「マルスー。おーい、マルスー」

現在時刻、午前7時。
部屋に響くのは、目覚ましのアラーム。
そして一人の少年の、どこか飽きたような声だった。



   まどろみじかん



「マルス。マールースー? お〜い、聞こえてるかー?」
「……ん……、」

名前を呼ぶ、肩を揺する、挙句の果てに頬をつねってみる。
しかし時々朝に弱いその人は、さっぱり起きる気配を見せなかった。
ああ、これは完璧に夢の世界だなぁ   と溜息をついて、
ロイはとうとう、マルスが眠っているベッドに腰掛けた。

「ったく。だから夜更かしはやめろーっつってんのに。
 朝も起きれなくなるし、身体に悪いし、美容にも悪いし」

美容うんぬんは確実にロイの都合だろうが、ともあれ言っていることは正論である。

「マルスー。マルス、マ・ル・スー?
 おーい起きろよハニー。朝だぞ〜」
「…………。」

身体に圧し掛かって、精一杯の猫なで声で囁いてみるが、まったく反応は無い。
いつもだったらここで、誰がハニーだ、と怒りながら起きだしてくるはずなのだが。
なんだかそれも悲しい話だが今はどうでもいい。
とにかく今は、マルスを起こすことが最優先なのだ。

目覚ましのアラームは、まだ鳴り続けている。

「マ〜ル〜ス〜。眠いのはわかるけど、あんたが起きないと朝メシ食えねーだろー?
 みんなの為にも起きる! ほら! 眠いなら昼寝してもいいから!!」
「……ん、……やぁ……。」
「…………。……ち、ちょっと色っぽい声出しても駄目だぞ!
 俺はそんなことでほだされないからな! 起きろ、起きろってば!!」

おそらく「嫌だ」と言いたかったらしい声にうっかりどっきりしつつも、
ロイはなんとか耐えながら、起きろと言い続けた。
自分の声に反応した、ということは、頭が起きだしているということだ。
ここで追い討ちをかければ、いける、かもしれない。
たぶん。

「マルスーーー! 起きろーーー!!」
「……んん〜……」
「あんまりそんな声出してると襲うぞ!!」
「…………。」
「…………。……ったく、もう……!!」

ああもう随分信頼されたもんだなと愚痴、兼ノロケをこぼしながら、
ロイは再びマルスの身体に手をかけた。
かなり大げさに揺すってみながら、耳元で大声を上げる。
ようやく半分起きかけたのか、マルスが嫌な顔をした。

「おーーーい、起きろマルスーーー!! あ・さ・だ・ぞーーー!!!」
「…………んー……、」
「朝だからな! 起こすからな! はいっ、ほら、起きた起きた!!」

いい加減面倒になったのか、しびれを切らしたのか飽きたのか。
ロイは勢い良く毛布を奪うと、強引にマルスの腕を引っ張った。
引っ張られた勢いで、マルスの上半身が、眠りながら持ち上がる。
まだうとうとしている瞳が、それでもほんの少し開いたことに、
ロイはちょっぴり安心した。

上半身を起こされたマルスの目の前でにっこりと笑って、
ロイはぱたぱたと手を振る。

「マルスー。おはよう、朝だぞ〜」
「……ろい……?」
「……。……な、何だよそのちょっと子供みたいな声はっ。
 そんな声で呼んでも駄目だぞ! ほら、しっかりし……」

マルスを完全に起こすための声が、途中でぴたり、と止まった。

「……ロイ……、」

瞳をはんぶん開いたマルスが、ふんわりと微笑む。
そして、急に腕を伸ばすと、

「……マ、ルス?」
「ロイ」

マルスはロイの首に両腕を絡ませて、そのままぎゅうーっと抱きついた。
それは、まるで、子供が甘えているような……。

そして、




「ロイ。……僕、ロイが好き。
 大好き」




「…………………………………………。」



なんだか、
なにやら、
とてつもなく、
とんでもないものを、


……聞かされた……ような。


「…………………………へっ……!!?」


ぎゅうーっと、なんだかとても嬉しそうな顔で抱きついてくるマルス。
ついで、さっきの発言。
とっさにマルスの身体を引き剥がすことなど、当然できるはずもないわけで。
ロイの手はマルスの背中の辺りを、うろうろとさまよっている。

「……え、あの、……え、ええええっ!!?」

自分の顔が、ありえないくらい赤くなるのが、自分でわかる。
何の悪い冗談だろう。まさか夢の中にいるのは自分の方なのだろうか。
でなければ、マルスがこんなことを言うはずがない。
しかも、こんなに嬉しそうに。

「ちょ、おい、……え、まさか俺、寝てんのか!?
 まあそれなら……って、そんなわけねーだろ!!」

既に一人で勝手にノリツッコミをしているが、
今のロイには、なりふり構っていられる余裕は無かった。

「マ、マルス!! 起きろ、あんた何かやばいぞ!!
 自分で認めるのもアレだけど今のあんたは変だ!!
 寝ぼけてるんだろ!? 寝ぼけてるんだよなっ!?
 起きろ、起きろって!! 朝だぞだからほらーッ!!」
「……ん……、…………?」

背中をばしばし叩いて、肩をがっくんがっくん揺さぶって、
半分それは暴力じゃないのか的起こし方をするロイ。
肩を揺さぶる勢いで、マルスの首が前後に揺れる。何だか怖い。
が、その甲斐あってか、マルスはようやく目をぱっちりと覚ました。
藍の瞳がぽっかりと開かれ、ゆっくりと瞬きをした後、
じーっとロイを見つめている。
そのロイは、マルスの目の前で、ぜえはあと肩で息をしていた。

「……ロイ?」
「……よ……よーっっっやく、起き……たか……」
「……おはよう。まさか、起こしにきてくれてたのか?」
「……ああ、そーだよ……。……おはよう……。」
「…………??」

今度はちゃんと起きているマルスの声は、いつも通りに穏やかだった。
さっきまでのように、ぼけぼけもしていないし、子供みたいでもない。
   どうやら本当に、さっきまでは寝ぼけていたらしい。
ずいぶん大した寝ぼけ方である。
……しかも。

「……ロイ、どうしたんだ?」
「……何が」
「何だか疲れてるみたいだし、……顔、赤いから」
「…………。」

不思議そうに首を傾げるマルスは、
自分が寝ぼけていたことなんかは、まったく覚えていないらしい。
つまりは、半分、夢の中。
なんだかリンクみたいな気持ちになって、ロイははあああぁっ、と溜息をついた。

一人で疲れたり赤くなったり溜息をついているロイを見ながら、
マルスはふと、何か思いついたような顔をする。

「……ロイ、あの、もしかして僕、何か言ってたのか?」
「……ああ? 何がだよ」
「いや……何だかさっきまで、夢を見ていたから……。
 ……もしかして、変な寝言言ってないかな、と思って……。
 ……その、夢の、中に……、」

尋ねたマルスは、何だかちょっと言いにくそうで。
やがて、かなり気の進まない様子で、ぽつりと言う。

「……夢の中に、お前が出てた……みたい、だから……。」
「………………。」

ちょっぴり頬を赤く染めながら、そんなことを言われた日には。
……ああ、俺って信頼されてんなー、と、ロイはやっぱり悲しくなった。

「……別に、なーーーんも言ってねーよ」
「……本当か? 何だか、そのわりには、口調が」
「べぇつぅにいぃー? 本当、何っっっも言ってねぇ。
 いつもどーり、時々寝起き悪いマルスを俺が起こしてたって、それだけ。
 結構いろいろ言ったのに、マルス全っ然起きなくてさー」
「……ご、ごめん……。」

小さな声でこそこそと謝るマルスの額をぺしっと叩いて、
いいからさっさと着替えろよ、とロイは言う。
じゃあ着替えるから出て行け、ときっぱり言ったマルスを冷たいと非難してみたが、
その後マルスの蹴りが飛んでくるのを警戒して、
ロイはマルスの部屋を素早く出て行った。

「じゃあ、急げよー。みんな待ちくたびれてるぞー」
「ああ、わかった。すぐ行くから」

ひら、と右手を振って、ロイはマルスの部屋の扉を閉める。
廊下の向こう、階段の下から、子供達が騒ぐ声を聞きながら、
ロイは天井に目をやった。

「……夢の中、か。
 ……それにしても、いきなりアレかよ、ったく……。」

一体、どんな夢を見ていたのか知らないが。
なんとまあ、随分と羨ましい夢である。
夢の中ではマルスはいつも、あんなふうにふわふわしていて、
素直に気持ちを言葉にするのだろうか。
いつも、ロイが望んでみても、
けっしてそうしてくれはしないのに。

自分の顔が赤いのが、まだわかる。
軽口を叩いてはいたけれど。

「………………。
 ……不意打ちだ、反則だ、ひでー、ずるい、あんまりだ……」

ついでに、口元がうっかり緩んでにやけているのも、わかるのだが。

「……あーくそ、……すっげー嬉しい……」

それがたとえ夢の中でも、だ。
マルスが、寝言だろーが寝ぼけだろーが、
あんなことを言うとは思ってなかった。

これくらい、許してほしい。
愛しい愛しい恋人に、とっても素適な愛の告白、……なーんてものを、
もらってしまった日には。








「……なあロイ、何かあったのか?」
「んー? 何がだー?」
「……いや……何か……。……さっきから、にやけてるから……」
「気のせい気のせい」
「気のせいじゃない……」

朝食の時間。
いろんな人からこんなふうな総ツッコミを喰らったが、
ロイはまったく気にしなかった。

ただ、周囲の視線が向かった先は、暗黙の了解的に、マルスであり。

視線に気づいたマルスは、冷たいココアを飲みながら、
不思議そうに、こくん、と小首を傾げた。


100題の「だらだら」強化版。
……とかいうわけではなく、書いてみたら以前既に書いていたという状況です。
いい加減ネタが尽きてきたのか、私がこのパターンが好きなだけなのか。
できれば後者が良いですね。だけどどっちもという気もします。

同じようなネタをリンピカでも考えてるのですが、
それはまた近いうちに出せればいいなと思ってます。

お付き合い下さった方、ありがとうございました。

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