夕焼けの空を見ていると、何かを思い出す。
幼心にまぶしかった茜色、旅立った、初めての夜のこと、出会った人達。
絶望に泣きそうになった日、
ささやかな願いごとが、半ばのかたちでも叶った夕暮れ。
昔より、少し大人になった今は、夕焼けはただの夕焼けで、
そこだけは今も変わらないけど、何かを思い出すけど。
* * 帰り道
「……ルス、マルス? おーい」
「……っ」
ふいに投げかけられた呼び声に驚いて、マルスは一瞬、竦んだ。
「どうしたんだ? 何か、頭の中吹っ飛んでたみたいだけど」
「……。……いや……、」
視線を少し下に向けると、そこにはいつものとおり、ロイがいた。
目の前でひらひらと手をふって、不思議そうに覗き込んでくる。
「何でも、ない」
「ふーん? ……なら別にいいけど」
ぎこちなく微笑むと、ロイはあっさりと、引いた。
屋敷の方角に足を向けて、うーんっ、と大きく伸びる。
一面の夕焼けより、少しだけ色褪せた赤い髪が揺れるのを、
マルスは後ろから、じっと見つめた。
腕に抱えた紙袋が、かさ、と音をたてる。
鳥が影になって、空を真っ直ぐに、横切って飛んでいく。
不思議だとは思う。
ロイが、自分を呼んで、覗き込むのが、いつものとおりだと思ったこと。
きっかけが無ければきっと、出会うこともなかったろうに、
あの、自分とは違う“世界”の人間である、少年には。
……出会うこともなかった、というのは、ロイには限らず、なのだが。
「……マルスー?」
「え、……あ、ああ」
それでも。
……これはまだ、上手く自分で考えをまとめられていないことだけれど。
「本当に、大丈夫か? 何か、さっきからボーッとして。
……気になることでも、ある?」
「何でもないよ。……ごめん」
さすがに今度は納得がいかないらしく、ロイはしばらく、
マルスの顔をじっと見ていた。
気になることがない、というのは、嘘で、
気になることは、今まさに、自分の目の前にいる、ロイのこと。
そんなこと、正直に言えば、無駄にロイを喜ばせるだけで、
それはなんとなく癪だから、絶対言わないけど。
ずるい方法だとわかっていながら、もう一度、微笑んで見せた。
……何故かは知らないが、ロイは、自分が微笑むと、すぐ引く。
そのとおりにロイは、自分の笑顔を見ると、また、すぐに引いた。
あんたが良いなら、いいけどな、と言って。
マルスの腕の中の紙袋から覗く、赤いりんごを一つかすめていく。
「……」
そんな、何気ない動作は、何かを思い出す。
空いっぱいに広がる、茜色と一緒に。
それは、自分の心の傷に触れる思い出で、
胸に、痛みをにじませる、そんなやわらかな思いに似ていた。
こんなにも、明るいものを見て、
どうして、胸に痛みが広がっていくのか。
身体の中に流れているのも、確かに赤い色をして、
それでもその色とは違った赤い色で。
自分の身に起こったいろんなことで、赤い色は嫌いで、
それでも今はもう、そんなに嫌いではないが。
前にもそんなことを言った気がする。
確か、ロイに訊かれて。
夕焼けの空を見ていると、何かを思い出す。
自分の“世界”の思い出と、こちらの世界の思い出の、どちらも。
「……あ、なあ、マルス」
「……? 何だ?」
どちらの世界にいたときも、心のかたすみに残った大切な思い出には、
必ず傍に、大切な人がいた。
未来を約束して、一緒に歩いて、どんな話をしたんだったか。
それは、何気ない会話で、
後になってから、そんな何気ない時間が、一番大切な時間になって、
そして今、思い出となって、胸に痛みを広げている。
別に、悲しい思い出というわけでも、つらい思い出というわけでもないのに、
どうして思い出すときは、少しだけ、痛いのだろう。
当人が、傍に、いないからだろうか。
だから、少し、悲しくなるのだとしたら。
今、一番、傍にいるんだと本人が言っている、あの少年も。
彼が、うるさいくらい口にする、あの言葉も。
何気ない、こんな時間も。
嬉しくても、悲しくても、楽しくても、つらくても、
全部が同じになってしまう日が、多分、来るのだろう。
またこんな風に、きっと、何かを思い出す。
夕焼けの空を見て、おぼろげに、誰かのことを思って。
少し、ほんの少しだけ、寂しい思いをするのだろう。
思い出というのはそういうもので、
人の想いというのはそういうものなのだと、
誰かが言っていた。
「今日の夕飯。何?」
かじりかけのりんごを持って、にっこりと笑う。
茜色の夕焼けがよく似合うと思う。
今はまだ、少しも、寂しさなんて感じない。
優しい痛みに似てる。
夕焼けの空の下で、ふ、と微笑む。
「……ロイが食べたいものでいいよ。何がいい?」
「え? ……んっと。じゃあ……、」
子供らしく、屈託無く笑う、その顔も。
迷いの無い、優しい言葉も、その声も。
いつかすべてが、夕焼けの空にとけて、なくなってしまうその日まで。
思い出して、少し悲しくなるほどに、大切になるように。
「……あ! プリンが食べたい!」
「そうじゃないだろ。……バカ」
言葉の端に、気持ちがにじむ。
「俺も手伝うからー。なー、いいだろー?」
「僕が訊いたのは、デザートのことじゃなくて……!」
指の先を、少し大きな手にとられて、
前みたいに、振りほどいたり、逃げ出したりはしない。
それは、祈りの姿に似ていたかもしれない。
大切な君へ。
大好きな笑顔に引かれて、
帰り道をずっと行く。
マルスが素直すぎておかしいです……(笑)
相変わらず、一人がぐだぐだと考えている話しか書けませんが、
今はまだいいかな。
最近はどうも、思い出とか記憶とかそういうものが好きらしいです。