昨日、二人で帰ったら、一人、いなくなっていた。
その日街のどこかでは、何かが崩壊する音がしていた。





   破滅する街で





街の中を二人並んで歩きながら、すごいな、と言う。
日に日に狭くなっていく面積。昨日は南の住宅が脱落し、今日は西の林が焼けていた。
夕焼け空を見上げたら、そのことが否応無く実感できた。
空が、端から黒く欠けていく。割れたガラスのような向こうには、何があるのか、
知る術は無い。

それなりに舗装された道を歩きながら、今日の夕飯は何だったかと尋ねる。
そうすれば、かぼちゃの煮物だと答えが返ってきた。
知っている、この声は。ちゃんと名前を呼んでくれる、まだ覚えている。
自分の隣に恋人がいることが、とても嬉しかった。
昨日いなくなった二人の顔も声も、覚えていない。初めからいなかったかのように。
だからこそ、隣で、いつもみたいに笑っている存在が、
とても、とても嬉しかった。

人もだいぶ減った、街で一番大きな屋敷には、まだ灯りがともる。
これで半分。でもまだ減る。明日にはどれくらいいなくなるのか。
どれくらい忘れるのか、街はどれほど無くなるのだろうか?
考えても仕方が無いから、誰もそんなことは口にしなかった。
すっかり気に入ってしまったかぼちゃの煮物を少しずつ口に運びながら、
見つけたささやかな日常を、当たり前のように感受する。
嬉しい、嬉しい。こんなことが、こんなにも。
だからお願いどうかという願いは、けっして届きはしないけど。



今日は、北の森が無くなっていた。子供たちの遊び場だったね、と呟く。
朝起きてリビングに集まれば、今度は三人消えていた。
消えたのが誰なのかは覚えていない。ただ、昨日より人が減っていた。
怖くはない。寂しくもない。
ただ、胸の中に穴が開いたような、そんな錯覚に捕らわれた。



一日、一日。
一人、二人、三人、四人。
森が、林が、川が、湖が、崖が、花が、少しずつ消えていく。
見上げた空はとても綺麗だ。
端の、黒く欠けたところも含めて、ぜんぶ。



いつもの丘で二人で昼寝をした帰り道、西の図書館が無くなっていた。
随分世話になったな、と呟く一人。その手を握り締めて、もう一人は呟く。
後四人。だけど自分達は、街の最後までずっと一緒。
約束したから絶対大丈夫と、力強く笑う。
根拠の無い自信が嬉しくて、壊れてゆく街の中で、
とても幸せそうに微笑む。
だけど街は壊れてゆく。これでもう、残っているのはどこなのだろう?
北の屋敷。東の丘。中央の公園。
さっき、西の図書館が無くなっていたから、
屋敷に辿り着くころには、三人になっているかもしれないね。

残酷だけど、残ってよかったと笑おう。

ずっと好きだよと笑う、いつもの帰り道。

屋敷に帰ると、お帰り、これで後三人だ、といつもの声がした。
金髪を揺らせながら、彼はちょっと寂しそうに笑う。
何だか、大切なものが無くなってしまったみたいだと言って。
忘れてしまったのに、寂しいことだけを覚えている。

壊れていく街。一体どうして? 壊しているのは誰?
そんな疑問は届かない。答えもいらない。


そもそも、
この世界、そのものが、
誰かの作り上げた、理想の世界だったのだから。










   ******


空にひびが入っているよ、と、最初に言ったのはピカチュウだった。
一体何のことだろう、と。見てみたけれど、見えなかった。
それは、いつも空を追いかけていた、ピカチュウだから気づいた変化。
その日の夜、集まってみたら、黒い平面の、あの人がいなかった。

南の川が無くなっていたの、と、異変に気づいたのはピーチだった。
南まではとても遠いので、確認した人は少なかったが、確かに無くなっていた。
そしてようやく気づいた。何かがおかしいこと、終わりが始まっていることに。
次の日の朝、数えてみたら、仲の良い登山家が二人、消えていた。

それから、少しずつ。
街が少しずつ消えていって、空が端から欠けていった。
欠けた場所は黒くなって、まるでここが誰かの作った箱庭のようだと錯覚する。
ガラスのドームでできた、夢いっぱいの箱庭。
そんな幻想に飽きた誰かが、壊しているみたいだね、と。
そんなことは、思いたくはなかったので、
考えるのをやめてしまったが。

自分達の住んでいる世界が壊れている、という事実はわかったけれど、
怖くはなかった。寂しくもない。悲しくもない。
どうすればいいのかもわからない。
ただ、漠然と、終わりが始まったのだと、そんなことばかり考えた。
逃げられないと、知っていたのだ。



それは、とても綺麗な青い空だった。桜の花が、その中を舞う。
東の丘は、マルスのお気に入りの場所だった。そして二人の思い出の場所。
最後に残ったのは、このなだらかな丘と桜の花だけで、
だから二人はここに来ていた。
ロイが、マルスをつかまえた、思い出の、この場所に。

「……すっげーな。……空が、欠けてる」
「うん。……すごいな。……パズルみたいだ」

ひびが入って、そこが少しかけて、ぼろぼろ落ちていく。
そしてその破片で、街が壊れる。
あと少し。……この上の青い空が壊れれば、この街は。
この世界は。

「あー、そうだな。パズルだったらいいのになー。
 そしたらほら、また元に戻せるじゃん?」
「……そうだな。でもそうしたら、また壊れるかもしれないぞ」
「……あ。そっかー……結局そうなんのか、やっぱ。
 ……まあ、考えても仕方ないか。……やめよっと」

なだらかな丘に、マルスは膝を折ってゆったりと座る。
傍らに、赤いハードカバーの本を置いて。
マルスの足の上に頭を乗せて、ロイは大きな欠伸をしていた。
退屈な、春の、桜の花の舞う、この場所で。

この世界には二人だけだ。
なだらかな丘と、桜の花と、赤いハードカバーと、ロイとマルスの二人だけ。
消えた人たちは覚えていない。
だから怖くはない。寂しくもない。悲しくもない。
不可思議な思いだったけど、それは確かに本物だった。

「なあマルスー、……昼飯、どうする?」
「ロイの好きなものでいいよ。何がいい?」
「んー……。……チョコレート?」
「却下。……それじゃ、昼食にならないだろ」
「じゃ、ホットケーキ。それにチョコレートかけて食うから」
「ホットケーキか。……うん、それならいいよ」

膝の上の赤い髪を、子供をあやすように撫でてやりながら、
マルスは小さく溜息をついた。
それを見て、ロイは腕を伸ばす。マルスの青い髪に、指を絡めた。

「何? あんたまさか、まだホットケーキ作れないとか」
「っ……。な、そんなわけないだろ!」
「あーはいはい、かたちがちょっとまるくならないだけだよな」
「……う……。」

図星。
マルスはふい、と顔をそらして、顔を真っ赤にした。
あれから何年も、何年も経っているというのに、
どうして料理がなかなか上手くならないのだろう。

そんな反応を見ながら、ロイはいつものように笑う。

「いーっていーって。俺が作るよ」
「……」

それは、いつもどおりの言葉だった。

ざああ、と風が吹く。しゃらしゃらと歌う丘と桜の花。
それに紛れて、不穏な音が聞こえるのを、二人は確かに知っている。

「……なあ、マルス」
「……何だ?」

終わりの足音。
いつまでも幻想は続かない。
終わりにしなければ、
いつかは。

「いろいろ、あったけど。で、その、今更なんだけど」
「うん」

青い空はとても綺麗だ。でも、目の前の人の方がもっと綺麗だと、ロイは思った。
こんなことになっても、最後まで自分らしく、強いまま。
本当はとても怖かったけど、この人がいたから大丈夫だった。
向こうもそう思ってくれていれば良いと、自惚れ半分で思う。

綺麗な青い空。昨日消えた親友の小さな親友が、いつもずっと追いかけていた。
あれは誰? そしてこの音は? どうしてこうなってしまった?
終わりなんか、くるはずもなかった。終わってしまえば、自分達はどうなるのか。
考えても仕方ないから考えなかったけれど、だけど、やっぱり少し悲しい。

だけど。
降りしきる桜の花が、とても綺麗だ。

ひびわれる、音も。

「俺、マルスのことが好きだよ。
 ずっと傍にいる。
 ずっと、一緒にいるよ。
 マルスが悲しまないように、マルスが泣かないように、
 マルスが苦しまないように、マルスが笑ってるように、
 ……なあ、マルス」

「うん」

綺麗な景色が壊れていくのが、とても悲しかった。
だけど、ずっと一緒にいると約束した人と、ずっと一緒にいることができた。
ここで終わるのならば、これはこれできっと幸せなのだ。
たぶん。

「マルスは?」

世界はどうして、壊れはじめた?
世界はどうして、終わりになる?

考えてもわからない。だからどうでもいい。
ただ、壊れた後の世界に、残ればいいと、思う。
二人が一緒にいたこと。
ずっと。

「マルスは? 幸せだって、思った?」

「うん」

ロイは、ゆっくりと身体を起こす。
白い肌、ほんの少し色づいた頬に指を伸ばして、顔を近づけた。
桜の花の降る、それはなんて綺麗な季節。

「はじめは、大嫌いだったけど、」

最後の空が、欠けて、落ちてくる。
思い出に混ざって。

「ロイがいるから、きっと、笑えるようになった。
 本当に、今更だけど……。……ありがとう、ロイ」

一番好きな、
微笑みにくちづける。

「ロイが好きだよ。
 ずっと、一緒にいたい。……何があっても、終わっても、ずっと」


欠ける空。
真っ暗になる世界。


「好きだよ   



響いたのは、ただ      








いつまでも、いつまでも、いつまでも、変わらない。
あなたを好きだというあたたかい気持ち、
あなたがいたから知ることのできた幸せ、
それを一緒に守ってゆけることの嬉しさ、

破滅した街で、

一緒に、最後まで一緒に、いれたことだけ。



昔、空をべりべり剥がしたら、真っ暗な宇宙が見えるのかと、
そんなことを考えていた時がありました。

こんな世界の終わりはどうでしょう。
個人的にはとってもブラックジョークのつもりで書いてたんですが、
ちょっと路線がずれたような気もします。

最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。


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