― 糸 ―




やっぱり人はひとりだ、とも。
あなたは絶対ひとりじゃない、とも。

どちらも言われたことがある。誰に言われたかも覚えている。
そしてどちらを信じてるかと問われれば、僕は多分前者を選ぶだろう。
簡単だ。
単に、やっぱり人はひとりだ、と僕に言った誰かの方が、
僕に対して説得力があったから。

王は、民の信頼を得るならば、全能でなければならない。
誰のものにもなってはいけない。
足りないものがあってはいけない。
足りないものがあっても、足りないものは何も無いように演じなければいけない。
だから誰かを頼ってはいけない。
なんでも一人でしなくてはいけない。
全ての民の信頼を得る代わりに、
王冠を持つものはいつも孤独だ。
僕は王子で、いつか王になるのだから。
そういう言葉は、とても正しいように思えた。
孤独でなければ、王にはなれない。
あの頃の僕には、少なくとも、そう思えたから。

「何だ、そんなの」

あいつはそんな僕の話を、たったそれだけで片づけた。
別に、そんなのはおかしいとも、間違ってるとも言わなかった。

「それって、単純に、論点が違うだけなんじゃねーの?」

あいつは頭は悪くない、むしろかなり良い部類に入るはずなのに、
勉強が嫌いだとかで、いわゆる学問的なことはあまり頭には入っていない。
なのに時々、あいつの言葉は的を得ている。
教育のたまもの、というものなのだろうか。

「まあ、確かに王って、誰かを頼るものじゃないと思うけど。
 一人で何もできない王様に、自分の生活預けろって言われても微妙だもんな」

まあ俺の考え方も大概偏ってるからな、と、あいつは笑って。
そして。

「あのな、ひとり、って。
 誰にも好かれなくて、誰も好きにならないやつのことだと、俺は思う」

こう、言った。

「あんたは、色んな人のこと、ちゃんと好きだろ」

だけど僕は、本心というものを、人に見せたことはない。
嘘はつかないけど、ぎりぎりのところは隠している。……無意識、に。
誰にも知られたくない、知られてはいけないところがあって。
結局のところ、一番奥のところを人に見せたことがなくて、
好きというのは、信頼するということだ。
それは信頼しているということには、ならないのかもしれない。
隠しているのは、相手を無意識に警戒しているからなのだから。

こうは言わずに、別の言葉で同じようなことを言うと。

「んー、まあ、でもさ。仮にそうだとしても。
 あんたはもう、色んな人に好かれてるから」

わからない。
人に好きだと言ってもらえるような、たいした人間じゃない。
だけど。
もしそうだったとしても。
それは、僕が、“王子”だから……。

「……あーのーな。まあ、そういうところもあんたのいいとこなんだけどさ……」

そいつは、思っているよりずっと大きな手で、僕の頭に手を置いた。
撫でられた髪が、指の間からこぼれていくのが、かすかな音でわかる。
いつも言っている。どれほどか目立たない色にしたかった、僕の青い髪を撫でながら、
綺麗だ、なんて、いつも。
こんな髪の色は嫌いだった。目立って仕方が無いから。
もっとも、戦いの場に出れば、他の誰かより僕に視線が移るから、
他の皆が怪我をする確率が下がるということで、安心はしていたけれど。

「あんた、俺のこと、忘れてねえ?」

忘れない。
忘れるはずがない。
こんなに無遠慮で、人の弱みを勝手に知っていくやつのことなんか。

「例えば、あんたが、深い地面の下で、狭い部屋に閉じ込められたとして。
 誰の目にも見つからなくなって。
 そのまま長い時間が過ぎて、いつか世界中の人が、あんたのことを忘れても」

そうなればどんなに気が楽かと、昔は思ってた。
僕のまわりで戦いが始まるのは、僕のまわりの皆が危険な目に遭うのは、
僕がいるからだ。
深い地面の下で、狭い部屋に閉じこもって。
誰にも知られないように、眠っていられたらと、何度も思った。

「俺達は、もうずっと前に、出会ったんだから」

あの日。
地面の上。
桜という名前の、花が降る丘の上で。

「あんたが俺のことを忘れても、あんたがひとりと思い込んでも。
 俺は、あんたのことが好きだから、一生好きでいる。一生忘れない」

要するに愛の押し売りだ   自分でそう言っていたずらっぽく笑って。

ロイは。

「だからマルスはもう、これから先ずっと、ひとりになりたくてもひとりになれない。
    残念だったな」

そう言って、僕のまぶたにキスをした。
熱い、子供の熱を持つ唇は。
炎のようだと、今でも思う。

ぽつり、とそう言うと。
ロイが、愛は燃え上がるものだからな、とかふざけたことを言ったから、
とりあえず本で殴っておいた。


エリウッドさんて、ものすごく情熱的に人を愛するというイメージがあるんですが、
ロイ様もまた、全力で人を好きになって、笑っているようなイメージがあります。
と、言いますか、理想ですか。そういう人になれたらいいなという。

人を好きにならない人は人から好かれず孤独だというのは勝手な持論です。
でもまあ人から好かれない人というのは絶対いないと思います……よ。私は。
私だってどーしよーもない駄目人間だけど、家族も親友も、いますしね。

しかしこれを書いていたら「青」を思い出して一気に落ち込みました。
そして王子の一人称というのは不自然ったらないです。もう書かない。

それでは最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

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