「なあ、マルス。あのさ、」
「……?」

手には、鮮やかな赤と綺麗なピンク色の、二色のバラで構成された花束を抱えて。
自分にこんなものが似合わないのは知っているし、柄じゃないとも思うけど、でも。
それは、朝の占い、くらいのささやかな期待だったけれど、
あんまりにも珍しいお告げだったから、うっかり信じてみたくなったのだ。
こんな、買うのさえ恥ずかしいようなものまで、買ってみたりして。
バカにされるのも、承知の上で。

「その……、今更っていうか、おかしいっていうか、いやあのともかく、」
「……? 何だ? ……何か、僕に用事か?」

本から目をそらしてこちらを見ているマルスに、ロイはちょっぴり緊張する。
いつもみたいに、冗談半分真面目半分ではない、全部真面目、くらいの勢い。
いや端から信じているわけではないので、やはり冗談半分かもしれないけれど。

「……あのさっ、」

腕に抱えた花束を、目の前にばさっ、と突き出して。

「……俺の、お嫁さんになってくれ!!」
「…………え……。」

それは。
そう、そこまでは。
いつもの台詞だ。にこにこ笑いながら、それがさも当然かのような物言いの。
今日は、その「いつも」とは違って、わりと緊張していたから、
まるっきりいつも通りとは言い難いが。

「…………。」

瞳をまるくして、ロイの顔と、花束を交互に見ているマルス。
いつもならここで、右ストレートに左アッパー、回し蹴りくらいは飛んでくる。
ふざけるなこのバカ、という、ロイ曰くかなり曲がった愛の言葉、と一緒に。

しかし。

「……うん。いいよ」

やわらかい声。
花束を持っていた腕が、軽くなる。……マルスが花を受け取ったから、だ。

「…………。」

ようやくそのことに気づいたロイは、弾かれたように顔を上げる。
目の前には、花束に顔をうずめて、まるで子供のように嬉しそうに笑う、
愛しい、愛しい恋人の姿。

たっぷりと間を置いて、ロイは。

「…………………………は?」

素直な答えへの反応とするには、あまりにも不自然な返事を、
かなり間の抜けた声で、返した。



** お嫁さん計画 **




「……え、いや、あの、……マルスもしかして、寝ぼけてる?」
「……? どうしてだ?」

きょとん、とこちらを見るマルスは、ロイの言葉に僅かに首をかしげた。
そんなしぐさもかわいい。ああ違うそういうことではなくて。

「いや、だって……だって、俺の言ってること、わかってんのか!?」

がしっ、とマルスの両肩を掴んで、半ば責めるように迫る。
程近いところでロイの碧の瞳を見つめながら、マルスは、
首をかしげたまま、いかにも当然、と言うように答えた。

「……わかってるよ。
 だから、ロイと僕が結婚して、家族になるってことだろ?」
「………………。」

そんな答えを聞いて、ロイの頭の中が、一瞬真っ白になる。
何だろう。実はこれは夢の中なのだろうか?
ああそうか、夢ならありえるなあはっはっは、ってそんなわけないだろうが。
自分で自分にしっかりつっこみを入れたところで、ロイの意識は覚醒した。
おかしい。マルスの言っていることは正しいが、おかしい。
いつもだったら既に、ロイの後頭部には綺麗なかかと落としが決まっているはずだ。
なのにどうしたのだろう、今日のこの、愛しい恋人は。
ロイにはまるっきり似合わないバラの花束を、いい香り、と言いながら抱きしめて。
そして自分のプロポーズを、いいよと言って受け止める。


  『   明日はお前は良いことがあるよ。何なら、プロポーズでもしてみたらどうだ?』


昨日の夜。
またもこちらにわけもなく遊びにきたエリウッドは、いつものような笑顔を浮かべながら、
ロイに何気なく、こう言った。
別に嫌いなわけではないが、なんとなく反抗してしまう自分の父親は、
たいていロイをいじめる方法をかなり遠回しに与えてくるので、
そんなお告げもまた、何かの罠か新手のイジメかと、つい身構えてしまった。

朝の占い、程度にしか考えていなかった。
罠でもイジメでもどんと来い、くらいの勢いだった。
だから、わざと大真面目に、似合わない花束まで買ってみて、あんなことを言った。
それは、ほんの気まぐれだったのかもしれない。

「…………マルス…………」

ロイは、心の中で、ちょっぴり後悔した。父親を誤解していただろうかと。
目の前の恋人は、とても幸せそうに笑って。
今までが今までだっただけに、素直に受け入れられると、こんなに幸せだ。
一体何故急に素直になったのかという疑問が浮かび上がったが、
今までのはほんの照れ隠しで、とうとう素直になったんだなと、
都合の良い理由を適当につけた。
何よりも、マルスがそういう気持ちを示してくれたのが、とても嬉しくて。

「……マルスッ!」
「、うわっ……、」

感極まったロイは、その勢いのまま、花ごとマルスを正面から抱きしめた。
マルスの髪に頬を押しつけ、まるで子供のように甘え倒す。
抱きしめられたマルスはといえば、勢いに驚いたのだろう、ほんの少しうろたえた後、
花が潰れるとかわいい言い訳をしながらも、ロイの肩にこつん、と額を寄せた。
額を寄せるという行動は、マルスが甘えたい時の証だ。
幸せで幸せで仕方が無い。

「マルス、俺、今も幸せだけど、絶対もっと、もっと幸せにするからっ」
「……ロイ……、」

照れた様子で頬を赤く染めるマルスの腕から花束を預かって、
そっと近くの机に載せておく。
花束のぶんの距離が無くなって、ロイは今度こそマルスをしっかり抱きしめた。

「……ありがと」
「……うん……、……僕も、ありがとう、ロイ」

おずおずとロイの背中に回された、マルスの控えめな両手。
青い髪に顔を埋めて、ロイは幸せそうに笑う。

「……良かった。これで、」

あまりにも幸せだったので、ロイはすぐには気づけなかった。


「エリウッドさんと僕は、本当に“親子”になれるんだな   


「………………………………」


…………たっぷり、本当にたっぷりと間を置いて。

「…………………………は?」

何とか言えたのは、それだけだった。

「…………何、…………だ、って?」
「前、エリウッドさん、僕に、父親みたいに思ってくれたら、って言ってくれたんだ。
 ……だけどやっぱり、エリウッドさんはロイの父親で、
 僕の父上ではないし、……僕の父上は、もう、いない、から」

抱きしめた腕が、強張るのが自分でわかる。
悪夢だったら覚めてほしい。
腕の中で、マルスは嬉しそうにロイに額を寄せている。

「だけど、昨日、エリウッドさんが、言ってくれて」

何。
言ってくれたっていうのは、何て。

「『お前がロイのお嫁さんに来てくれれば、
  お前は私と、本当に“親子”になれるな』って   


…………………………。


「………………………………」
「僕、ロイとエリウッドさんのこと、羨ましかったんだ。
 親子なのに、すごく仲が良くて、楽しそう、だったから」

あの現状を見てすごく仲が良くて楽しそうと言えるマルスも、
かなり鈍感でかなりつわものであると言えなくもないが。

「そうしたら、ロイが、お嫁さんに、って言ってくれたから……」

頬を赤く染めて、マルスは。
腕の中の恋人は、ふわふわとした様子で、そんなことを言う。
普段があまり喋らないので、かなり嬉しいのだろう。だとは思うが。
だけど、だけど、だけど。

ああ、やっぱり、俺はちょっぴり、いやかなり誤解していたんだとロイは思う。
あの父上は、本当は優しいとこもあるのだと勘違いしたのが馬鹿だった。
穏やかな微笑みの下で、考えることといえばきっと、
いかに遠回しに唐突に、自分をいじめられるのかという、
そんなことばっかりだというのに。

「………………っ……、」
「だから、ありがとう。ロイ」

ロイの背中に手を回して、マルスはまるで子供のようにロイに抱きつく。
マルスの身体を抱きしめるロイの腕は、完全に強張っていた。

そして、今は、

「………………俺じゃねえのかよ、俺じゃ……。
 ………………今言えばって、そーいう意味かよ、……っの……、」

怒りに、
まるで鬼でも魔王でも地獄の門番でも圧倒できてぶっとばせそうな形相で、
今朝早くさっさとこの“世界”を立ち去った、
どこか遠くで、爽やかに笑っているだろう、
自分の父親の顔を思い出して   


「……ふっっっざけんな、どこまでてめーの息子をいじめれば気が済むんだ、
 ……あっっっの、馬鹿親父は      ッッッ!!!」


ロイの悲痛な、というよりはむしろ怒りに満ちた叫び声が、部屋にいつまでもこだまする。

だけどマルスはいつまでたっても、嬉しそうにただ、
ロイの腕の中、のんびりと微笑んでいた。



エリウッドさんと本当に親子になりたいがためにロイのお嫁さんになると決意する
ひとでなし王子の話。
…………というネタを某様に頂きまして許可はもらったので本当に書いちゃいました。
もらったって言っても日常会話的ノリだったので勝手に書いたと言っても過言じゃないですけど。
何か、うちのエリウッドさん、どんどん性格悪くなってるような気がする……。

そんなわけで感謝の意と共に某様にこっそりと捧げようと思います。直接渡す勇気が無い。

それではここまで読んで下さった方、ありがとうございました。

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