「……ったく、この人は。本っ当に」

期待した自分が馬鹿だったと思う。
青い髪、藍の瞳、透けるような肌、他に類を見ない美貌。
まるで理想のような見た目を持っていながら、その人は、
ドラマチック、やらロマンチック、やらには、全く興味が無いのだから。

「……でも、俺一応男なんだぞ? それも、思春期の」

真っ暗な部屋。
サイドテーブルの上のスタンドライトが、ベージュ色の淡い光を灯している。
ぼんやりとした灯りに目を向けながら、ロイは、

「……ったく、この人は。本っ当に。あー、俺って可哀想」

隣にいる恋人の顔を見ながら、さめざめと呟いた。
もう何度目かわからない、心底がっかりしたのだろう溜息と共に。





   サンタのおとしもの






「悪かった。本当、スマン」
「……は?」

ぱんっ! と、マリオはロイの目の前で、かなり真剣に両手を合わせた。
何だろうと首を傾げると、マリオは更に、本当に悪かったと謝って。
4つ目のケーキを食べていた手を止めて、ロイはマリオをまじまじと見つめる。
一体何で、こんなに謝られているのだろう。

「……マリオさん? え? 俺、何かやらかしました?」
「いや、違うんだ。俺が一方的に悪い。まさか、こんなに弱いと思わなくて」
「……弱い?」

弱い。弱い、というのは、何なのだろうか。

ロイは何気なく、時計に目をやる。針が指しているのは夜10時。
子供達は少し前に寝静まり、大人達は二次会という名前の宴会に傾れ込む。
リンクとピカチュウは、二人でどこかに出掛けたので、
この場にはいなかった。

苺のショートケーキを切り取って、とりあえず食べてみる。
もうちょっと甘い方がいいなあなどと思いながら、ロイは更に辺りを見回した。
子供達が開けたプレゼントのラッピング類が、さりげなく積まれた床の隅。
テーブルの上には、何種類ものお酒のビンと、何種類ものケーキの僅かな残り。
まだ起きて騒いでいる者、突っ伏してダウンしている者、
そして、三人掛けの大きなソファー。

「………………あー?」
「悪かった。本っ当、スマン。俺が悪い。ごめん。許せ」

ソファーの上に目をやって、ロイはつい、不信な声を上げてしまった。
思わず、ケーキを食べていた手を止める。
目の前では、申し訳無さそうに、しかしちゃっかり許せと言いながら、
マリオがロイに謝り倒していた。

ケーキの皿をテーブルに置き、ロイはソファーに近づく。
ソファーの端で、肘掛に寄りかかって、子供のように眠る青年が一人。

「………………。」
「お前、マルスと、この後出掛けるって約束あったんだろ?
    本っ当に、悪かった!!」

長い睫毛に縁取られた、藍の瞳を長めの前髪で隠して。
そこではマルスが、座ったまま、無防備に眠っていた。



   ***



   ったく。だからあれ程飲むなーって言ったのに」

結局あの後、いくら呼んでもばしばし叩いてみてもマルスは起きず、
ロイはその身体を肩に担いで、マルスの部屋にやってきた。
お姫さまだっこ、ではないところがロイ的に悲しいが、まあそんなことはともあれ。

ベッドに横たえてやって、毛布を二重にかけてやって、それから。
ロイは近くにあったイスを引き寄せて、ベッドの近くで腰掛けた。
幸せな夢でも見ているのか、単に深く眠っているのか、
子供のような寝顔は、穏やかなことこの上ない。

しかし。
しかし、だ。

「……一緒に出掛けようってお願いくらい、叶えてくれてもなー……」

一応恋人との約束くらい、覚えていてくれても良さそうなものなのだが。
……眠ってしまったことが、忘れたということにはならないことは、承知しているが。
ロイは、マルスに目を向ける。静かな寝息。
聖なる夜、クリスマス、という単語に、雰囲気に、ぴったり合うような。

今日は、24日。クリスマスイヴ。
早くに寝てしまった、子供達は言っていた。
クリスマスイヴは、早くに眠り、真夜中のお届けものを待つものなのだ、と。

それを考えれば、一応まだ成人前なのだし、
マルスの方が、一般的な子供的には正しいと言える。

「…………」

そっとイスから離れ、ロイはサイドテーブルの、スタンドライトを灯した。
そのままドア近くの壁に向かい、天井の明かりを消す。
ベージュ色の淡い光が、ぼんやりと、マルスの青い髪を浮かび上がらせる。
普段の表情からは想像もつかないような、安らかな寝顔。

できるだけ足音をたてないように、ロイは部屋の中を歩いて見渡す。
本棚に、花。仕事机の上には、山積みになった書類の束。
まあ自分は違う“世界”の人間だから問題無いだろうと、書類の束をぱらぱらめくると、
その仕事は半分近くで放棄されていた。……やりかけ、なのだろうか。

「……寝不足……だったのか? でも、そのわりには……」

書類の束をめくりながら、ロイは、パーティーでのマルスの姿を思い出した。
特に、眠そうには見えなかったけど。
忘れてたわけじゃない、そういえば。
サムスにお酒を勧められていて、マルスはこう断っていた。
『この後、出掛ける約束が、あるから』、と。

「…………」

結局その後、マリオに負けて、飲んでしまって、こういうことになったらしいが。

「…………。……ったく……。」

ふ、と笑って。ロイは書類を元の場所に戻した。
足音をたてないように、ベッドの側に近寄る。
穏やかな、静かな寝息。ロイは手を伸ばして、マルスの髪に触れた。
冷たい、こぼれるような感触を確かめて、

「……寝不足なんなら、そう言えば、
 別に、出掛けよう、なんて、言わねーのに」

不器用だな。
ロイは、幸せそうに、こう呟いた。

いつまでたっても、自分の望みは一つも言わない。
そんなところが好きだけど、そんなところが悲しかった。
だから、誓ったのだ。
いつの日か、白銀色(ぎんいろ)の雪の中。
冷たい手のひらを包んで、誓った。
世界で一番愛している、この人をずっと守るから、と。
綺麗なところが、無くなってしまわないように。

「……ん……。」
「? ……あ……、」

微かな声が聞こえて、ロイはどこか遠くに向けていた視線を、マルスに戻した。
ぼんやりと開いた瞳が、かなり寝ぼけながらこっちを見ている。

「……ロイ……? ……。……朝……?」
「いや、違うだろ。どう見ても」

いくらカーテンを閉めているとはいえ、こんな真っ暗な朝はあり得ない。

マルスは両方の肘を支えに、上半身を少しだけ上げる。
辺りをゆっくりと見回して、視線はやがてロイに返った。
わずかに首を傾げるしぐさは、まるっきり子供のようで、
ロイは思わず、声に出して笑っていた。

「…………?」
「いいから、寝てろよ。まだ寝てていいんだからさ」
「…………うん……、」

二枚重ねの毛布の上から、ぽん、と肩を叩いてやると、
マルスはそれに素直に従った。
ふかふかの枕に頬をうずめて、静かに目を閉じる。

「……おやすみ……、」
「ん。おやすみ」

また、静かな寝息が聞こえるのを、ちゃんと確認してから、
ロイは毛布を、そっとかけなおしてやった。

おかしなものだと思う。
さっきまでは、何で寝ちゃったんだよもー、とか大体そんなことを思っていたくせに。
今、マルスの寝ぼけた姿を見ていて、喉の奥から出てきた言葉は、
おやすみ、だった。

「……ま、いっか。……幸せそーだし」

ロイはポケットに隠していた、小さな箱を取り出した。
青いリボンに小さな花のついた、手のひらサイズの小さな箱。
それをじっと見て、祈るように微笑む。
それを、マルスの、まくらもとに置いて。

「……俺も、ここにいよーっと」

にっこりと笑って、小声でそんなことを言って、
ロイはマルスの肩に、毛布の上からそっと触れた。
イスに座ったままの姿勢で、ベッドに肘をつく。
こんなことをしていれば、朝になったら、
かなり無理な姿勢で寝ていることになるだろうけど。





次の日の朝、マルスが目を覚ますと、外は一面、真っ白な銀色に包まれていた。
まくらもとでは、何故かロイが、上半身だけベッドに乗り上げて眠っていて。
小箱に気づくよりも早く、マルスはロイの肩を揺すって、
おはよう、朝だぞ、と呼びかけた。




ロイマルでクリスマス。
24日にあげるつもりでつい寝てしまって忘れてしまったもの。
王子のほしかったプレゼントはどちら? みたいな。

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