「……昼寝なら、部屋ですればいいんじゃねえの?」 「……ほら、リンクとピカチュウは、外が好きだから。 外の方が嬉しい、とか、良かった、……とか……」 「じゃあ、東区の公園に行けばいいだろ。あっちの方が静かだし」 「……。眠くて動きたくなかった……とか……」 何だってこの一人と一匹は、わざわざ庭の隅を昼寝の場所に選んだのだろうか。 窓際、丘公園、白いベッド。屋根の上、は無いにしろ、 この屋敷には、この街には、昼寝に最適な場所が、いくつだってあるだろうに。 いつ人が帰ってきて騒がしくなるかもわからない、屋敷の庭じゃなくても。 「……。……おーい。風邪ひくぜ?」 「……。……聞こえてないと思うぞ」 やる気の無い声でかけるロイの忠告。答えたのは、隣のマルス。 二人は再び顔を見合わせ、そして、苦笑しながら溜息を吐いた。 「まあ、いいか。気持ち良さそうだし」 「うん。……あ、なあ、ロイ……」 ふわりと微笑んだマルスが、庭の物干し竿へと目を向ける。 今日のぶんの洗濯物、白いバスタオル。 そして、今朝、せっかく暖かい日なのだからと、ロイが干していた布団と毛布。 マルスの視線は、ベージュ色の毛布に注がれている。 なんだか嫌な予感しまくりだったが、ロイは一応、マルスに答えた。 「……何?」 「……あの毛布、……汚れたら、洗えばいいよな?」 「……。……いや、そりゃーそうだけど」 「じゃあ、リンクとピカチュウに、貸してもいい?」 貸してもいい? なんて。 愛しい恋人に、小首を傾げて尋ねられても。 「……。俺に今夜、毛布無しで寝ろって?」 「ロイは、僕と一緒に寝ればいいじゃないか」 「…………。な、……あのな、あんた!」 一緒に寝ればいいじゃないか、なんて。 愛しい恋人に、以下略。 他意は無いのだろうが、マルスの完全な不意打ちに、 ロイはわたわたとしながら顔を赤くする。 頭に疑問符を浮かべ、目をまるくするマルス。 ああ、何でこう、この人は! 何でいつまでもこうなんだと、ロイは軽く眩暈を覚えた。 「? ロイ?」 「ああ!? 何でもねえよ! いいよ、貸してやれよ!」 「本当? 良かった。ありがとう」 何で喧嘩腰なんだろう、と思わないでもなかったが、 なにより了承を得られたことが嬉しくて、マルスは笑顔で毛布を持ってきた。 挙動不審なロイには目もくれず、毛布を不器用な手つきで広げながら、 マルスはリンクの腹から下へ、そっとそれを掛けてやった。 眠りを妨げないように、起こさないように、気をつけながら。 「寒くなったら、きっと、自分で、毛布、引くよな」 「……あー? ああ、うん、そうなんじゃねーの?」 実に満足そうなマルスの横で、ロイは何だか複雑そうな表情だ。 だけどマルスには、ロイのそんな思春期に気づくだけの場数が無かった。 あいつらが寝てるんなら、今日の手合いはナシだな。 そうだな、また、明日にしよう。 そんな会話を残しながら、二人は屋敷へと戻っていく。 やわらかな陽の暖かさに抱きしめられながら。 リンクとピカチュウは、二人一緒に、日が暮れるまで眠っていた。 |
ピカチュウは結構重い(どういうわけだか6kg)ので、
実際そんなものが胸の上に乗ってきたら、その時点で目を覚ましそうなものです。
お付き合い頂いてありがとうございました。