Sweet Heart



君の傍にいるのは、君と一緒にいたいからであって。



「……ロイ、いい加減放せ」
「え。……良いじゃん別にー、これくらい」
「……良くない。放せってば」
「やだ。俺が良くない」

午後三時半、ちょうど「おやつの時間」が終わったころ。


町の中を特に行く宛てもなくふらふらと散歩していたマルスは、三時過ぎに戻ってきた。
歩き回ってそれなりに疲れた後、何となく皆で騒ぎながらティータイムを過ごす気にはなれず、
マルスは自室にケーキを持ち込んで、一人でのんびり食べる気でいた。
みずみずしい赤い色の、イチゴの載ったケーキ。
ソーサー付きのカップに紅茶を淹れて、ケーキと一緒に持ってきて、
ベッド脇のテーブルに置いて。

本でも読みながら、さあ食べよう  と思ったところで、

「あ! 帰ってたんだ、マルス? おかえりー」
「……」

ロイが、さも当たり前のように部屋に入って来た。
……しかも、開いていた窓から。

この際、何で窓から入ってきたかはツッこまないでおこう。
問題はその後だ。
ロイは、目を丸くして驚いてるマルスににこやかに近づくと、
いつものように  マルスは認めたくないらしいが  後ろからぎゅうーっと、マルスに抱きついた。
マルスはイスに座っていたので、ロイの頭が、マルスの頭の上に乗っかる形になる。
ロイの方が背が低いので、いつもはこんな体勢には絶対にならない。
「マルスの髪ってさらっさらで気持ちいいよなー」、などと言いながら、
ここぞとばかりにマルスの髪に顔を押し付けるロイ。

……心の底から嫌だ、とか思わない辺り、既にマルスもロイの思惑にはまっているのだろうが、
少なくとも迷惑ではあった。
マルスが部屋にいた理由は、持ち込んだケーキを食べること、なのだから。

後ろから抱きつかれてる体勢で、さぞかし食べにくいことだろう。

「……ロイ、」
「何?」

自分の首に回ってる腕に手をかけ、視線をロイに向ける。
睨んだつもりだったが、……逆効果だったらしい、ロイはへら〜っと笑っただけだ。

「……僕はこれをさっさと食べ終わりたいんだけど」
「このまま食えばいーじゃん」
「……食べにくいだろ、これじゃ」
「そっかな。フォックスさんとか、カービィとプリンいっぺんに頭に乗っけて食ってたけど」
「……。……あのな……、」

うっとうしげにロイを見ても、相変わらずロイは嬉しそうにこっちを見ているだけ。
……子犬みたいだな、とマルスは思う。
こういうロイには何を言っても無駄だと承知しているマルスは、大きく溜息をついた。諦めたらしい。
フォークを手に取って、ケーキを切り取り始める。
丁度いい大きさに切り取った後、それを口に運ぼうとして、

次の問題点が挙がった。

「……食べないの?」
「……あのな、……こんなにじろじろ見られて、食べる気が起こると思うのか?」

はぁ。……もう一度、思わず溜息をついてしまう。
何だかロイに関わると、溜息をついてばっかりだ。

「だってホラ、マルスの仕草ってかわいいから!」

当の本人はこんなことを言っている。かなり呆れ口調で、マルスは言った。

「……男に可愛い、なんて言って楽しいか? バカかお前は」
「マルスだから言うんだってば。ほらほら、俺のことは気にしなくていいから」

笑顔で勧められたって、食べる気は起こらない。
かと言って、このまま放っておいても、ロイは離れてはくれないだろう。

ケーキを食べれて、かつ、ロイが離れる、良い方法は無いだろうか。

……考えた結果は、はっきり言って不本意極まりないものだった。

「……ロイ、その辺からイス持ってきて」
「へ? 何で?」
「お前が座るイスだよ、決まってるだろ。……甘いもの好きだったよな、ロイ」
「……うん」

ロイは自他共に認める、かなりの甘党だ。

「……一緒に食べようかって言ってるんだよ。
 僕は甘いもの、そんなに好きなわけじゃないし……、
 ……半分あげる。……だから、」

ふい、と目線を逸らし、ぽつぽつと呟くマルス。
その申し出に、ロイは目を丸くした。
いつも自分がくっついていって、それをうっとうしがってるマルスだから、
まさかこんなこと言われる日が来るとは、思っていなかった。

そんな思考から、ふ、と我に帰り、目線を逸らしたままのマルスの顔を見てみる。
実際かなり恥ずかしかったらしく、頬が薄っすら紅く染まっている、……ように、見えた。

「……いいよ別に立ったままで、半分貰っていいの?」
「……ああ……」
「ありがと、愛してるぜーマルス!」
「……」

居心地悪そうに、目線をさらに下に向けてしまった。
そんな仕草もかわいいな、などと思いながら、マルスの手からフォークをそっと奪う。
マルスがさっき切り取った分のケーキを、さっさと口に運ぶ。
チョコクリームの甘ったるい味が、口の中に広がって。
ああだから甘いものってつい食べたくなるんだよな、なんて思った。

「ん、おいしー」
「……なんなら、全部食べてもいいぞ」
「え、……でも」
「……ケーキを好きだっていう人間に食べてもらった方が、食べられる方も幸せだろ」
「……そんなもんかな」
「僕はそう教えられた。……それでも好き嫌いは無くならなかったけどな」

ふ、と自嘲気味の微笑みを浮かべ、どこかを見るマルス。
ロイは二口目のケーキを口に運びながら、何だかケーキがもったいないなぁ、と思った。

このケーキは、マルスが食べるために用意されたケーキ。
自分が食べるんじゃ、何だかワリに合わない気がする。
もう自分の分のケーキは、リビングで食べ終わってきたのに。

何とかマルスに、一口だけでも食べさせる方法は無いかと、ケーキを食べながら考えた。
食べる気が無いのなら、……強引に食べさせるしかないだろうか。

明らかに下心みえみえな、ロイが思いついた方法。
にっ、とイタズラめいた顔で笑い、マルスの肩を、とんとんと叩く。
マルスが振り向いて、

「? ……どうし、……、」


その頬に手をかけ、……身体を乗り出して。
言いかけていた為に薄く開かれた唇に、自分の唇を押し付けて   


「……っ……」

マルスの瞳が、驚愕に見開かれる。
だけど、それだって計算の内。

開かれた唇が閉じてしまわないうちに、自分の舌を、彼の口内に押し込む。
……ケーキと、一緒に。

「……んッ、……ふ……ぁ、」
「……、」

閉じていた目を薄っすらと開き、彼の顔をちらりと見る。
瞳はきつく閉じられ、頬は紅潮していた。
手が、支えを求めてゆっくりと伸び、ロイの着ている服の袖を強く掴む。
その指が小さく震えているのを感じ、それでも解放はしてやらない。
彼の頭を抱え、髪の感触を指で楽しむ。
彼の口の中で、彼の舌を捕らえて、深く絡めて、……普段より少し高い、彼の声も、楽しむ。

「……ん……ぅ、……ッ……!」

今の自分は、世界で一番凶悪な表情をしているだろうな   と思った。


「……マルス、……大丈夫?」
「……っ……」

彼を解放してやった後。
マルスは頬を紅くしたまま、俯いてしまった。
肩で息をするマルスに、思わず問いかける。

彼の口の中に押し込んだやわらかいケーキは、その熱で溶けて。
……まあ結果的に、「マルスにケーキを食べさせる」という当初の目的は達成されたわけだ。
その方法が、あまりにヨコシマだと思わなくも無いが。

「……でもさ、ケーキ、おいしかっただろ?」
「……ッ、……誰がッ……」

ぎっ、と、マルスが視線を上げる。
ああ、これは何かマズイ雰囲気だな、とロイが悟ったのも束の間。

「……“おいしい”なんて思えるか、このバカッッ!!!」


すっぱああぁぁ    んっ、と、ハリセン独特の景気の良い派手な音がして、
ロイは、窓の外まで吹っ飛ばされた。



で、その後どうなったかというと。

ロイの行動がマルスの心にふかくふかぁーく残ってしまった為、
マルスはケーキを見る度、頬を紅くし、口元に手を持っていき、
そしてケーキを睨みつけるようになってしまった。
しばらくマルスは、どっかの誰かさんのお陰で、ケーキが食べれなくなってしまったとか。



何を書いているんだ私は。
すみません、これ以上コメントできません。

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。


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