* 少年の夢 *

「なあマルス、ベッドに乗ってさー、足伸ばして座ってくれないか?」
「………………は?」

午後二時を回ったころ、ロイはいつものようにマルスの部屋に乗り込み、
さらりと一言、こう言った。
部屋に乗り込まれるまではいつものことだったが、
言われた台詞の内容に関しては、マルスは首を傾げるしか無い。

読んでいた本を広げた格好のまま、マルスは怪訝そうにロイを見た。
ロイはにこにこと笑ったまま、人差し指を立てて、更に続ける。

「まあまあ、いいからいいから。大丈夫、変なコトはしないし」
「…………。……何か、する気なのか?」
「だから、変なコトじゃねーって。な〜?」
「…………。……別に、いいけど……」

マルスはまだその目から、怪訝の色を消しはしなかったが、
それでも一応、頷いた。
本に栞を挟んで椅子から立ち上がり、それを枕元に置いてから、
言われたとおりに、ベッドに乗り上がる。
足を伸ばして座るのは行儀が悪いと思いながらも、
ロイが望む姿勢を取り、マルスはロイを見上げた。
見上げた先で、ロイはやはり、嬉しそうに笑っている。

「うん、それでオッケー。それじゃ、」
「え……、」

ロイは、ベッドの側に寄った。うきうきとしながら、マルスに両腕を伸ばす。
右腕が両肩に回され、左腕が、膝の下に通されたところで   

   ッ、な、さわるなっっ!!」
「だっっ!!」

ロイの顎に、マルスの肘鉄が炸裂した。
がこっ!! と、なんだか不吉な音の後で、ロイは後ろによろめく。
その勢いで、肩と膝の下に回った腕は離れた。
なんとかロイがバランスを取り、体勢を立て直したところで、
マルスは追撃体勢に入った。……言葉での。

「いきなり、何するんだ!!」
「ってーな、まだ何もやってねーだろー!?」
「してただろっ!!」
「ちょっとさわっただけだろーが!
 いいだろ別に、恋人の念願ひとつくらい叶えてくれても!」
「誰が恋人だ、誰が…… ……、……念願?」

肘鉄が余程上手く入ったのだろう、ちょっぴり涙目になっているロイ。
の、反論の中に、『念願』、という単語を聞いたような気がして、
マルスは疑問を、その顔に浮かばせた。
何だよさわるくらい今更だろー、とぶちぶち文句を言いながら、
ロイはびしっ、とマルスを指差して、

「お姫さま抱っこ」
「……おひめさまだっこ?」

きっぱりと一言、言った。
一瞬ですべてを理解できず、更に首を傾げるマルス。
ああそんなところもかわいいなあ、と半ば盲目的に惚れ惚れしながら、
ロイはにこにこ笑って続けた。

「そ、お姫さま抱っこ。俺さー、昔から夢だったんだよなー。
 かわいい恋人を、こー、横抱きにひょいっ! とさ!!
 で、その人に、こう、ぎゅって抱きついてもらうんだよ! ロマンだなあ」
「…………。」

ぐっ! とコブシを握って力説されても、マルスは何の感慨も抱かない。

「…………一応訊いてやる。それで?」
「だから、マルスをお姫さま抱っこしたいなぁ、と」
「……ッ、ふざけるな!! 何で僕が……!!
 そんなの、女の子に協力してもらえばいいだろ!」
「マルスじゃねーと、意味無ぇだろ!!
 そこらへんの女の子抱き上げても、嬉しくもなんともねーよ!!」
「だからって、何で僕がっ」
「俺があんたを特別に好きだからだよ! 悪いか!!」
「……ッ……。」

真正面からそんなことを言われて、マルスは思わず反論に詰まってしまう。
……こういうことは、普段から言われているような気がするが、
こんなふうに言ってくると、またちょっと捉え方も異なる、ような気がして。
うっかり頬を赤く染めて、ふい、と視線をそらしてしまったマルスの肩に、
ロイは再び腕を回してきた。

「!! ちょ、ロイ、バカ、やめろって……!」
「何だよー、いいだろ別に! 一度やってみてぇんだよっ」
「よせ!! 絶対、落とすから!!」
「あ、何だよ信用ねぇなあ!! 落とさねーよ、心配しなくても!!」
「信用とか、そういう問題じゃなくて……っ!!」

やたらと騒ぐマルスを無理矢理押さえつけて、今度こそ、膝の裏に腕を回す。
後は、このままどさくさに紛れて抱き上げてしまえば、
曰く念願らしい、お姫さま抱っこ、の完成だ。

「あーもう、いいから! せーのっ、」
「…………ッ!!」

腕に力を込めて、華奢な身体を抱き上げる。ふわりと浮く、足。
瞬間、マルスが、硬く目を閉じたのが見えた。
何もそこまで嫌がらなくても、と、ちょっと複雑に思ったが、
その思いは、次の瞬間、ぷつり、と途切れた。

「え、
 ……っ、おわっ!?」
   っ!!」

ぐら、と、ロイの身体が、マルスを心持ち抱き上げたまま前に傾いた。
思わず、回した手に力を込める。けっして、落とさないように。
幸いというのか、災いというのか。
ロイはそのまま、目の前のベッドに、豪快に倒れ込む。
マルスを、下敷きにして。

「…………っ……てぇっ……、」
「……〜〜〜ッ、だから、言っただろっ……!」

ロイの下で適当に暴れて、マルスは上半身を起こした。
怒りを、その顔に滲み出させて。
ロイはマルスの胸の辺りに倒れたまま、腕の痛みを訴えていた。

「ほら見ろ、やっぱり落としたじゃないか!」
「な、……わ、悪かったよ! ちょっとバランスが崩れてっ」
「バランスの問題じゃない! ……説明してやる、あのな……!」

ベッドに腕をついて、ようやく身体を起こしたロイに、
マルスはかなり怒っているらしい、まくし立てるように続ける。

「前、誰かから聞いた話だけど、誰かを抱き上げるのには、体格がいるんだ。
 身長とか、体重とか。もっと、いろいろなこともあるけど……、
 ……お前は僕より小さいし、念のため言っておくけど、まだ体重は、
 僕の方が重いんだからな!!」
「なんだよ、10キロも違うわけじゃねーだろ!!
 っつーか、小さいって言うな!! 悪かったなー!!」
「だから、お前が僕を抱き上げるなら、エリウッドさん……まではいかなくても、
 少なくとも、リンクくらい背が高くなくちゃ、落とすに決まってるだろ!」
「あのバカ親父を例えに出すなーーーッッ!!!
 小さい、って言うなあああぁぁぁっっ!!」

顔をつき合わせて、怒鳴りあう二人。……いつもの喧嘩である。
背が低い、と言われたことが相当こたえたのだろうか、
ロイは仕舞いには、マルスにいわゆる逆切れをし始める。
更にそれをマルスが怒ったり、と、
止めるひとのいない喧嘩が、終わることはない。
あるいはただの、バカップルのいちゃつきとも言うが。

「……っとにかく、」

ふい、と、マルスは、顔を逸らす。
不機嫌を、隠すこともせずに。

「お前には、早い。……二度とやろうとするな、バカ!!」
「悪かったなー!! どーーーっせ、バカだよ俺は!!
 ……あのな、言っとくけど、俺、諦めてないからなっ」

悪いのは一方的にロイのはず、なのに、ロイはやたらと偉そうだった。

「見てろよ!!
 俺はそのうち、絶対、あんたより背も高くなる。
 そしたら、」

少年らしい、真っ直ぐな瞳は、
たった一人、守りたいその人を見据えて。

「……マルスをお姫さま抱っこして、それで。
 どこへなりとも、つれてってやるんだからな!!」

マルスにとっては実にくだらない、ロイにとってはとても重要である『念願』が、
達成される日は、まだ、遠い。

とってもいつもの日常な感じ。騒がしい話です。
こういうくだらないの書いてると、
ああ、ロイマル書いてるなあ、と思う自分の感性を疑問に思いたいです。

読んでくださった方、ありがとうございました。


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