声のない場所



「……今年の風邪は、喉に来るんだ、って言われてもなぁ……。」

日が真上に昇りかけたころ。

マルスのベッドに腰掛けて、リンクは軽く溜息をつく。
起こした上半身を柵にあずけ、リンクを見ている、彼に。
正午も近いというのに、未だ寝間着を着てベッドにいるマルスは、
そんなリンクの言葉を聞くと、小さな苦笑で返事をした。

「……頭痛、もうしないか?」
「……、」

さら、と流れる前髪をかき上げ、リンクはマルスの額に、そっと手を寄せる。
いつもは少しひんやりとした肌が、まだほのかに熱い気がして、
リンクはあまり、いい顔をしなかった。
額から頬に寄せられた手をそっと取り、マルスはリンクに、微笑みかける。

「……、」
「……声が出ない、っていうのも、大変だなぁ」

それだけは冷たいままの、青い髪を撫でてやりながら、
リンクは苦笑した。

今のマルスは、風邪の影響で、声が出せない状態にあった。

出せないことはないのだろうが、喋れば喋る程治りは遅くなるということで、
ドクターマリオに、喋ることを制限されている。
元々寡黙な方であったマルスなのだから、大して困らないかな、とも思っていたが、
思っていたより言葉というのは大切なものだったらしい。
寡黙であるということはつまり、
その一言一言が常に必要最低限の言葉だということで。

意思の疎通が上手くいかなくて、少々困っているところである。

こんな時に、例えば話し上手であれば、こんな風に困ることもないのだろうが、
あいにくリンクは、話すのがかなり下手だった。
マルスからそっと手を離して、腕を自分の後ろについ立てる。
白いカーテンの隙間から見える空の色は、薄い。

「…………」
「…………」

リンクがボーッと空を眺めている傍で、マルスもまた、
目線を下に向けて、何かを見つめていた。
もしかしたら、毛布の柄とかをじっと追っているのかもしれない。

お互い、何気なく相手の様子をそっと覗いては、
視線が合うとまた、顔を逸らしてしまう。

「…………。」

気まずい。

「……あの、さ。……マルス、」
「……?」

笑顔を作って、リンクはマルスに、言う。
不思議そうに首を傾げたマルスに、少し罪悪感を覚えた。

「……えっと、……やっぱりお前病人だから、……寝てた方が、……いい、よな」
「……」
「……また、……昼飯持って、くるから」
「……、」

そう、静かに言って微笑んだリンクに、マルスは何か言いたげだった。
が、声は出ないし、
大したことでもなかったのか、すぐに俯き、微笑んで、頷く。

そんなマルスの行動に、少し胸が痛む思いがしたが、
それでもやはり彼は病人だから、寝てた方がいいに違いなかった。

部屋に人がいれば、落ち着いて寝れはしないだろう。
リンクが、ベッドから、立ち上がる。

「何か、欲しいものあるか? 水とか、氷とか」
「……」

リンクを見上げ、一瞬だけ瞳を揺らした後で、
マルスは、静かに首を振った。

「……そっか。……じゃあ、な」
「……」

にっこり笑って、髪を撫でてやる。
ひら、と手を振って、リンクはマルスに、背中を向けた。

リンクの背中が見えた瞬間、
マルスが毛布をぎゅっと掴んで、リンクに何か、訴えようとする。
声が出なくて、リンクの背中は、ゆっくりと遠ざかっていく。
物音もしないのに、彼が振り向いてくれるはずは、なかった。
マルスの瞳が揺れる。

声は出ないけど、
伝えたいのは、

言いたいのは、

「……っ、」

望みは、
こうじゃなくて。



「…………リ、……ン、クッ……」



「……え?」



あまり聞き慣れない、ひどく掠れた、微かな声を、リンクはその耳で聞き取った。
思わず立ち止まり、振り向くと、

「……っ」
「! ……お、おいっ……、マルス!?」

マルスが喉を押さえて、苦しそうに咳き込んでいた。
慌てて引き返す。
大分乱暴にベッドに腰掛け、マルスの背中を擦ってやった。

「ご、ごめん……。……大丈夫か?」

別に自分が悪いわけじゃないのに、何故か謝るリンク。

「……、」

そんなリンクを見上げ、マルスは、ふっと目を閉じた。
背中に回されたリンクの腕と、その先の肩とに、身体を預ける。

「……え、」
「……、」

マルスの、頼り無げな手が、
   自分の服を、掴んでいるのに気づいて。

「……〜〜〜〜〜っ……!?」
「……」

少しも慣れないそんな行為に、顔を真っ赤にさせてうろたえるリンクを、
ようやく咳のおさまってきたマルスが、目を開けてじっと見上げた。

瞳が何か、声の代わりに、言っていた。

「……」
「……」
「……。……マル、ス」

マルスを支えていない方の手で、そっと頬に触れる。

「……あの、……間違ってたらごめん……。……自信、ない……んだけど、」

まだ少し熱いその頬に、包むように重ねた。

「……ここに、……いても、いい……のか?」
「……」

その手を取って、

マルスが、微笑んで、頷く。

「……っ……」


あまりにも予想外な要求に、どうしても顔が赤くなる。
マルスはそんなリンクの様子を見て、不思議そうな顔をしているが。

やがてマルスが、リンクに支えられていた身体を、ゆっくりと起こす。
そのままベッドに横になると、静かに目を閉じた。

「……。」

少し驚いた顔をした後で、
少し、情けなく微笑んで、
その肩に毛布をかけてやる。

「……おやすみ。」
「……、」

額にそっと唇を落として、リンクは幸せそうに、
マルスが寝つくのを、見守っていた。




トップのアンケートで何故か票を集めていたリンク兄さんを、
とりあえず幸せに浸らせてみました。
ロイマルは、ロイが余裕があると萌えますが、
リンマルは、リンクに余裕がないといい感じです。悩め青年。
しかしあれです、うちのマルスは、リンク相手だと幼くなりがちです……。
無防備すぎるともいうとかどうとか……。

おそらく初めての相思相愛リンマルでしたが、いかがでしたでしょうか。

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