* 新婚さんごっこ *
「スマデラ屋敷」という場所は、屋敷の名にふさわしく、とにかく人が多い。
人やら動物らしき生き物やら宇宙人(?)やら。
ついでに、人が多いだけならともかく かなり賑やかだ。
この賑やかさになれてしまうと、例えばちょっと賑わった商店街に出かけても、
「ああ静かだなあ」なんて、思わず溜息が出てしまうくらいに。
……で。
その賑やかさ故、毎日何かしら問題の起きるこの屋敷内で、
今日は何が起こっているのかというと ……
******
「〜♪」
「……」
キッチンで幸せそーに鼻歌なんて歌っているのは、後ろ髪に微妙に寝癖を残したロイ。
赤いポケットのついた紺色のエプロンをきちんと着けて、
卵焼き用のフライパンを菜箸でつつきながら、卵焼きを作っている。
傍らに置いてある材料の中には、ベーコンの切れ端が入っている。ということは、
今日の卵焼きはベーコンを挟んだ卵焼きなのか。
「もー少しで出来るからなー、待っててなー」
「……2分前も、4分前も6分前もその前も聞いた。……いちいち言わなくてもいいから」
「あ、そっち牛乳持っていったよな?」
「……。……10分前にも言われた。その時にお前が持ってきた」
「そっか! ……じゃあ、もう少しだから♪」
「……五回目……」
呆れた調子でロイを見ても、ロイは嬉しそーに音符を飛ばしている。
リビングのテーブルの上には、
バスケットに詰められたパンやら、ビン詰めのジャムやらバターやら、
お皿にのった様々な種類のフルーツやら きっちり二人ぶん。
「……そんなに嬉しいか……?」
「そっりゃあもう!! 二人っきりなんて初めてじゃん、
……はいっ、出来たぞー卵焼き」
にこにこと笑いながら、ロイはフライパン片手にキッチンを出てきた。
マルスの席と、その向かい側の席に置かれた白いお皿に、器用に卵焼きをのせた。
いつもなら、どっかのピンクだまに自分のぶんを取られないように と、
かなり大騒ぎしながら食べるハズの朝食。
しかしこの場には今、図ったかのように、ロイと、マルスしかいない。
この場どころか、この屋敷の中に、たった二人だけだ。
皆それぞれ、友達に会いに行くとか、親に呼ばれたりだとかで、
昨日の夜から出かけている。
帰ってくるのは、明日のお昼。
こんなに予定が重なるなんて、おかしいじゃないか、……とも思うが、
事実は事実だ、仕方が無い。
二人っきり という事実が、一応恋人同士……と呼ばれる間柄の二人に、
どう関係してくるかというと。
「……あ、バターナイフ……」
「バターナイフ? ……いいぜ、座ってろよマルス」
「え? ……それくらい、僕が……」
「いーからいーから。……まだ、身体つらいだろ?」
「……」
……マルスの首の辺りに残ってる、痣を見れば一目瞭然なワケなのだが 、
まあ、そんなことは置いといて。
エプロンを外し、くるくると適当に畳むと、ロイはマルスの向かい側に座る。
他人行儀に姿勢良く座るマルスにバターナイフを手渡すと、
ロイは、じゃあ食べようか? なんて言い、いただきまーすと元気に一言、
そして、パンを一つ、手に取った。
「……いただきます……、」
ロイに続けて、マルスも小さく言う。
手渡されたバターナイフをテーブルに置くと、ことん、と小さく音がたった。
牛乳を一口飲んだ後で、ロイ特製(?)の卵焼きを一つ、口に運んだ。
「……」
「……?」
ぼーっと、テーブルを見ながら卵焼きを食べていたマルス。
ふ、と視線を上げると、ロイがじぃっとこっちを見ていた。
不思議に思い、卵焼きを飲み込んだ後で、どうした? と訊く。
「いや……。……その、……おいしい? ソレ」
「え? ……ああ……、」
ロイの表情がやたらめったら真剣なのも、マルスにとっては不思議でならなかった。
誤魔化す理由も、嘘をつく理由も無いので、本音を答えることにする。
「……おいしい……けど」
「本当っ!?」
「……あ、ああ。……嘘、ついても意味が無いだろ」
「……そっか、うん。……うん……、」
ふい、と目を逸らし、ロイは口元を手で覆った。
……なんか、嬉しそーだ。
「……ロイ?」
「ん? 何?」
「……いや……、どうしたんだ? 急に笑ったりして」
「んー……? ……何でもないよ」
「……?」
にやけ笑いを浮かべられながら「何でもない」と言われても、
納得できるハズは無いと思うのだが。
怪訝そうに顔をしかめるマルスに、ロイは、
いーから続き食べちゃえよ、と言う。
まだ不満そうにロイを睨みながら、マルスは二つ目の卵焼きを口に運ぶ。
ロイは笑顔のまま牛乳パックに手を伸ばし、ガラスのコップに牛乳を注いだ。
一気に飲み干した後で、別のコップにもう一度、牛乳を注ぐ。
マルスが卵焼きを飲み込んだのを見計らって、そのコップを手渡した。
「はい」
「……あ……、……ありがとう」
ちょっとだけ引き気味に、おずおずとコップを受け取る。
マルスの右手とロイの左手、少しだけ指がふれあった。
それが何故だか妙に気恥ずかしく、
マルスは受け取ったコップの中身を、慌てて飲み干す。
「……お前、好きだな」
「何が?」
「牛乳。……よく飲んでるだろ」
「え? ……ああ、まあな」
それはただ単に、
愛しい愛しい恋人よりも、背が高くなりたい、と そんな些細な、
それでいてロイにとってはかなり重要な望みだが。
「……マルスは? 嫌いなのか?」
「いや……、別に、嫌いじゃないけど」
ちょっと気になっただけだ、と、マルスは続けた。
ロイの目を一度だけ見やり、三つ目の卵焼きを口に運んだ。
やはり嬉しそうにその仕草を見ながら、
ロイはテーブルの上の、くだものナイフを探した。
籠の中からりんごを一つ手に取り、二つ、四つと割っていく。
皮を細く剥いていく……なんて器用なマネは流石に出来ないから、
りんごには皮がついたままだ。
その様子を、何気なく見つめるマルス。
それに気づいたロイが、にこ、と笑って、呟く。
「……なんかさー、」
「?」
「こーやってると、新婚さんみたいだな。……そう思わない?」
「……」
にこにこと笑ったままのロイ。
思わず二の句を失うマルス。
やや長い時間を置いた後、
……マルスがようやく、口を開いた。
「……何……だって……?」
「えー? ……だからさ、全っ部手作りで朝メシ作るだろ?
それがやたら手込んでたり、
で、それを、どーでもいい話しながら、二人だけで食べるの」
「……」
「何となくさ、新婚さんって感じしねぇ?」
「……」
恋人同士だし、新婚さんっつっても大して変わんねーよな、なんて、
大分好き勝手なことを続けているロイ。
マルスはフォークを握ったまま、ロイの作った卵焼きをじっと見つめ、
ロイの告げた言葉の意味を、ゆっくりと考える。
やがて、ちらっと視線を上げた。ロイと、視線が合った。
「……ロイ……、」
「ん?」
「……それって……」
「そのままの意味だけど」
「……」
やっぱり笑ったままのロイと視線を合わせたまま、一度だけ瞬く。
……卵焼きののったお皿にフォークを置くと、
すすす、とさりげなーくお皿をロイの方に押しやった。
「……もういい」
「……え」
「……ごちそうさま。昼は僕が作るから」
ふい、と視線も顔も横に向けるマルス。
それを見た直後、ロイは見る見るうちに不機嫌顔になった。
がたんっ、と、勢い良く立ち上がる。
「何でだよ、作ったんだから全部食えって!!」
「悪いんだけど……、……もうお腹いっぱいだから……、」
「俺の食った量の半分も食べてないだろ!」
「……」
見るからに喧嘩腰のロイが、噛み付くような視線でマルスを睨む。
マルスはそれを、横目で困ったように見る。
「……だってっ……」
「『だって』、何だよ」
「……」
「……。……ったく……、」
横を向いてうつむいたままのマルスを見ながら、ロイは溜息をついた。
立ったままフォークを持ち、マルスのお皿の上にのっている、卵焼きに刺す。
そしてそれを、ずい、とマルスに突き出した。
マルスがそれを見、続いてロイを見上げる。ロイはまだ不機嫌顔だ。
フォークに突き刺さっている卵焼きを見て、何だか嫌な予感がした。
……と。
「はい。あーん」
「……」
嫌な予感は、見事的中した。
流石に黙ってられなくて、マルスはその手を掴む。
「何バカなこと言ってるんだッ!!」
「誰がバカだって!? 人が作ったもの残すのはよくねーぞ、マルス!!」
「……っ、だからっ……」
「少食なのは良くねーぞ。はい、さっさと食べるー」
「……」
まだ迷ってるマルス。
ロイが追い討ちをしかける。
「口移しとコレ、どっちがいい?」
「……」
こうなるともはや完璧な脅しだが、マルスは気づかない。
テーブルを間に挟んでる以上、蹴るとか殴るとかの方法は使いにくいし。
そぉーっと、ロイの顔を覗く。
目がマジだ。
表情に、微妙にいたずらっぽさが含まれているような気がするが、気のせいだろうか。
「……」
ロイの手を掴む自分の手から、僅かに力を抜く。
両手でその手を引くと、マルスはそろそろと口を開けた。
目を伏せて、フォークの先の卵焼きを、ぱくんっと口に入れる。
「……」
ロイがじぃーっと見つめる中、どこか居心地悪そうに、
マルスは卵焼きを歯で砕いた後、早々に飲み込んだ。
そのすぐ後、マルスの髪に、ロイの手が下りてくる。
マルスが恨めしそうに見上げる中、ロイは楽しそうに笑いながら、
マルスの髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「はい。よくできましたー」
「……」
「……何、そんなに嫌だった? 『新婚さん』」
「……だって……」
自分の頭の上にある手を引き剥がし、マルスはぽつぽつと呟く。
「……『新婚さん』って、人目はばからずにべたべたしてる……、
……公園によくいる恋人同士のことだろ……」
「……はい?」
「……僕は、そんなのじゃないっ……」
「……」
ふいっと顔をそらし、それ以上何も言わない。
……冗談とかじゃ、ないらしい。
思わず目が点になっても、仕方ないんじゃないだろうか。
つまりマルスの中では、
『新婚さん=バカップル』の図式が成り立っているワケで。
自分はそんなんじゃないと言いたいらしい。
「……、」
思わず爆笑したい衝動にかられるが、ここはひとまず抑えて。
「……マルス……、」
「……何だ」
……けど、肩が少し震えるくらい、許してほしい。
「……いーこと教えてやろうか」
「……?」
「自分で言うのも何なんだけどさ……、……そんな心配しなくっても、」
そうだ。
赤帽子のヒゲ親父とか二足歩行のキツネとか緑の勇者とか黄色い電気ねずみとか。
こんな二人のやりとりを見るたび、呟いているじゃないか。
「……俺達、じゅーぶんバカップルで、万年新婚とか言われてるから?」
「……」
「……後さマルス、もういっこ」
「……」
「……もう、笑ってもいい?」
そう、小さな声で言った直後。
ロイは宣言どおり、お腹を抱えて大爆笑し始めた。
笑い死ぬんじゃないかと思う程の笑いようだった。
マルスはと言えば、ロイが教えてくれた「いーこと」のお陰で、
すっかり顔を赤くして、ますますうつむいてしまっているし。
テーブルの上に、お皿がのっている。
空のお皿と、ベーコンの入った卵焼きののった、お皿が一枚ずつ。
朝の日差しの差し込むリビングに、
ひたすら笑い転げてる少年と、照れなのか恥ずかしいのか、そっぽを向いている青年と。
二人が本当に、『新婚さん』と呼ばれているのかどうかは 、
……そのうちに、わかるかもしれないし、わからないかもしれない。
「……マルスー、昼、何作ってくれんの?」
「自分の分は自分で作れ。……お前のことなんか、もう知らない」
笑いすぎたのが悪かったのか、すっかり機嫌を損ねてしまった彼が、
その後恋人の為に、お昼ご飯を作ったかどうかも、定かじゃない。
とりあえず。
……お幸せに、ね?
相変わらずバカップルすぎて王子も乙女すぎてすみません。