c o l o r s
「…………」
庭の隅には、四角い花壇がある。そこは普段は、ほとんど一人が、世話をしていた。
雨上がりの冷たい朝、その花壇の前に、ダークリンクは、立っていた。
花壇には、何か、ダークリンクの知らない、植物が並んでいる。
昨日の雨のしずくが落ちた方に、目を向ける。
深い黄緑の大きな葉に、茎に、赤やピンク、淡いオレンジ色のつぼみ。
葉や茎はすべて同じ形をしていたが、つぼみの色だけが違う花。
ダークリンクは、首を傾げた。
「……ダーク?」
「……、」
そんなダークリンクにかけられた、声。ダークリンクは、振り向く。
そこにいたのは、寝間着に薄いカーディガンを肩にかけた、マルスだった。
「……王子?」
「おはよう。……どうしたんだ? こんな、朝早くに」
「それは、……お前もそうだろう」
「ああ……。……僕は、花壇を見にきたんだ」
昨日の雨で、水をあげる必要はないけど。そう言って、マルスは笑う。
そんなマルスの横顔を、ダークリンクは見下ろした。
冷たい、朝。吐く息は白くなって、消えていく。
水に溶かしたような薄い青は、高いところで、朝の始まりを告げていた。
抜けるような、冷たい、空色。
「……そんな薄着では、身体を悪くするんじゃないのか?」
「え?」
マルスの横顔を見ていた、ダークリンクが、ぽつり、と呟いた。
目をまるくして見上げると、困惑気味に、ダークリンクは視線を寄越している。
どうやら、自分でも、何でこんなことを言ったのかが、わからないらしい。
「……いや……、」
「……? ……僕は、大丈夫だよ。寒いのは平気だから……、
……お前だって、僕とそう変わらないだろ」
そっちも、充分、寒そうだけど。
緑色の青年と同じ形の、色だけが黒い服を見ながら、マルスは苦笑した。
何だか、居心地が悪い。もとより、ダークリンクは、マルスが何故か、苦手だったから。
正体のわからないもどかしさを、胸の中から打ち消すように、
ダークリンクは、視線を花壇の花、正確には、花一歩手前のつぼみ、に戻した。
「……この花は……、」
「?」
「……形は同じなのに、色が違うのか?」
「え? ……うん。……そうだけど、」
「……色が違うのに、同じ花なのか?」
「ああ。そうだよ」
「……」
色が違うのに、同じ、花。
同じかたち。……色だけが、違う。
何かを思い出して、ダークリンクは軽く首を振った。
考えれば、余計な面倒が起きる、と言い聞かせて。
知らない間に、溜息をついていた。白く残って、消える。
その、隣で。
「でも、どれも、綺麗だから。……僕は、好きだよ」
「…………」
マルスは。
自然に、ただ、こう、言った。
ふわりと微笑む、マルスの横顔。ダークリンクは、目を見開いて、見つめている。
理解できない、知らない、感情が、いっぱいある。
けど。
「…………」
「……。……? ……ダーク、……どうしたんだ?」
自分を真っ直ぐに見つめたまま、何も言わないダークリンクを不思議に思い、
マルスは、首を少しだけ傾けて、ダークリンクに尋ねた。
赤い瞳は水のように揺れて、心の迷いを、相手にわからせてしまう。
……相手が、わからないふりをすると、知っていて。
「…………」
知っている。
きっと、こういうところが。同じでも、花を綺麗だという、彼の心。
「……マルス……、」
自分が生まれた理由の、ひとつだ。
おそらくは。
「……? ……ダーク……?」
「……いや……、……何でも、ない……」
ふいに、覚えられないはずの名前を呼んだ唇に、ダークリンクはそっと指を寄せた。
この、気持ちの名前は、一体何と言うんだろう。
これはきっと、自分のものではない、……太陽の下の、時の勇者の気持ちだ。
心を共有している、自分だからわかる。
どうにもならない、この、穏やかなのに、不安定な感情は。
とてもじゃないけれど、本人に、尋ねるわけには、いかなかった。
「…………」
「……? ……何でもないのなら、それで、いいけど……」
迷っているダークリンクに、複雑そうに微笑み、マルスは言う。
とりあえず、これ以上突っ込まれることはなさそうだと、
ダークリンクは、ほっと胸を撫で下ろした。
そして再び、花壇に、視線を向ける。どんな花が、咲くんだろう。
さして花には興味が無いが、今だけ何故か、そう思って。
マルスに、視線を向ける。微笑みを、花に向ける、横顔。
ダークリンクの視線を受けて、マルスはふ、と、言った。
「この花、なら。もう、後三日もすれば、咲くと思う」
「…………。」
にっこりと、子供のように笑う。
そんな顔から、マルスが、この花を大切に思う気持ちが、少しだけわかった。
……ような、気がした。
朝。
なんとなく目が覚めてしまい、なんとなくここへはやってきたのだけれど。
ダークリンクの中に、少しだけ、何かの気持ちが、芽生え始めた。
それだけでも、無駄ではなかったと思おう。
けっして口元に、微笑みなんか、浮かびはしなかったけれど。
どこか穏やかな顔で、ダークリンクはずっと、花の子供たちを見ていた。
日記掲載物でした、結構気に入っていたので倉庫より救済。
少しずつでもダークさんが、人間らしくなると良い。と思います。
喜ぶのはガノンさんです(親心)。
読んで下さった方、ありがとうございました。