「……。……何、これ」

ふと目覚めた時、そこは真っ暗だった。
一体何だろうと、辺りを見回してみて、

「…………………………。」

現実を目にした瞬間   死ぬほど、腹が立った。



   まどろみじかん+



「……ごめんなさい」
「知らない」
「……ごめんなさい、許してください」
「知らないもん」
「……ごめんなさい、許してください、二度としません」
「知らないったら、知らない」

それは、夕飯を食べ終え、ロイとマルスが食器を洗っている頃の出来事だった。
カウンターを挟んだ向こうのリビングで、妙な光景が広がっている。

「……ごめん、ってば……」
「知らない。知らないったら、知らない」

それは。
ソファーの上、自分と同じくらいの大きさのクッションを抱えて、
ひどく不機嫌そうな顔をしているピカチュウと。
罪悪感いっぱいの顔で、ひたすらピカチュウに謝り倒している、
リンクの姿だった。

「……話くらい、聞いてくれよ……」
「知らないもん。
 リンクが、僕のことどう思ってるか、よくわかったもん」
「な、そういうことじゃなくてっ……!」
「別にいいよ。謝らなくて。許す気無いし。
 それに、どうせ、僕にはひとの言葉はわからないもん」
「……え、」
「イキモノじゃないものには、ひとの言葉はわからないもん」
「…………う……。」

言葉に詰まるリンク。ふいっ、と、ほぼ聞く耳も持たずに顔を逸らすピカチュウ。
クッションにふっかりと身体を沈めている様はたいへん可愛らしいが、
言葉はかなりトゲトゲしている。一体、何があったというのだろう。

「ご、ごめんって……! 別に、わざとなわけじゃっ」
「知らない」
「……ごめん、なさい……」
「…………」
「……返事くらいしてくれ……」
「…………」

声が弱弱しくなったら、今度は無言攻撃。
あたふたとするリンクの姿は、とてもじゃないが、
剣においては敵無し、という、勇者の姿には見えなかった。
まあ、普段の彼らしいといえば、とても普段のリンクらしかったが、
そんなことはともあれ。

「なあ、……ごめん、ってば……」
「…………」
「……本当、……反省してます、ごめんなさい……」
「…………」
「……な、なあ、ピカチュウ……その……」
「…………オムライス」
「……は?」

ひたすら無言を突き通していたピカチュウが、突然、ふ、と呟いた。
無言をやめてくれたのはともかく、セリフの意図が全く理解できず、
思わず間の抜けた顔でピカチュウを見るリンク。
そんなリンクの方に目を向けたりはせず、ピカチュウは淡々と続ける。
反撃を。

「チキンライスとケチャップの、オムライス」
「……え?」
「ピンク色のクリームの、いちごのショートケーキ」
「……え、……えっと……」
「焼きりんごと、うさぎりんごと、
 ……いちごのパイと、トマトのサラダと……キャロットスープと……」
「……お、おい、なあ……ピカチュウ?
 それが、どうか……」

「全部作って。」

きっぱり。
はっきり。

その一言が、どれほど凶悪な攻撃なのか、きっと、わかるのは、ごく少数に違いない。

……元々顔色の悪そうだったリンクの顔が、一瞬で青ざめる。

「……え、なっ……!」
「じゃなきゃ、許さない」
「……な、お前、わかって言ってんだろ!」
「知らないもん。僕、今はぬいぐるみだから、ひとの言葉はわからない」
「何、じゃあ、お前本気でっ」
「全部作って。そしたら、許してあげる」
「…………!!」

有無を言わさないピカチュウは、それだけ言うとまた、
クッションにふっかりと身体ごとうずめてしまった。
残されたリンクは、かなりわたわたしている。
顔がちょっと泣きそうになっている気がするが、気のせいにしておいた。

そんな光景を、じっと見て。
マルスは、ふ、と尋ねる。

「……なあ、ロイ」
「ん?」
「……何があったか、知ってるか?」
「え? ああ、あれ?
 うん、知ってる」

洗い物の手は止めず、ロイはひょいひょいと仕事をこなしてゆく。
実際今日の当番はマルスだけのはずで、ロイが勝手に手伝っているのだが、
これではまるでロイがメインで、マルスが手伝いのようだった。

「ぬいぐるみ」
「……え……?」
「今日、リビングで、プリンとかピチューとかが、ぬいぐるみで遊んでたんだよ。
 で、その後、ピカチュウがそれを一箇所に固めて、片づけてたんだけど、
 そのまま昼寝を始めたらしいんだよな。ぬいぐるみの山に混ざって」
「……うん。それで?」
「そしたら、リンクがな」
「…………」
「いつもの世話好き精神で、ぬいぐるみを上のおもちゃ箱に片づけに行ったらしいんだ。
 …………ピカチュウごと。」
「………………。」

一瞬、ぴた、とマルスが手を止めるが。
それは、ほんの一瞬だった。

カウンターの向こうで、リンクは青ざめた顔でピカチュウを見ている。

「ピカチュウが目を覚ましたら、そこは真っ暗で。
 まあ当然だよな、おもちゃ箱だったんだから。
 それに気づいたピカチュウは、とりあえず聞き込みをして。
 で、リンクが、『ああ、ぬいぐるみなら、オレが片づけたけど』、って言った瞬間、
 もう、あんな状態」
「………………そう、だった、のか……」

…………くだらない。

   こっそりと二人はそう思うが、どちらもそんなことは口にしたかった。
ピカチュウにとっては、死活問題だったのだろうから。

「……ところでロイは、どうしてそんなこと、知ってるんだ?」
「ああ、俺? うん、だって、見てたし」
「……見てたのに、言わなかったのか?」
「リンクなら途中で気づくかなーっと思って。駄目だったっぽいけど」
「…………。」

カウンターの向こう、相変わらず不機嫌なピカチュウを見ながら、
マルスは静かに溜息をついた。
まあ、仲の良い二人だからこそ、喧嘩することもあるだろう。
喧嘩する程仲が良い、ということわざもあることだし。

「まあ、あれだよな」
「……?」
「喧嘩する程仲が良い、って言うし。俺達は気にしなくても」
「……そう、だな」

かなり淡々としたロイは、最後の皿を洗い終えて、水を止める。
その隣でマルスは、ちょっぴり驚いた顔でロイを見ながら。


その後、リンクが無事に許しを得ることができたのか、
ピカチュウは無事にぬいぐるみからイキモノに戻ることができたのか、

すべては、また、別のお話だったり。しないことも、ない。


どこが「同じようなネタ」なんだ……。

赤い料理を頑張って思い出そうと思ったんですが、
あんまり思い出しませんでした。

お付き合い下さった方、ありがとうございました。

SmaBro's text INDEX