木洩れ日 #2

「またロイと喧嘩したのか?」
「……」

真っ青な空の下に、なだらかな緑色の丘が続いているその場所は、
春になると淡い色の花をつける樹がぽつんと立っている、マルスのお気に入りの場所だった。

どこかで買ってきたのだろうか、両手いっぱいに花を抱え、その中に顔をうずめるしぐさ。
半分隠れた表情の事情をさらりと言ってのけたリンクを視界の端に入れながら、
マルスはますます不機嫌そうに顔を歪ませた。
どうやら当たっていたらしい。
やっぱりな、と言いながら、リンクはマルスの隣に座った。
風が吹いて、髪と頬と、花と緑を撫でていった。

「どうしたんだ?」
「……」
「言いたくないなら、いいけどさ」

少し困ったように笑い、リンクは瞳を空へと上げた。
薄く伸びた白い雲が魚のうろこのように見えて、今日の晩飯は何かななどと考える。
ざわざわと歌う、花の時期では無い樹の葉と、足元に広がる緑の絨毯。
続く沈黙。
やがて、

「……リンクは、」
「?」
「どうして、……その、ここに来たんだ?」

ぽつり、と言ったマルスの質問を、きょとんとした顔で受けて。
そしてリンクは、

「お前が落ち込んでるんだったら、元気になってほしいなって思ってさ」
「……」

それがさも当たり前であるかのように、さらりと言った。

「ロイが、足に怪我、してたよな」
「……」
「心配なんじゃ、ないのか」

何でも無いように続けると、マルスが花をだきしめる腕がぴくん、と震える。
いつもそうだ、この二人は。
お互いをとても大切に思っているくせに、そのくせいつも空回りしている。
あるいは恋というものは、いつもそういうものなのかもしれないけれど。

「……だって、あいつが」
「うん」
「……あいつ、僕のことには馬鹿みたいに気を遣うくせに……。
 ……僕には、何も、言わないから……」

怪我。
全然大したことない、あんたには関係無い、だから心配なんかしなくていい、って。

思わずその場で馬鹿と罵って、屋敷を飛び出してきたのが、数時間前のことだ。

「でもそれは、マルスに、心配かけたくないから……だと、思うけど」
「……。……それくらい、わかってるけど……」
「わかってるなら、そんなに怒ること、ないじゃないか」

普段はまったく執着心など見せず、冷淡な印象を抱かせる青年は、
実のところ、気を許した相手にはかなり子供っぽい部分を見せる一面を持っている。
それがマルス本人にとってどういう意味を持つのか、リンクにわかるはずは無いが、
リンクは目の前のその人を、どこか微笑ましい気持ちで見つめながら、
困ったように笑った。

「素直に、心配だって言えばいいのに」
「……」
「意地っ張りだよな。ロイも、マルスも」
「……別に、……そういうつもりじゃ……」

そういう返事をする辺りが、意地っ張りだと言っているのだが。
だけどリンクはそうとは言わずに、別の言葉で優しく告げる。
木の葉がざわめいて、木洩れ日がちらついた。
二人の髪の色を、淡く照らして。

「屋敷で、ロイが、寂しそうだったぞ」
「……うん」
「行ってやったら、喜ぶと思うぞ?」
「……うん……、」

だきしめる花にうずめていた顔を、マルスは僅かに上げた。
視線が向かうのは、ずっと遠く、屋敷のある方角だ。
物分りは良いはずなのに、頭も良いのに、良識もあるのに、全くどうして。
こういうことになると、つくづく厄介だな、とリンクは思った。

ざわざわと歌う緑。
風が頬を撫でて、ずっと遠くまで消えていく。

やがて。
ずいぶん長い時間が経った後で、ようやく。

「……ありがとう」
「ん? ……別に、そんな、お礼を言われるようなことじゃないよ」

マルスの視線が、リンクに向けられた。
少し照れたような様子で、リンクは笑う。

「ロイと仲良くしてもらえれば、とりあえずオレの身は安全だし」
「……お前に、当たるんだっけ。前もそんなこと、言ってたな」

いつかのことを思い出しながら、マルスもくすくすと小さく笑い声をたてた。
そんな笑顔が、笑い声が、どうしようもなく優しく心を満たしていくのがわかって、
リンクは少し困った様子で視線を逸らした。

「……ごめん。いつまで経っても、その……、
 ……面倒、かけっぱなしで」
「いいよ。謝られるようなことでもないよ」

いいから、もう少し素直になってやれよと、そう言って。
リンクはまるで子供にするように、マルスの頭を撫でた。

あまりにも自然なしぐさ、大きな手のあたたかさに驚いて、
マルスはびくっと肩を竦めた。

「っわ、ちょ、……リンク、」
「え? ……っあ、ご、ごめ……、……ごめん、うっかり」

何か、小さな子供を見ているような気分になったから、と。
そうは言わずに慌てて手を離す。

「子供じゃあるまいし、……僕はピカチュウじゃないし」
「……何だ、それ」
「だってリンク、よく、ピカチュウの頭、撫でてやってるじゃないか」
「……あのな、流石に、あの子とお前を一緒には見れないよ」

リンクの小さな親友と目の前の青年とでは、見た目も性格もかなり違う。
位置づけも、そして、どんなふうに思っているのかも。

「ごめんな」
「ううん。僕もちょっと、驚きすぎたし」

曰くマルスは自分の“世界”では、王子様という身分であるらしい。
一度も無かった、ということは無いと思うが、こんなことには慣れていないのだろう。
そうすれば、ロイがいつも生傷をこさえているのも理解が行くというものである。
抱きついては殴られ、抱きしめては蹴られ、キスなどしようものなら剣でずっぱりと。
まあ、あれはちょっと特殊な例なのだろうが。
マルスにとって。

「リンクって、」

そんなことをぼんやりと考えているから、思わず聞き流してしまうところだった。

「自分の恋人にも、こういうこと、しそうだよな。
 すぐ、頭とか、撫でそうな気がする」
「…………」

恋人。
その単語が、綺麗な声で紡がれた瞬間。

リンクは思わず、気づかれないようなほんの一瞬だけ。
表情を、強張らせた。

「リンクは、……その、好きな人……とか、いないのか?」
「…………」

いかにも世間話、といったような声、口調。
大切なことが秘められているけれど、けっして重大ではないような、そんな言葉。
強張らせた表情を気づかれないうちに元に戻して、それでもまだ少し不自然なままで。
リンクは。

「……いないよ。
 オレは、そういうの、向いてないから」

いつもと同じ、少し困ったような微笑みを浮かべた。
一瞬だけ目をまるくしたマルスは、やがて、そうか、と言って笑う。
ざわめく緑、ちらつく木洩れ日。
彼の腕の中の、優しい花。

「もったいないな」
「もったいない?」
「だって、リンクみたいに強くて優しい人に、ずっと守ってもらえるんだったら、
 その人はもう、ずっと幸せじゃないか」

彼は、知らない。

「……」
「どんな人を好きになるんだろう。
 ……なんて、お前の好みも、よく知らないけど」

彼は、知らない。
彼を、ずっと守っているもの。
真っ赤な炎のそれとは違う、だけど確かに彼の心を暖めている、
やわらかな木洩れ日。

「リンク。
 いつか、リンクに、好きな人ができたら。
 話す気があったら、教えてくれる?」
「……」

気持ちの名前、恋のかたち。
好きな人ができたら、なんて。
本当は。

「リンクみたいに、うまくはできないけど。
 リンクの恋だったら、僕は、叶ってほしいから」

それはきっと、その恋が、自分には向けられていないときにだけ。
あくまでも、親友、というところにいるから。
手を伸ばして簡単に触れられる、だけど心の中にまでは届かない距離。
夜になったら消えてしまう、木洩れ日には届かない。
リンクは。

「……そうだな」

ふわりと微笑むマルスに、微笑みを返した。
心の中が絶対にわかってしまわないように、泣きそうに歪んだ顔を、
いつもと同じ困ったような微笑みで、すべて隠して。

「考えて、おくよ」
「うん」

あいまいな返事で満足そうに笑って、マルスは立ち上がった。
だきしめられた花が、こちらを見て笑った気がした。

「行くのか?」
「ああ。……ロイに、謝らなきゃ」
「うん」

彼が幸せなら、それで良かったはずだった。
自分がほんの少し悲しい思いをしても、彼が笑っていれば。
彼は優しい。頭も良い、良識もある。
だけど、ほんの少しだけ、たった一人に残酷だった。

「じゃあな。頑張れよ」
「うん。ありがとう」

花みたいにあかるい笑顔でさよならを言って、マルスは丘を下っていく。
頼り無い背中が見えなくなるまで見送ってから、リンクはぼんやりと空を見上げた。
青い空。
青。
木洩れ日がちらついて、彼の金色の髪を優しく照らす。

「……」

いい天気だ。
空の青を見つめながら、リンクは悲しそうに笑う。
ああ、本当に。
厄介なものだな、と言って。

「……いい天気だな……、」

ぽつり、と。
痛む胸を誤魔化すように、微笑みながら。

風が吹いて、丘の緑を、彼の頬を、木の葉を撫でた。
淡い光が目を差して、リンクはそっと瞼を閉じた。

オ マ エ だ YO !!
と、言わんばかりの話ですみません。
恋が残酷だなんてあんまり思いたくないけど、まあ人間だから仕方無いですよね。
と、思いたい。

しかし私はリンマルはノーマルカプだと思い込んでる節がありますね。
なんかもう王子乙女ですみません…。

それでは最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。
毎度毎度リンクファンの皆様には土下座の勢いでごめんなさい。

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