メイド服戦線。 |
「……だから! 何でよりによって、こんな服なんですか!!」 相変わらずの昼過ぎ、午後二時のリビングに、マルスの怒声が響き渡った。 ぜえはあと肩で息をするその顔は真っ赤になって、声の通りの怒りに満ちている。 握り締めた手は力を込めすぎて震えているし、 とてもじゃないが、クールビューティー、と見せかけて天然ふわふわな、 いつもの青い王子様、とは言い難い。 「あら、いいじゃない。似合ってるわよ」 「っ……、だから、ピーチさん……!!」 にこにこと笑いながらピーチはさらりと言ったが、マルス的には全然納得いかないわけで。 怒りは、更に増大するばかり。 それもそのはずである。 何せ、彼の今の格好ときたら。 パフスリーブも愛らしい、膝上10センチの黒いミニスカワンピース。 ちなみにスカートの中は、とっても手の込んだ感じの二重フリルである。 その上から付けているのは、縁をフリルで飾った白いエプロン。 男のものにしては細い腰の後ろで、帯はリボン状に可愛く締められて。 そして足首には三折りの白いソックス。ついでに髪にはメイドキャップ。 そう、現在、マルスは。 「……何でっ、僕が、こんな格好ッ……!」 まるでお手本のようなメイド服一式を身に着けていたのである。 デザインはとっても典型的だが、つくりはかなり丁寧だ。 一体こんなものどこから出てきたのか疑問だが、ピーチは出所に関しては何も言わない。 きっ、とピーチを睨んで、マルスは抗議を繰り返す。 が、その顔には怒りより照れが多く含まれているし、何より格好が格好なので、 マルスには悪いがまったく怖くはないとピーチは思った。 「それは……、確かに、僕は昨日カードで負けたし、 その罰ゲームがあるとは聞きましたけど……!」 「そう、だから罰ゲームよ。いいじゃない、似合ってるわよ? それ」 「良くないです! 似合ってないですっ! こ……んな、格好……っ」 短いスカートの裾を手で押さえながら、マルスはふい、と視線を逸らした。 男のマルスにとって、スカートというものは、どうやらかなり落ち着かないものらしい。 その下がほぼ生足だというのなら余計に、だ。 しかも。 「……っ……」 「……ピーチさん、あの」 「? 何よ、リンク」 ここは昼間のリビングだ。 ピーチとマルス以外にも、今、ここには人がいる。 ソファーに座って、ピーチとマルスのやりとりを見ていたリンクと、 そして何故か、隣にエリウッド。 「……さすがにちょっとかわいそう……じゃないですか?」 「いやあね、何言ってるのよ。罰ゲームはかわいそうじゃなきゃ意味無いでしょ。 ねえ、エリウッド」 「ははは、そうですね。ピーチ嬢の仰ることは、もっともだと思いますよ」 和やかに笑いながらエリウッドは言ったが、つまりは今のマルスにとって、敵である。 マルスは泣きそうな目でエリウッドを睨んだが、相変わらず大人には弱いのか、 特に何も言わなかった。 そんなマルスに目を向けて、そして。 「……ロイの親父さん。あんた……、」 「うん? どうしたんだい、リンク」 リンクは、何故か自分の隣で足を組み座っているエリウッドを、じっと睨みつけた。 にこやかな笑顔のエリウッドとは対称に、リンクはかなり不機嫌顔だ。 彼にしては珍しく。 「……マルスがかわいそうじゃないんですか?」 「マルスのことはかわいいがな。 私は基本的に、女性の意見には肯定することにしているものでね」 それに。 エリウッドは続ける。 「いい目の保養になるじゃないか。お前だって、そう思うだろう?」 「!!!!!! なっ、……そ、んなわけないでしょうっっ!!」 「顔が赤いぞ。図星かな」 「だから、そんなわけないって言ってるでしょうが!!」 「ははははは。いいじゃないか。青少年が想像豊かなのは、いいことだぞ」 「人の話を聞く気が無いんなら、人に話を振るな!!」 とうとう丁寧語を使うことを諦めたらしいリンクの顔は。 目で見てわかるくらいに、赤い。 実のところ。 「……っ、くそ……」 前髪と一緒に顔の半分を押さえながら、リンクは視線を逸らした。 世の中には、やっかいな人がいるものである。 そんなリンクの挙動不審にはまったく気づかない様子で、マルスはかなり困っていた。 こんな服を着ていることにももちろん困っているのだが、問題はそれだけじゃない。 「……。……どうしよう……」 問題はそれだけじゃない。 そう。 「……こんなの……。……ロイに、見られたら……。」 そうだ、最大の問題は。 普段から、やれウェディングドレスだのなんだの、 女物の服、がマルスに似合うことのすばらしさをわざわざ本人に語っているロイのことだ。 こんな格好を見られれば、さて。 どうなることか、マルスにはまったく想像がつかなかった。 少なくとも、自分にとってまったくよろしくない展開になることだけは確信できたが。 「……このまま、どこかに隠れちゃおうか……」 幸運なことに、ロイは少し前に散歩に出て、屋敷にはいない。 このまま、ロイに会わないことを願って。 いたの、だが。 「たっだいまーーー」 「……!!」 人生とは、こんなもんである。 玄関から聞こえた声は。 「あーーー寒かった。冬なんか無くなればいいのにな、ったく」 「……っ……、」 今、一番会ってはならないような気がする人物。 マルスが思わず肩を竦め、怯えるように瞳を揺らした程の。 ぱたぱたと、スリッパを履いて、人が廊下を走る音。 音はどんどん近づいて。 気配が扉のすぐ外まで迫った瞬間、マルスは我に返り勢い良く庭へ駆け出そうとしたが、 ピーチに襟首を引っ掴まれて失敗に終わった。 「放してください、ピーチさん!」 「嫌よ! 何の為にそれ用意したと思ってるのよ!?」 「たっだいまーーー! 未来の旦那が帰ったぜ、マルス!」 リンクが哀れそうに、そしてエリウッドが楽しそうに傍観している光景。 真っ赤な髪を子供のように揺らせながら、ロイが元気よくリビングに入ってくる。 ばたん! と扉を開けて、 ロイがマルスを視界に入れて、 数秒。 「……」 「……」 ロイとマルスはまったく違う表情でお互いを見つめあい、何も言わない。 更に、数秒。 「……マ、ルス?」 「……っ……」 ぱっくりと開けた口で、ロイはマルスの名前を呼んだが、 マルスはスカートの裾を押さえながら、頬を赤く染め上げ、 ロイの視線に耐えるのに必死で、返事をするどころではなかった。 ようやく自我が戻ってきたのか、ロイはマルスに一歩近づく。 マルスが怯んだのを、リンクがソファーから心底心配そうに見つめていた。 普段入浴時以外、絶対に見ることの無い白い生足が眩しいとか、 そういうわけではない。彼の名誉にかけて。多分。 「……マルス、……何、」 「……う……。……あの、違……。こ、これは……」 「昨日、その子はカードで負けただろう。 その罰ゲームだと仰っていたよ。ピーチ嬢が」 と、真っ赤な顔で押し黙るマルスに代わり、返事をしたのはエリウッド。 ロイは一瞬彼の実父に目を向けて、すぐにマルスに向き直った。 「ピーチが……?」 「そうよー。あんたが喜ぶかしらと思って」 絶対ただの嫌がらせだ、とリンクはつっこみたかったが、とりあえず呑み込んだ。 碧色の瞳は、頭の上から爪先までをじっと見つめる。 そして。 「……あのな。 ……お前、マルスに、何てもの着せてるんだよ!!」 「!」 ロイはピーチを睨みつけて。 きっぱりと、そう言った。 「……え、ええー?」 青い瞳をまんまるに開いて、ピーチは思わず疑問の声を上げた。 その言葉は、間違いなくマルスを庇い、そしてピーチを責めるもの。 マルスを飾り立てて、ロイが喜ばなかったことは無かっただけに、 この言葉の意外性は計り知れない。 リンクもロイを真っ直ぐに見つめ、驚きを隠せていない。 エリウッドだけが相変わらず、にこにこと笑ったままなのは置いておく。 そして、もう一人。 当事者である、マルスはといえば。 「……ロイ……、」 スカートの裾を押さえることも忘れ、ぽかん、とした様子でロイを見ていた。 彼もまた、こんな言葉は、まったく期待も、想像すらしていなかったから。 「嬉しくないの? ……すごく意外だわ」 「何が意外、だ、何が。嬉しいわけないだろ」 ああ、僕は少しロイを誤解していたのかもしれない、とマルスは考える。 男の自分を綺麗だ何だと褒め称え、指に切り傷一つ負えば世界の損失だと騒ぎ立て、 まるで娘のように扱う、バカで鬼畜で叩き直し様も無いひどい変態と思っていたのだが。 ……優しいところがあるのも、もちろん知っているけれど。 ある意味では、いちばん影響力が強いであろう助け舟。 ロイのためというピーチの言葉を信じれば、ロイがああ言うのだったら、 この格好からは解放される。はず。 「ロイ。ロイ、あの……、」 何よりまず先にお礼を言わなくてはと、 マルスはピーチと向き合って、怒ったような顔のロイに手を伸ばす。 指先が小さな肩にふれようとした、 その時。 「マルスはな、もっと、こう……。 ……足首がギリギリ見えるかってくらいの、長いスカートの方が似合うんだよ!!」 ……。 「………………」 「………………」 「……は……?」 長い長い沈黙の後、一番はじめに言葉を発したのはリンクだった。 何とか絞り出した、といった感じの、実に間抜けな声ではあったのだが。 場を凍らせた発言者は、何をそんなに驚いているんだ、とでも言いたげだ。 「何でもそうだろ、ほら、ちょっとチラ見させられると気になる、みたいな。 最初は隠しとけってことなんだよ。男のロマンをわかってねーな、ったく」 「……そう。……それは悪かった、わ……」 まあ生腕を晒している分には合格だけど、と、ロイは何だかとんでもないことを言っている。 けなされたり褒められたり、しかしピーチはもうそんなことはどうでもいいらしい。 軽く引き気味の視線の意味にはまるで気づいていない様子で、ロイは更に続ける。 「ガードが固い方が燃えるだろ。めくる楽しみもあるし。 生足は、長いスカートに隠れてるからいいんだろ〜?」 完全に固まっているリンクの隣では、エリウッドが動じることなく笑っている。 そして。 「………………」 「まあ世の中には、普段から短い方が良いっていう奴もいるけど……、」 気づいていない。 ロイは。 彼の肩に手を伸ばしかけたマルスが、沈黙からようやく覚めて。 「………………っ……、」 その手を そうだ、こいつは、男の自分を綺麗だなんだと騒いで、女の子みたいに扱って。 優しいのは嫌じゃないけれど、だけどこいつはどうしようもないバカなのだ。 変にこだわりがあって、いつもいつもわけのわからないことを言って。 バカで鬼畜で単純で変態で、それから、それから……。 「…………ィ、のッ……」 「え?」 ぎっ! と顔を上げて、マルスはロイを睨みつける。 ロイが思わず顔を強張らせ、咄嗟に身構えてしまうほどの形相で。 「……なっ、えっ、ちょっ」 「ロイ、のっ……、」 マルスの細い手が、考え無しに引っ掴む。 リビングに常備してある、 そして。 「……このっ、バカーーーーーー!!」 ごすぅっっ!! と鳴り響く、すがすがしい音。 赤い頭を目掛けて振り下ろされた、大人が座るためのイス。 びくっ、と肩をふるわせたピーチとリンク。 フローリングの床に顔からのめりこむロイ。 楽しそうなエリウッド。 イスを抱え、ぜえはあと息をしながら、仁王立ちでロイを睨みつけているマルス。 腰のリボンが、かわいらしくふわりと揺れて。 「……お前なんかっ、大っっ嫌いだッ!!」 とどめとばかりに、イスをロイに投げつけて、マルスはだーっと走り去る。 短いスカート、お手本みたいなメイド服のまま、昼下がりのリビングから。 「あっ、おい、マルス!?」 リンクは慌ててソファーから立ち上がるが、もうそこにマルスはいない。 「いいのか、着替えなくて!」 「ははははは。つっこむところはそこなのか?」 長い足を自然な動作で組み替えながら、エリウッドは至極真っ当なことを言った。 青碧の宝石みたいな瞳で、床にのめりこんだままの、自分の息子を優しく見下ろしながら。 「まあ、身体を張って自分の好みを主張する姿勢は素晴らしい。 褒めてやろう。それでこそ私の息子だ」 「……。この現状で、そのコメントも違うんじゃない? エリウッド」 どうせ届くことのないつっこみを入れるピーチの声は何だか疲れていたが、 彼女的にはもう、色々なことがどうでもいいらしい。 マルスが走り去った後のリビング、ロイの上に載っているイスの脚が折れているのに気づいて、 ピーチはとりあえず、マリオかルイージにこれを直してもらおう、と、そんなことを考えた。 退屈なほどに平和な世界。 ありきたりな日常。あたたかな午後。 何か、マルスさんが、すごい格好してたけど、とピカチュウがリンクに尋ねたのは、 またずいぶんと後のことだったと言う。 |
本当にごめんなさい。 何と言うか…… 読んでいただいた方、ありがとうございました。 SmaBro's text INDEX |