そんな君が。

その人は、なんでも出来る。

頭はいいし、剣は上手いし、背も高いし、顔だってキレイで。
いつでも笑ってて、誰とも喧嘩にもなりゃしねぇ。

が、その人は。

どうにものんびりやなのだ。
いい意味でも、悪い意味でも。

悪く言うのなら、『トロい』という言葉がぴったりかもしれない。




「……あ……」
「……って、おいっ!!」

手には2人とも、買い物袋を持っていて。

マルスの足が何かに引っかかり、身体が前へと倒れる。
袋の中から、リンゴが一つ、落ちて。
ロイは、反射的にマルスの腕を引っ張った。
男にしては細くて、軽いマルスの身体は、簡単にロイの方に引き寄せられる。
マルスは体勢を立て直すと、ロイの方を向き、
にこりと笑って、言った。

「ありがとう、ロイ」
「……ありがとうってなぁ……あんた、どうして何も無いところで転べるんだ!?」
「……さぁ……」
「……ったく……、」

ロイはマルスの腕を放すと、つまづいた拍子に地面に落ちた、
いくつかのリンゴを拾い上げた。

「……あーぁ、食えっかな、コレ…… ……カービィなら食えるか……」
「買いに戻ろうか?」

マルスが、袋にリンゴを詰めながら、ロイに言った。
ロイは、そんなマルスの先を歩いて、溜息をついて、言った。

「いや……、……何か、あんたをこれ以上連れまわすと、
 交通事故にでも遭われそうだからな……帰るよ……」
「そう?」

マルスは微笑んだまま、ロイの後ろを歩く。
ロイはちら、とマルスを見た後、立ち止まり、マルスの横に並んだ。
マルスが、ロイを見て、言う。

「……どうしたの」

自分より少し高い位置にある、マルスの瞳を目で見上げて、
再び溜息をつきながら、ロイが言った。

「……見てないと、また転ばれたらたまんねーしな……」
「……別に大丈夫だよ?」
「……前、そう言った直後に堂々と転んでたじゃねーか……
 ……よくそんなんで、剣士なんてやってられんな、あんた……」
「……んー……、……自分じゃよくわからないな」
「……はぁ……」

3度目の溜息。
未だに微笑みを崩さないままのマルスの隣を、
ロイは少し、速足で歩いた。


   ******


「……うわっ!!」

ロイの身体が後ろへと崩れる。
マルスは決して、スキを見逃さない。

「……くっ……」

地面に倒れたロイの首に、
マルスが剣先をピタリと当てる。
見上げると、いつもの微笑んでいる彼とは違う。
真剣で、冷たい瞳を向けた。

と、次の瞬間、

「……僕の勝ちだね、ロイ」

いつものようににこりと笑って、マルスが剣を鞘におさめた。
ロイは髪をかき乱しながら、立ち上がった。

「……あーあ、……勝てるときもあんのに……。……やっぱりあんたの方が上なのか……」
「でもほら、力で来られたら、僕は勝てないし。
 だからロイは、僕が動けなくなるようにね、足を狙えばいいんだよ」
「……ただの手合いでんなことできるか」


そう、いつも思う。

いつもいつもボーッとしてるのに、戦いの中では、
鋭くて、真剣で。

冷酷さを兼ね備えた、戦場の人間。


「……優しいね、ロイは」
「優しいのはあんたの方だろ」

溜息をつきながら、ロイが言った。
足を、屋敷の方へと向ける。
……と。

「……あ……」
「……って、だからあんたはっっ!!」

前へと倒れこむマルスの腕を引っ張り、自分の方へと寄せる。
顔を上げ、いつもの表情で、いつもの科白。

「ありがとう、ロイ」

マルスの腕から手を放し、ロイが再び屋敷に足を向けた。

「……これだもんな……、……あーもう、わっかんねぇ」
「わからないって、何が」
「あんたのことだよっ。……勝てねぇのにさ、すぐ転びそうになるし……
 ……騙されやすいしボケッとしてるし…… ……人が見てないと、どーなるか」
「……そんなに放っておけない? 僕って」
「……は?」

ロイは、後ろを振り返った。
マルスが、微笑みを崩さないまま、立っていた。

「……」
「……放っておけないとか言われても、その通りだろ。
 ……何箇所ケガすればいいんだよ、あんなによく転んどいて」
「……」
「……? ……何だよ」

ロイが怪訝そうな顔をすると、マルスは歩いた。
ロイの横を、スッと通り過ぎる。
マルスの姿を追い、ロイが前を向いた。
マルスが、振り返らず、言った。

「……もう夕飯の時間だから、行こうか」
「……? ……あ、あぁ……」

ロイが、マルスの後ろを歩き始めた。
さく、と、草を踏む音。

と。
前を歩いていたマルスの足が、何かに引っかかり。
前へと、倒れる。

「あっ!!」

ロイが声をあげる。
少しの判断の遅れが災いして、マルスの腕が、ロイの手から離れた。
マルスが、そのまま転ぶ。

「……っ……」
「……あー…… ……ったく、だから言っただろ!
 擦りむいてねーか、足? ……ほら、早く立っ……」

ロイがマルスの前に手を差し出すと。


いつも、ロイの手に滑り込んでくる細い手は、このときだけ、つかめなかった。
代わりにロイの手を、細い手が、軽く、払った。


ロイの思考が、一瞬、止まる。

「……」
「……ありがとう、……ロイ」

その科白だけ、いつもと変わらなかった。
マルスが、ゆっくりと立ち上がる。
膝の砂を掃い、そのまま屋敷へ向かった。振り返らなかった。

空が、朱から紫に、変わるその時間。




   ******


「……あああぁぁっ、もうっっ!!」
「……あぁ? ……何だよ、ロイ」

リビングに、ロイの声が響いた。
向かい側で水を飲んでいたリンクが、ロイの方を向いた。

『あれ』から一週間。

あれからマルスが、なんとなく自分を避けているようで。
転ぶのを止めなくていいはずだし。
いちいち気を使ってなくていいはずだし。
いつもより気楽なはずなのに、何故か、ロイはイライラした。
髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながら、
ロイはリンクの手から、水入りコップをぶん取った。

「あっ、てめェ!!」
「……ったく、わけわっかんねーよもうっっ!!」

ぐびぐびと水を飲み干し。
がんっと、机にコップを叩きつけるように置いた。

「……てか、何そんなイライラしてんだよ、お前は」
「……それがわかんねーから困ってんだろっ」

リンクは、呆れて溜息をついた。
ふてくされている、ロイを横目に。

「……マルスのことじゃねーのかよ?」
「……」
「……最近一緒にいねーもんなー、お前ら」
「……」
「……何があったか知らな」
「あぁもうっ、いいからっもぉわかったからっっ!!
 ああそーだよ、多分っつかおそらく絶対あいつのことだよっっ!!」

ロイは、大きな音をたてて、イスから立ち上がった。
リンクがたじろいで、ロイを見る。

「……ったく……」
「……あいつのことなのはわかってるけど……
 ……あいつの何に対して困ってんのかが、わかんねーんだよ……」
「……本末転倒じゃねーか」
「うるせェ」

ロイがリンクを見下ろしながら、言う。
リンクは再び溜息をつき、ロイを見上げ、言った。

「……じゃあ聞くけど、マルスと話さなくなったのはいつからだ?」
「……一週間前」
「その時、何やってた?」
「……手合いだよ。俺の負け」
「じゃ、その時、何か話したか?」
「……話……? ……あぁ、俺が確か何でマルスはいつもいつもボーッとしてるのに、
 戦うとそんなに強いんだよって言って……」
「で?」
「……そしたらあいつが転びそうになって……それを止めて……
 ……確か……あいつが……『僕のことそんなに放っておけないか』って……」
「……で?」
「……その通りだろって、俺が」
「……それだ……」
「……え?」

ロイが、きょとんとした顔をする。
するとリンクは、ロイの向こうの扉に、声をかけた。

「……おーい、ピカチュウ。いるだろ、扉の外」
「……あれ、やっぱり気づいてた」

キィ、と扉が開き、ピカチュウがぽてぽてと入ってきた。
ロイの足元までとことこ歩き、リンクを見た。
リンクも、ピカチュウを見る。
ロイは、足元のピカチュウと、テーブルに肘をつくリンクとを、交互に見た。

「オレ話すの下手だから、お前が話してやってくんねーか? あのこと」
「僕も話すの下手だよ? それに、いいの?」
「仕方ねーだろ、この際。いつまでもロイがイライラしてると、
 どーせオレがとばっちり喰らうんだから」
「……はは、確かにね」
「……おい、……だから、何の話だよっ」

2人だけで話しているリンクとピカチュウに、ロイが言った。
ピカチュウは、ロイを見上げ。

「……マルスさんね、昔ね、すごく弱かったんだって」
「……は?」

ピカチュウが、急にしゃべりだす。

「……いきなり何」
「マルスさんが弱いからって、マルスさんのことが好きな人は、
 みんなマルスさんを守って、マルスさんの目の前で死んでいったんだって」
「……」

戦いのときのような、真剣な面持ち。
ピカチュウは、続けた。

「それが嫌だったって。だからマルスさん、強くなろうって思ったって。
 ……一人でも、みんなに放っておかれても、平気なように、
 ……誰にも、迷惑かけないように、面倒かけないように……」
「……な……」
「……でもな、……強くなる為には、優しさを捨てることが絶対条件。
 ……戦場の人間なら、わかるだろ、ロイ」

リンクが、ピカチュウに続けて言う。
その次にまた、ピカチュウが続けた。

「……優しくない人になんて、なりたくなかったんだろーね、マルスさん。
 ……冷たい人になるときなんて、戦いの時だけでいいって、さ。」
「……だから、いつも笑ってるんだ、マルスは。
 戦いのときの、冷たい分まで」
「……」
「……強くなければいけない。……でも、優しい人でありたい。
 ……大切な人に優しくしたいし、大切な人を死なせたくないんだ」
「……だからね、面倒かけるのが嫌なんだ、マルスさん。
 ……ロイさんマルスさんに、何て言ったんだって?」
「……っ……」

そこまで言って。
ピカチュウは、にこりと微笑んだ。

「……行ってあげれば?」
「……ッッ!!」

ロイは、勢いよく部屋を飛び出した。
ピカチュウとリンクは、それを呆れながら見送った。

「……悪かったな、ピカチュウ。あれでいいと思うか?」
「さぁねぇ……。……でも、さしあたってはこれでいいと思うよ。
 あの人だって、バカじゃないんだから。……ちょっと不器用だけど」
「……そうだな」

リンクは、やれやれとイスから立ち上がった。
そして、空のコップを持って、台所へと向かう。

「あれ、どこ行くの?」
「水。……ロイに飲まれちまってさ」
「あ、僕も水飲もうかなぁ」
「じゃあ、一緒に来いよ。その体じゃ、水汲むのも一苦労だろ」
「ははっ……、じゃ、お願いできる?」

リンクの肩に、ピカチュウが飛び乗り。
ロイが開けっ放しにしていった扉から、出ていった。


   ******


「……っ……」

視界が一瞬ぼやけたような気がした。
3階の廊下で、マルスは壁にもたれ、額をおさえた。

「……風邪ひいたのかなぁ」

重い足取りで、階段へと向かう。
手には、本を持っていた。
ピチューが、眠たいのに眠れないんだ、と言っていたので、
本でも読んであげようかと思ったのだ。

足を引きずるように、階段へと向かう。
階段の下には、ピチューが待っていた。

「あ、マルスおにーたん!」
「……ピチュー。……ごめんね、遅くなって」
「大丈夫でちゅ!」

軽く笑って、マルスはピチューの元へ行こうと、階段の手すりに手をかけ、
階段を一段、降りた。


その、瞬間。


「……っ……!」
「え? ……っ、マ、マルスおにーたんっっ!!!」

まわりの景色が、早く動いた。

階段から足を踏み外し、マルスの身体が、がくんと崩れたのだ。
ピチューが、叫んで前に出る。

頭が熱い。
ピチューが何か叫んでいるような気がするが、よくわからなかった。
本が、手から滑り落ちる。
宙を舞う、本が見えた。

「おにーた……」

一番下の段に、叩きつけられそうになった。
その時。


「……っっ……!!」

ピチューの前に、誰か、人が、現れた。
そして、階段の手すりを左手で掴むと、
右腕で、落ちてくるマルスを抱きとめた。
その人の背中が、床に叩きつけられる。


物音がしなくなった、数秒後。

その人はマルスを抱えたまま、上半身を起こした。


「……おいっ、マルス!! 何やってんだよ、あんたはっ……
 ……平気か!? 何処も打ってねーか!?」
「……ロ……イ……?」

いつの間にか、ロイにしがみつくような形になっていた。
下を見ると、ピチューがおろおろしていて、
横目でロイを見ると、ロイが必死に叫んでいた。
ふ、と、マルスは笑った。

「……そう……か、……また助けられたんだね……」
「おい、マルス!? どうしたんだよ、やっぱりどっか打ったのか!?」
「……あり……がと、……ロイ……」

ずる、と、マルスの身体から力が抜けた。
……気を失ったのだ。

「!!? マ、マルス!? マルスッ……て、熱あんじゃねーかあんた!!
 なんでそんな熱でうろうろしてんだよあんたはっ!!
 あぁもうっ……おいピチュー、マリオさん呼んでこいマリオさん!!」
「ぴっ、ぴぃちゅうっ!!」

ピチューが、持ち前のダッシュ力で走り出した。
ロイはマルスを抱え、背中の痛みを堪えながら立ち上がって、
階段を駆け上がり、
マルスの部屋へと向かった。






静かな部屋の中。
窓の外は、すっかり日が暮れていて、真っ暗だった。
傍らで、白衣姿のマリオが、言う。

「……特に悪いところも見当たらないし、ストレスやら疲労やらだろ、この熱は。
 熱冷まし飲んで、2,3日のんびりしてれば大丈夫だよ」
「……」
「稽古もほどほどにな。……じゃ、後で夕飯持ってくるから。
 ピチュー、行くぞー」
「ぴぃちゅー」

マリオの後ろを、ピチューがとことこついていく。
ぱた、と扉の閉まる音。
静かな部屋の中には、ベッドに横たわっているマルスと、
ベッドの隣のイスに座っている、ロイの姿があった。

「……大丈夫か? ……具合」
「……うん、……平気……僕より、ロイの方が」
「は? ……何で俺が」
「……背中打ったんじゃないの? ……階段から落ちたとき……」
「……別に平気だ、こんくらい……落ちたのはあんたなんだし」
「……ごめんね」

マルスが、申し訳なさそうに微笑む。

「……別にあんたが謝ることでもねぇよ……
 ……あんたが転ぶのなんざ、日常茶飯事だろ」
「……」
「……そうだ、後……」
「……?」

ロイは、ベッドに手をついた。
真上からマルスを覗き込みながら、言う。

「……リンクとピカチュウから、話聞いた」
「……え?」
「……何か誤解してるみたいだけど、
 ……俺別に、あんたと一緒にいるの、面倒は面倒だけど、
 ……迷惑じゃねーから」
「……」
「……むしろ、……退屈じゃなくて……ありがたいくらいだから、
 ……だから、……その……」

ロイは、そこで言葉を詰まらせた。
マルスが見ると、目を泳がせていて。
そして、深く息をついて、言った。
マルスの目を、真っ直ぐに見ていた。

「……だから、……俺のこと、避けたりすんな……」
「……」
「……嫌なんだよ、……なんか……」
「……」

そう言うと。
ロイは、顔を真っ赤にして。

「……って、いやっ、だ、だからっ、そのっ……」
「……ふふ……、」
「……ん?」

マルスを見ると、マルスが、いつものように、笑っていた。

「……うん、……ありがとう、ロイ」
「……っっ……」

髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら、ロイは、
笑うマルスの頭を、ぐい、と向こうにやった。

「……いいからっ、もう寝ろっっ!!」
「……わかった」

マルスが、毛布を被りなおす。
ロイは勢いよく後ろを向いた。

「(……あぁぁもうっ、何なんだよ今のは!! 何か今のじゃ、
  俺がマルスを好きみたいじゃねーかっ!!
  ……いや、マルスは仲間だし好きだけどだからそーいう好きじゃなくってッ……)」
「(……あーよかった、……ロイと仲直りできて……)」
「(……くそッ……何なんだよ一体!!? どうしちまったんだよ俺はっっ!!!)」



それぞれ、思いを胸に秘めながら。
夜は、静かに更けていく。


大分前に書いた、「世話焼きロイさん×天然おっとりマルスさん」です。
ちょっと手直しして掲載してみました。
マルスはともかく、ロイが……ロイが全然違う人ですね(笑)誰オマエ、みたいな……

こういうロイマルもアリでしょうか。
楽しんでいただければ幸いなのですが……

最後までお付き合いいただいて、ありがとうございました。


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