ふわふわと、雪が降ってくる。
静かに、何も、音も無く。

今はただ、
雪は延々と降り続け、僕達のまわりを埋めていくだけ。



* SILVER SNOW *




「うわ、寒っ」

庭に出た瞬間、ロイは思わずこんなことを口にした。
容赦無く吹く風は、寝間着にコートを羽織った、その隙間に入り込む。
ロイはなんとか寒さに絶えながら、暗い、夜の庭の中を歩いた。
隅にある、四角い花壇の前。
うずくまって何かをしている、一人の青年を見つける。

傍に、近寄ってみれば。
やっぱりそれは、よく見知った青年だった。

「マルス」
「? ……あ、ロイ」
「何して、…………寒くないのか? あんた」
「何って……、」

コートも上着も羽織っていない、薄い寝間着だけのマルスは、
こくん、と首を傾げて、ロイを見上げた。
腕の先、両手の中に、植木鉢をひとつだけ持っている。
ロイの知らない小さな植物が、葉っぱだけの状態で、植木鉢に、あった。

「これを、部屋の中に入れようと思ったんだよ。
 今日は寒くなるって言うから……、……あ、いや、僕は、別に……」
「? 何が?」
「……寒くないか、って、訊いたろ」
「え? あ、ああ、そっちか……」

言葉を少しでも省くと、ほとんど会話が成立しなくなる。
この人は確か、とてもうまく話をしなければならない立場であるはずなのに、
日常会話はいつもこんな感じだ。
もっとも、そんなところにも既に慣れてしまったので、
一つため息を漏らす程度で、すぐ次の会話に移れるのだけれど。

「……まあいいけど。で、それ? 植木鉢」
「うん。昼間に入れようと思ってて、忘れてたから……」
「それだけでいーのか?」
「? ああ、これだけだけど……、……どうして」
「……別に。」

手伝おうと思ったんだけど、なんて。
なんとなく素直に言えないお年頃である。

「……あ」
「?」

ふ、と。
マルスが急に、しゃがんだまま、顔だけを空に上げた。
その視線の先を追いかけるより先に、ロイはマルスのそんな行動に驚く。
いつも冷静で、静かで、驚いたりしない人だから。

マルスは、華奢な手のひらで、そっと何かを拾うように。
そして、言った。

「雪」
「雪?」

言葉につられて、ロイもやっと顔を空に向ける。
雲に覆われた、光の無い夜の闇。
それは、真っ白な銀色の、雪、だった。

「……今年の年越しは、雪、か」
「そうか……。……道理で、寒いはずだよ。
 ……あんた、平気なのか?」

ふわふわと、雪が降ってくる。
静かに、何も、音も無く。

植木鉢を両手で抱きしめて、マルスがゆっくり立ち上がった。
ロイより背の高い場所から、ふ、と笑う。

「うん。平気」
「……何でだよ。雪、降ってるのに、それで……」
「お前が、寒がりなんだろ」
「いーや。絶対それだけじゃねぇ。……あーあ、もう」

ロイは二つ目のため息をついた。そして、す、と両手を伸ばす。
静かに、何も、音も無く。
雪が、降っている。

伸ばした両手で、ロイはマルスの頬を包み込むように、触れた。
その手の冷たさに、マルスが一瞬、びくっ、と肩を震わせる。

「っ!!」
「うわ、冷た! マルス、ほんと平気なのか?
 早く、部屋、戻ろーぜ」
「ちょ、ロイ、……あ、あの……」
「? 何。何だよ」

植木鉢を抱きしめたまま、マルスは白い頬を、真っ赤に染めている。
……どうやら、ロイと自分との位置関係に、今更照れている、らしいのだが。

「…………」
「……? ロ、イ? 何……、」

背伸びをして、ほんの少し、そのまま、首の後ろから引き寄せて。

ロイは、マルスに、キスをした。


二人の距離が、一番近い、その時も。
雪は、静かに、降っている。

「………………」
「……うん。やっぱ寒いって。な?」

絡む吐息が白いとわかる、その距離でロイは、マルスの瞳を見つめる。
マルスはと言えば、真っ赤に染まった頬に気づくこともなく、
ゆっくりまばたきをしているだけ。

そして、

「……っな、に、するんだ、いきなりっ!」
「おわっっ!!」

両手は植木鉢を抱きしめているので、とりあえず蹴飛ばした。

「何すんだよ! あっぶねぇな!」
「何するんだ、はこっちの台詞だ! っ……、」
「いいだろ別にそれくらい! っていうか話をそらすな!」
「そらしてるのはお前だ!」

その後は、まったくいつもどおりの不毛な言い争い。
寒い冬の、雲の空の下で、ぜえはあと息をする。
マルスの、植木鉢を抱きしめた細い指は、雪にさらされたせいだろうか、
真っ赤になっていた。

それに気づいて、ロイは、三度目のため息をつく。

「あー、もう……。いいから、ほら。それ、部屋に持ってけばいいんだろ」
「……。……う、うん……」
「なら、行くぞ。寒いし。……あんたもやっぱ、寒そうだし」
「…………」

ふわふわと、雪が降ってくる。
静かに、何も、音も無く。

いつまでもここにいたら、きっと、辺りは真っ白になるだろう。
いつまでも変わらない景色。
マルスは植木鉢を抱きしめて、歩き始めたロイの後ろを、静かに歩く。
庭の真ん中を突っ切って、いつもの部屋に戻っていく。

振り返って、思い出す。
いつまでも変わらない景色。
終わりが無いと、錯覚してしまう日常。
今日は、一年の終わりの日で、
明日は、一年の始まりの日で、
終わりが無いはずの時間なのに、
終わりと始まりがある。
そんな矛盾を感じながら、マルスはぎゅ、と、植木鉢を抱きしめた。
緑が戻って、花が咲いて、そして終わる。

「マルスー? おーい、何してんだー」
「あ……。」

ふいに名前を呼ばれて、マルスはロイの方に顔を向けた。
表情に、出てはいないだろうか。考えていたことが。
そんなことばかり考えながら、マルスはかろうじて微笑むと、
ロイは駆け寄ってきて、そして、その細い手首を奪って、そっと引っ張った。

「ほら。行くぞ」
「……うん」

夏のように笑うロイ。それにつられて、マルスも春のように微笑む。
目の前には、ガラス窓の向こう、にぎやかな部屋の景色。
背中には、雪の降る気配があった。


ふわふわと、雪が降ってくる。
静かに、何も、音も無く。
音も無く、ただ、永遠に。

それが何を意味しているかなんて、
わかったことも、
ないけど。

今はただ、
雪は延々と降り続け、見知った景色を埋めていくだけ。





最後数行のフレーズは、ずいぶん昔に思いついたものです。
あまり雪には縁が無いのですが、だからこそ何だか執着するのかもしれません。

それではお付き合いして下さった方、ありがとうございました。



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