ひとつめ。
今はもう、夢に見なくなったこと。
ふたつめ。
誰かが怪我をして血が流れてても、驚きはしても、慌てなくなったこと。
みっつめ。
自分が怪我をして血を流したって、驚きも、慌てもしなくなった、こと。

なのにそれでも、
未だに、赤い色は大嫌いだ。


    ** DEAD or KILL *****

赤い色は、大嫌いだ。

だから未だにあの少年とはうまく話せないし、どうしても避けてしまいそうになる。
自分の何が気に入ったのか、自分の側にいたがる少年。
太陽の光の下によく似合う、活発な色の肌。
決して偽らない、真っ直ぐな眼は、碧の色。
そしてその髪は、燃えるような   血のような、赤い色。

それは「赤」というよりは「赤茶」だが、彼には充分、「赤」に見えた。

自分が死なないために殺した、叫び声が脳裏に焼きついている。


「……嫌いなんだ、僕は」
「……でも、俺は好きだよ」
「……その色は、嫌いなんだ」
「……あんたが、好きだよ」

赤い少年が、青い青年と対峙する。
赤い少年は手を伸ばすと、青年の髪に、無遠慮に指を絡めた。
どうしても距離が近くなる。
目の前に、赤い色が広がる。
青年は、びく、と身体を強張らせ、反射的に少年を突き飛ばした。
少年は素早く受身をとると、青年をにらみつけた。

それは、一瞬の攻防。
やられるか、やるか。

青年の足を払い、身体のバランスを崩したところで、その身体を抱きとめる。
青年が驚いて顔を上げたころには、目線の高さはすっかり入れ替わっていた。
立ったままの少年と、向かい合わせになるように、膝立ちになっている青年。
少年は困惑したままの青年の顔を捕らえると、
顔を近づけ、強引に、唇を重ね合わせた。その勢いで、彼の口内に侵入する。

「……!! んッ……、……ふ……、……っ……!!」

青年が少年の腕に、爪を立てる。
精一杯の力を込めて手を下におろすと、少年の腕から、すぅ、と血が流れた。
口内に響くくぐもった水音と、その事実とに、
青年は身体を一層強張らせる。硬く閉じた瞳を飾る睫毛が、震えていた。

「……やられるか、やられないか、じゃねぇ。
 ……やられるか、やるか、だ」
「……ぁ……、」

少年は青年の唇を解放すると、身体を密着させたまま、身体を曲げて唇を下ろす。
白い首筋に赤い痕跡を残すと、青年は小さく身じろいだ。

「……甘えてるだけだろ。弱いふりしてれば、許されると思ってる」
「……思ってない……、」
「……泣いて頼めば、許してくれると思ってるだろ?」
「……思ってない……!」

青年が掠れた声で叫ぶと、少年は青年の身体を、乱暴に床に突き倒した。
咄嗟に受身もとれず、痛みに顔をしかめる青年の肩を、ぐい、と押さえつける。

「痛っ……、」

思わず声に出して痛みを訴えるが、既に四肢は少年の身体に拘束されていた。
怯えを含んだ眼で少年を見上げる。
赤い色が、逆光で暗くなり、より一層   血の色に見える。

「あんたみたいに綺麗なら、泣いて頼めば、命は助かるかもな。
 でもどーせその後、好きなように遊ばれて終わりだ」
「……?」
「……そういうセカイを知らねーのか? ……オウジサマだな、つくづく」

くっ、と、喉の奥から笑みが漏れる。
青年はそれを、怯えを含んだ、でも悔しそうに見つめた。

「悔しいんだ? ……逃げてるような臆病モノには、お似合いだよ」
「……」
「……自分が殺したんだろ。死ぬか殺すかで、殺す方を選んだんだろ?
 今更、流した血の色を怖がるくらいなら、死ぬ方を選べっつーんだよ」

少年は、青年の左肩に、服の上から力を込めて爪を立てた。
事も無げに引っ掻くと、青年の左肩には、血がにじんだ。

「……あ……、」
「赤い色が嫌いだってんなら、自分に流れてる血の色も嫌いなのか?
 赤い色を拒むんなら、俺のことも、自分だって殺せばいい。
 肌に爪をたてれば、当然赤くなるだろ。
 ……コウイウコトすれば、頬だって血が巡って、赤くなんだろ?」

少年が再び青年の首筋に唇を滑らせる。
小さく声をたて、青年は身体を仰け反らせた。

「戦場で……死なない為には、殺すしかねーだろ。わかってんだろ?」
「……でも……、」
「今更、後悔なんてすんな。責任取って自害、なんて論外だ。
 あんた、未来の王様だろ?
 『死ぬか殺すか』を選択しなきゃいけない状況を作ったのは、王様だろ」
「……」
「その選択をさせたくないんなら、後悔なんてしてる場合じゃねーんじゃねぇのか?」
「……僕は……、」

少年の下で、青年は静かに目を伏せる。

耐え難い選択 自分にそそがれる視線   
血の色の上に立つ立場。
その重さと、押しつぶされそうになる、こころのなか。
左肩からあふれる血、赤いにおい。

「……それが出来ないって言うんなら、今この場で、俺が殺してやる。
 ……そんな覚悟で人を殺して、生きたって……そのうち死ぬぜ?」
「……」

かろうじて動く左腕で、顔を隠した。

「……僕は……、」
「……」

死に場所を求めて殺したわけじゃない。
求めたのは、自分の命。

生き延びたい、死にたくないと、当たり前の望み。

「……引きずるしかないんだ。自分の殺した誰かを。
 自分だけ逃げようだなんて、甘い」
「……」
「こんな世界で、かっこよく生きられるわけ、ないだろ。
 どんなにかっこ悪くても、皆……死ぬか殺すかの選択をするんだ。
 ……誰だって、」
「……お前は……、」

ふ、と青年が呟く。
震える声   泣いているのだろうか。

「……お前も……、……殺した誰かを、引きずってるのか?
 ……なのに、どうして」
「……引きずってるさ……。……自分が死なない為に、殺した誰かを」
「……」

左腕を、顔から下ろす。
腕を床に投げ出すと、少年は青年の身体を、乱暴に抱き起こした。

そしてそのまま、震える身体を抱きしめる。
お互いの顔が見えないように。

「……間違って無いって、思わないわけじゃない……。
 ……俺は正しいのかって、疑問だって抱くさ……。……でも、」
「……」
「迷ってるわけにはいかねーんだよ、この世界は、そういう世界だから。
 ……俺じゃ叶わねぇけど……、あんたが、未来の王様だって言うんなら……」

左肩の傷に、服の上から触れられる。
ひどく痛んで、驚いた。

「……この迷いが無くなるように……引きずってでも、生きろよ……。
 そういう世界が無くなるように、必死で、足掻いて……」

泣いてもいいのか?
迷ってもいいのか?

傷ついても、血を流しても、誰かを殺しても、生きていれば。

「……迷って、立ち止まるんじゃ駄目なんだよ。
 あんたに、そこから歩き出す力があるのかどうか、わかんねぇけど」
「……」

「後ろ向いてちゃ、駄目なんだって。
 ……そのことだけ、言っておきたかったんだ」
「……、」

何度も何度も血を浴び、血を流させた腕。
そうとは思えないほど、ひどく優しく自分を抱く。

血の色を持つ少年の言葉を、
今は、理解していないわけじゃない   




以前日記で突発的に書いたもの、修正加筆版。

ただやっぱり戦場は、「生きるか死ぬか」じゃなくて、「死ぬか殺すか」だと思ってます。
後ろ向き思考でごめんなさい……。



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