* 星のねがいごと *



「やあ、マルス。忙しそうだな」
「あ……、エリウッドさん」

ふいに背中からかけられた声に、マルスは手を止めて振り向いた。
もう夏も半ばだというのに、未だ長袖のシャツを身に纏った、エリウッドがそこにいる。
この蒸し暑さの中で、汗一つかいていないのは大いに疑問だったが、
昨日ピカチュウが、まあエリウッドさんだし、の一言で片づけてしまった為に、
マルスはもう気にはならなかった。納得してしまったからだ。

広い庭に、どこかから聞こえる蝉の声。
相変わらずの穏やかな笑顔につられるように、マルスもまたふわりと微笑む。

「お帰りなさい」
「ああ、ただいま。……これは……、七夕、だったかな」
「ええ。料理は手伝えないから、僕はこっちを」

開けっ放しのガラス戸の向こうのリビングの、更に向こうのキッチンでは、
ルイージとナナ、そしてゼルダが、和やかに夕飯を作っていた。
それに混ざって、ロイがデザートを作っている。
星型にくり抜いたりんごを浮かせた、淡い色合いのゼリー。
その光景を視界の端にやって、エリウッドは成る程、と呟く。

それを説明しながら、マルスは、足元に置いた箱から飾りを一つ取り出した。
細く切った折り紙をわっかにして繋げた、確かプリンが作っていた飾り。
ブランコの柱にくくりつけられた立派な笹に、マルスは次々と飾りを付けていく。
金と銀の星達に、白い紙で作られた舟、何故か折り鶴に、
それから、たくさんの短冊達。

「手伝おうか?」
「ありがとうございます。でも、後少しですから。
 エリウッドさんは、お客さまですし」

だから、ゆっくりしてて下さい   言って自然に微笑むマルスに、
ではお言葉に甘えようと答えながら、エリウッドは一歩踏み出した。
マルスの左隣、笹のてっぺんまで良く見える位置に移動する。

色とりどりの折り紙で飾られた笹。
たくさんの短冊。
見上げるとその隙間から、夜の近い、薄い青色の空が見えた。

「確か、どこかの若者と娘さんが、橋を渡って会う日、だったかな」
「ええ……、確か、僕はそう聞きましたが……」
「成る程な。……会えるだけ幸せだ、ということにしておこうか」

ぽつり、と呟く声が。
どことなく寂しい気がしたけれど。

「…………」

マルスはそうは言わずに、飾りを入れた箱の前にしゃがみこんだ。
エリウッドが不思議そうに見下ろす中で、がさがさと底をあさりだす。
やがて、

「……あ。あった」

何かを探し当てたらしい、子供のように笑うと。

「エリウッドさん。これ、」
「うん……?」

エリウッドの手に、二つのものを差し出した。
……淡い朱色の折り紙で作った短冊と、それから、マジックペン。

どうやら、書け、ということらしいが。
否、書きませんか? か。

「…………私が、か?」
「はい。子供達が喜びますよ」
「飾りが多い方が、というわけか。ははは、成る程な。
 わかった、では、遠慮無く書かせていただくよ」

短冊とペンを受け取って、エリウッドはにっこりと笑った。
もうその声はいつものもので、マルスは安心したように息を吐く。
やがて、再び笹の飾りつけを始めたマルスの横顔を見ながら、
エリウッドは考えた。

願い事。
願い事、と言ってもだ。
考えれば、それこそ星の数だけあるだろうが。

「…………」

マルスが飾りつけをしている、その横で。
短冊を持ったまま、エリウッドはさりげなく、視線を笹にめぐらせた。
さまざまないろの、短冊がうつる。
まるい字、綺麗な字、見ただけでクッパのものだとわかるような字。
……要するに、覗き見をしようと、つまりはそういうことらしい。

「…………」

足が速くなりますように。……これはネスだ。ネス、と記名してあるから。
雨のかわりにケーキが降ってくるようになりますように。
どう考えてもカービィだろう。
赤い短冊には、とっても小さな字で、背が高くなりますように、と書いてある。
ああこれはあの子のものだなあ、と、エリウッドはちょっぴり微笑ましくなった。
視線を、更に上の方にめぐらせる。

「…………。……おや、」

背の高い人間が、腕を伸ばしてくくりつけたのだろう。
ずいぶんと高いその場所に、葉っぱの中に隠れるように。
それは、あった。

「……これは……、」

マルスがよそを向いているのを確認してから、エリウッドは腕を伸ばす。
それがくくりつけられている枝を掴むと、
けっして折らないように、慎重に引っ張った。
曲がる枝、ざわめく葉っぱ。
エリウッドの目の前に、見つけたものが下りてくる。

「…………」

それは、淡い藍色の短冊だった。
流れているのにとても綺麗な、何よりも丁寧な文字。
真ん中に、たった一言書かれた、
ささやかな願い事。

そのささやかな願い事を、読んだ瞬間。

「…………ふふ……、」
「え? ……!! あ、ちょっ……!!」

エリウッドは、思わず吹き出した。

何事かと思って振り向いたマルスが、目を大きく見開いて、慌て出す。

「〜〜〜ッ!! エ、エリウッドさんっ……!?」
「ははは……、なるほどな。うん、」
「なっ……んで、笑うんですかっ!! ……見た、んですか……!?」
「ああ、悪いと思ったがな。見させてもらったよ、
 ……それにしても……、……くくっ……、」
「〜〜〜っ……!!」

心底おかしいらしい、エリウッドは、お腹を抱えて笑い出した。
こんな様子はかなり珍しいのだが、マルスは慌てたまま、それに気づくこともない。
わたわたと慌てたり、頬を真っ赤にしたり。
息を詰めたり視線を泳がせたり、なんだかとっても慌しい。

エリウッドが見つけた短冊は、そう、マルスのものだった。
あんな、わざわざ読みにくい場所に、わざとくくりつけたりして。
見つかりたくないのだろう、そんな短冊に書かれた願い事は、
ほんとうにささやかだったのだ。

「はははは、……ふふ、なるほどな……あはは、」
「だからっ……!! 何で、そんなにっ……!!」
「うん……、いや……。……ははは、笑って悪かったな」
「……まだ笑ってるじゃないですか……」

ごめんごめん、と笑いながら謝って、エリウッドはマルスの肩に手を置いた。
大きな手が触れて、マルスは一瞬そちらに気を取られたが、
すぐにまたエリウッドをにらみつけた。
その顔には、とても悔しそうな表情が浮かんでいる。
だからせっかく隠しておいたのに、と。

「……悪い、ですか?」
「悪くは無いさ。……はは……、うん、そうだな。
 せっかくお前が、そう思ってくれてるんだから   

ぽんぽんと、まるで子供をあやすように、マルスの髪を撫でる、大きな手。
ようやく笑いもおさまりながら、
あたたかな陽の光のように微笑んで、エリウッドは。

「お前が、私の『娘』になれますように、と。
 ……私の短冊には、書いておくことにしよう」
「……っ、わ……、」

さらさらと、短冊に願いを込めて。
花のような祝福を込めて。

マルスの額に、ふれるだけの優しいキスをした。







「……ああああぁぁぁぁぁーーーーーーっっ!!
 おいこらっ、何やってんだそこーーーーーーっっ!!」
「!」
「……おや」

もちろんそんな真似を、彼が許すはずもなく。
マルスに関してはこと目ざといロイが、キッチンからリビングを抜け、
開けっ放しのガラス戸を越えて、文字通り跳んでくる。

ロイは慌てた様子でエリウッドとマルスの間に割って入ると、
マルスの身体をしっかりと抱きしめながら、ぎっ、とエリウッドを睨みつけた。

「わっ……、ちょ、ロイ、苦しっ」
「やあ、息子よ。食事の用意は万全かい?」
「どうもこんばんは父上。ああ万全だよ、後はてめーをぶっ飛ばすだけだ!!」
「ははははは。お前にそれが出来るのか?」
「うっ……。……くっそーーー!! 腹立つーーー!!!」
「親に腹を立てたりしては、神様が天罰を下さるぞ、ロイ?」
「息子の恋人に手ぇ出すのと大して変わんねえだろうが!!」

マルスの苦しい、という主張はまるで無視しているらしい。
ロイはぎりぎりと牽制しながら、これでもかというほど自分の父親を罵倒する。
が、残念ながらそれに関してはエリウッドの方が一枚上手で、
ロイはますます騒がしくなった。
夕涼みの風鈴だけが、誰かの部屋の窓で鳴いている。







「……相変わらずだなあ。あの二人」
「そうだね。いいんじゃない? 楽しくて」

庭の隅。背の高い木が広げた、丈夫な枝に腰掛けて。
微笑ましい親子喧嘩の様子を、リンクとピカチュウが眺めていた。

「……楽しいか?」
「だって、他人事(ひとごと)だもん」
「…………。」

頭の上でまるくなっているピカチュウに視線を向け問いかければ、
間髪入れずに返ってくる、こんな言い分。
ああまさしくその通りだなと悲しく納得しながら、
リンクはいつものように溜息をついた。

「……ロイも、マルスも、ロイの親父さんも。
 結局、似たもの同士と言えば似たもの同士なのかもしれないな」
「うーん。そうだね。
 でもそう言うなら、あなたとエリウッドさんはとても似てると思うけど」
「言うな。寒気がする」

本当に嫌そうな顔をして、ぶすったれたように言うリンク。
どうやら本当に彼は、手に負えないあの大人のことが嫌いらしい。

ぱたぱたと返事のようにしっぽを揺らせながら、
今度はピカチュウが溜息をついた。

「似たもの同士、か。……不思議だねえ」
「そうだな。
 ……ところでピカチュウ、」

リンクとピカチュウは、思い出す。
こっそり覗き見た短冊に、込められたささやかな願い事。

「お前は、何て書いたんだ?」
「リンクがカミナリ好きになってくれますようにって。リンクは?」
「…………。
 ……お前がもう少しだけ、まるくなってくれますようにって」

エリウッドは気づかなかったが、
赤い短冊の裏、隅の方には、小さく書かれた二つの願い事。
『マルスが人を頼れるようになれますように』と、もう一つ、
『父上の病気が、治りますように』、と。


マルスの短冊には、ただ一つ。
『もっと素直になれますように』、と。



そしてエリウッドの短冊には、本当に、マルスが、娘がどうこうと書いてあるのだから。




人の見た目や、中身とか、言動の正直さとか、心の奥底にねむる願い事とは。
本当にわからないものである   




一日遅れで七夕。(……)
なんかどうにも盛り上がらない話ですみません……。

最後までお付き合い頂いた方、ありがとうございました!

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