ほころび



「ロイ」
「ん?」

ロイの部屋のベッドに、二人は、背中合わせで座っていた。
ロイは剣の手入れを、マルスは何故か編み物の特訓だか練習だかをして。
ふと、マルスに呼ばれたロイは、反射的に顔を上げる。
不思議そうな顔で振り向き、肩越しに、マルスをじっと見つめた。

「呼んだ? どうしたんだ?」
「……うん、……その……、」

ロイを呼んでおいて、マルスは、こっちを向こうとしない。
やや訝りつつも、ロイは次の言葉を待つ。
マルスは、毛糸を編んでいた手をぴた、と止めると、一息ついた。
それでもやはり、こっちは向かない。

「……前、向いてて、いいから」
「は?」

ぎこちなく紡がれた要求は、「こっちを見るな」、という内容で。
ますます不思議に思う。何なんだろう、一体。
マルスの行動パターンを、ロイは大体理解しているつもりだが、
それでも彼は時々、思いもよらない行動をとることがある。

部屋が、静かになる。

「……あのな、ロイ」
「? うん」

やがて。
マルスが、静かに、話し始めた。いつもどおりの、やわらかな声で。

「……僕は、お前のことが、あんまり好きじゃなかったんだ」
「……。
 ……は?」

思わず、マルスの方を振り返るロイ。
それを察したのか、マルスは、いいから前を向いてろ、と言った。

「……いつも無駄に明るくて、人につきまとったりして、」
「……」
「嫌い、とまでいかなくても、うっとうしい、くらいは思ってた。
 けど、」

ふ、と。

「……僕はお前の、そういうところに、助けられたんだろうなって。
 ……今は、思ってるんだ」

ロイの背中が、急に、重くなる。
知ってる。
これはたぶん、マルスがロイに、寄りかかってきた、重さ。
マルスが、ロイに甘えたいときに、必ずやってくる。
本人は、無意識なのかもしれないけれど。

「……そういうところ?」
「うん。
 ……ロイはいつも、僕を、好きだって言ってくれるから」

マルスは。
出会ったころ、人を好きになりたくないような、そんな顔をしていた。
ロイはただ、そんなマルスを、悲しいな、と思って。
初めは、それだけだった。

「……傍にいるって、言ってくれるから、」

いつから、
好きだったのか、わからないけど。

「……だから、」
「うん」
「……ありがとう。ロイ」
「……」

ロイの背中に寄りかかったままのマルス。ロイは、何も言わない。

「……ロイのことが、好きだよ」
「……」

それは。
とても独りよがりの、告白でもあるような気がした。
ロイは、マルスを助けようと思って、そんなことを言っていたわけではなくて、
ただ、自分の言いたいことを、きっぱりと言っていただけだ。
それをどう取ろうと、人の勝手だけれど。

それでも。
自分の言葉が、マルスの心を、少しでも満たしていたのだということ。
マルスが自分を、好きだと言ってくれることが。

嬉しいのは、仕方が無いと思う。

「……、」

マルスの重みを背中に受けたまま。
ロイの顔が、嬉しそうにほころぶ。
幸せそのものの顔で。

暖かい部屋。
部屋はまた、前みたいに静かになったけれど、確かに何かが変わったこと。

マルスはそれ以上、もう、何も言わなかった。




以前日記に書き下ろしたものでしたが、なんと感想をいただいてしまったので載せてみました。
というわけなので、素敵なお言葉を下さった某様にこっそりと捧げますv

読んでいただいた方、ありがとうございました。

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