100輪のプレゼント
恋人達の三大イベントと言えば、クリスマス、バレンタイン、
そして……誕生日。
上の二つは、まだいい。
クリスマスはクリスマスで、マフラーだの手袋だの、プレゼントの類はいくらだって思いつく。
バレンタインなんて、言わずもがなだ。
が。
最後の一つは、そうもいかない。
例えば恋人の好きなものがはっきりしているのならば、大して苦労はしないだろう。
だが、この赤い髪の少年の恋人は、
何があっても、何が起きたってほとんど無表情で。
唯一興味を示しているものといえば「本」であるが、
相手がどんなジャンルの本を読み、好むのか、まるで見当がつかない。
そんなわけで。
大事な大事な愛しい恋人の誕生日を目前に控え ロイは、頭を抱えている、というわけである。
******
「……アイツの好きそうなモノ、……ねぇ……」
「……な? なかなか思いつかないだろ」
午後2時、ワリと暇な昼下がり。
数日頭を悩ませたロイは、とうとう、他の誰かに相談してみることにした。
マルスの誕生日まで、後5日。
この際、他人に訊くなんてかっこ悪いなーなんて思っていたりできないのだ。
その場に居合わせたのは、マリオとリンク、そしてピカチュウ。
偶然にも、ロイとマルスの関係を知っている者ばかりである。
……ていうか、そっちの方がむしろ安全だったりするが。
「本とかは?」
「本って、かなり種類あるだろ。……気に入ってくれなかったら嫌じゃん」
「うーん……ケーキとか……は、屋敷のメンバー全員でパーティーするしなあ……」
「いっそマルスさんに直接訊いてみたら? ロイさん」
リンクの頭の上に乗っかって、ピカチュウがさらりと言う。どうやらそこが定位置らしい。
その台詞に、ロイが、はぁー……っと盛大な溜息をついた。
「……訊いたさ」
「何だって?」
「『時間』」
「……」
「……本を読む時間を削らないで、睡眠時間を増やしたいんだと」
「……あいつ、まーた最近顔色悪いからな、まったく……寝ろってあれ程言ってるのに」
「でも最近は、ちゃんと日付が変わる前に寝てるみたいですよ?」
怒ったような、呆れたような顔をするマリオを、リンクがたしなめる。
「……時間はあげられねーもんなー……」
「……だねぇ……。……他に、マルスさんの好きそうなモノ……かあ……」
「……」
頭に浮かぶのは、いつだってあの表情。
無表情で、それなのに嫌な感じのしない、魅力を持った。
「……悪い、ロイ。全っ然思いつかん」
とうとうマリオが、ロイに手を合わせた。
リンクとピカチュウがその後ろで、同じ視線でロイを見ている。
……どうやら、後ろ二人も降参のようだ。
「……そ……っかぁ……。……じゃあいーや、もっと、よく考えてみます」
「ごめんね、チカラになれなくて」
「いや、いーよ別に。じゃあ、ありがとうございました」
にこっと笑い、軽く頭を下げる。
そのまま爽やかに、部屋を出た……のはいいが。
「……さーて……、……どーしたものかな……」
外でも散歩すれば何か思いつくかと、その足で玄関に向かう。
廊下を歩きながら耳を傾ければ、庭から、子供達の声が聞こえた。
相変わらず元気だな、と他人事のように思いながら、
玄関の重い扉を開けた、……瞬間。
「ぴちゅうっ!!」
「ぅ、わっ!!? ……ああ、何だピチューか」
玄関の前にいた何かが叫んで、思わず叫び返した。
下から声が上がったような気がしたので、見てみると ピカチュウより小さい、こねずみ。
扉を開けようとした瞬間に、ロイが扉を開けたので、驚いたようだ。
「悪い、大丈夫か?」
「ぴ、ぴちゅ……。……平気でちゅ」
「そっか。……じゃ、」
軽い足取りでロイの横をすり抜けていくピチュー。
その小さな手に、何か持っているのを見た。
「……ち、ちょっと待て、ピチュー」
「ぴちゅ?」
「……ソレ何だ? 手に持ってるヤツ……」
「え? ……これでちゅか?」
呼び止めたら立ち止まってくれたピチューが、手の中のものを見せてくれる。
……かわいいピンク色の花が、ピチューの大きさに合わせて、束にしてあった。
ピチューが嬉しそうに、ロイを見上げて言う。
「マルスおにーたんに買ってもらったんでちゅ」
「え、……マルスに? ……何で」
「おさんぽしてたら、マルスおにーたんが、お花やさんにいたんでちゅ」
「……」
それは何となく答えになっていなんじゃあ と思うが。
その後ピチューは、とことことリビングまで歩いていった。
自分じゃあ小さすぎて、花瓶に花を挿し、それを部屋まで運ぶ、という芸当はできないから、
リビングにいる誰かにやってもらおう、ということなのだろう。
その後ろ姿を、ロイがじっと見つめる。
……やがて何かを確信したように、ロイは、商店街の方まで駆けていった。
******
「ねぇ、マルスさんー」
「何だ?」
ピチューとピカチュウの部屋で、マルスが先ほどの花を飾っている。
花が小振りで、数もさほど多くない為、青みがかったガラスのコップに飾ることにした。
寝床脇の小さなテーブルにそれを置きながら、ピカチュウに応対する。
「マルスさんさぁ、何か“ホシイモノ”ってある?」
「……欲しいもの……?」
マルスの目が、不思議そうにピカチュウを見た。
どうやら、自分の誕生日が近いということに気付いていないようだ。
お約束だろうか。
「……ん……と、」
「……あんまり物欲無いよねぇ、マルスさんって」
「……そうか、な」
本気で考え出したマルス。
ごめんね、無いならいいんだ、と、ピカチュウはにこりと笑って言った。
「ん。……じゃあ、ありがとうマルスさん。わざわざ、ピチューに花なんて」
「いや、いいよ別に、これくらい。……じゃあ、僕はもう行くな」
軽く手を振って、マルスが部屋から出て行く。
それを見送った後、ピチューとピカチュウが、顔を見合わせた。
「……やっぱり、だねぇ」
「これで、おたんじょーびどっきり、ができるでちゅ!!」
嬉しそうに言うピチュー。
「誕生日の朝から誰かがマルスさんをどっかに連れ出して、その間にパーティーの準備……か。
ありきたりだけど、まあ、マルスさん誕生日パーティー初めてだし、驚かせるにはいいか」
小さな手を口元に当てて、うーん、と唸るピカチュウ。
「……となると、当日の連れ出し役は……」
「俺がやるっっ!!」
「!」
開いてた窓から、誰かが入ってくる気配がして、同時に声がした。
驚いて思わず振り返ると、葉っぱを一枚髪の毛にくっつけた、ロイがいた。
「あ、ロイおにーたんでちゅー」
「ロイさん……、あのね、どっから入って……」
「なあピカチュウ、その役俺にやらして!」
人の話は全く聞かないらしいロイ。
やがて、はぁーっと溜息をつき、ピカチュウが言った。
「……別にイイケド、何、どうしたの? そんな嬉しそうな顔して」
「え? ……だってさ、」
ようやく頭の葉っぱに気付いたらしい、それを右手で摘み取って。
「一番早くプレゼント渡せるじゃん、あの人にさ」
「……」
満面の笑みで、ロイは告げた。
******
そして、マルスの誕生日当日。
皆、普段より大分早めに起きた。
たまーに遅くまで寝ているマルスには申し訳無いが……、
夜のうちに目覚ましのアラームをいじっておいた。
そんなわけで、普段より大分早く起きたマルスと朝食を取り、
適当な理由でさっさとマルスを着替えさせ、
いよいよ。
「……マルス、あのさー」
「? 何だ?」
パーティーの準備のために、マルスを連れ出すことにした。
「見せたいものがあるんだ。ちょっと着いてきてくんない?」
「え? 見せたいものって……、……こんな朝から、」
「いーからいーから! 早く早くっ」
「っ、わっ……ちょ、ロイッ!?」
何か言いたげなマルスの顔をよそに、その手を掴み、さっさと連れ出してしまう。
ロイの思惑などまったく知らない一同は、
後どうやってごまかす気だろう、などと考えながら、
手早く誕生日パーティーの準備に取り掛かった。
******
「ちょっ、ロイッ……! 痛いってば、放せって!」
「え、……あ、ごめん」
ようやく声が伝わった。
一度暴走すると止まらない性なのだろうか。
ようやく立ち止まり、掴まれていた手首から、その手が離れていく。
ロイが自分を見、至極嬉しそうに笑う。
肩で息をしながら、マルスがロイを、困惑した表情で見つめた。
「何なんだ、そんなに急いで……。……何があるんだ?」
「え? 何って、マルスの好きなモノ」
「……は……?」
また、満面の笑みで笑って。
また、マルスの腕を引っ掴み、さっきよりゆっくりと走り出す。
「っ!」
「こんくらいならいい?」
「な、だからそういう問題じゃなくてっ……」
「OKな? じゃあ行こう!」
マルスの言葉の続きなんて気にしないのか、それとも自分の用事が先決なのか。
おそらく後者だろうな、などと思い、
マルスは諦めて、ロイにこの先を任せることにした。……不本意だが。
何より今、ロイがもの凄く楽しそうだ。
こんなロイを止めることは、きっとできないだろうから。
******
朝が早くて、まだ少し肌寒い。朝日が少しだけ昇って、空の青は薄い。
ロイに引かれるまま、朝早い静かな街の中を走っていった。
商店街を抜け、しばらく走って、ようやく行き先が、何となくわかってくる。
この道を曲がって。
真っ直ぐ行けば 公園だ。
小高い丘があって、大きな樹があって、遊具がいっぱいあって、花がいっぱい咲いてる。
あの屋敷みんなのお気に入りの場所。
居眠りをしてみたり、日が暮れるまで遊んでみたり、本を読んでみたり、お茶をしてみたり。
自分だって例外じゃない。
その公園に、何の用なのだろう。
でも、ロイが何も言わないから、やっぱりそのまま、手を引かれていくことにして。
******
「……あぁ、見えた見えた!!」
青の薄い、雲の薄く伸びる空の下、ロイが段々と速度を落とす。
それに合わせ、マルスも速度を落とした。
少し昇った丘の先、その先が少し下り坂になって。
いつも自分や、あの緑の服の青年がいる、大きな樹のところで立ち止まる。
ゆっくりだったとはいえ、長い間走ったから、息が上がっている。
膝に手をついて、前かがみで息を整えていたところで、ロイが肩を、とん、と軽く叩いた。
「ほらマルス、見てみろよ、前」
「……前……?」
言われるまま、体勢を立て直し、前を……正確には、前に広がる景色を見る。
そこには ……
「……」
「……見たことないだろ、あんた、これ。ここに来るのは、いつも昼だもんな」
薄い青の、空が広がっている。
その下に、花が、一面。
朝露に濡れて、少しだけ昇った朝日の光を受けて、きらきら輝いて。
綺麗、だと思った。
「……」
「……マルスさ、覚えてる? 今日があんたの誕生日だって」
「……え、」
「……だからさ、これが、俺のプレゼント。花好きらしーじゃん、マルス」
「……どうして」
「花屋のおねーさんに聞いた。毎週花を買ってくれる、青い髪の綺麗なおにーさんがいるって」
「……」
ロイの顔を、じっと見つめる。
何が言いたいんだろう。
でも、その気持ちすら見透かして、ロイが笑った。
もう一度その手を取った、そのまま花の中に突っ込んだ。
「う、わっ……!!」
花の真ん中に突っ込んで、急に立ち止まる。
その反動と自分の力とを利用して、マルスを花の中に押し倒した。
その隣に、自分も倒れこんだ。
困惑しているマルスの隣に手をついて、上半身だけ覆いかぶさるカタチにしてみた。
「ちょ、ロイッ!!」
「 俺さ、好きだよ、マルス。あんたのこと」
顔に、至極幸せそうな微笑みを浮かべて。
今日というこの日だからこそ、言えるコトバ。
「……大好きだよマルス。だから、マルスの好きなもの、あげたかったんだ」
「……」
マルスが、じっと自分を見つめる。
「マルスが喜んでくれるんなら、何でもあげようと思うよ。
初めはさ、何かの花100輪っていうのも考えたんだけど、ジャマかなーと思って」
「……」
「これだと、100輪よりもっといっぱいあるじゃん、花。
……で、どう?」
「……、」
ロイが、じっと自分を見つめる。
視線をはずすのが何だか悪い気がして、見つめ合ったまま、答えるしかなかった。
「……うん、」
「……」
今目の前にいる人間に、感謝の気持ちを伝えるのは、苦手だった。
この気持ちを、どう表現すればいいのか、わからなかったから。
でも、言わなきゃいけない。
結局自分も、彼のことが好きだから。
「……ありがとう、ロイ。……すごく、綺麗」
自分の思ったままを、正直に伝えただけだけれど。
どう伝えればいいのか、わからないけれど。
「……誕生日おめでとう、マルス。これからもよろしくな」
ロイが、花の中に散らばるマルスの髪に、そっと口づける。
ただそれだけだけど、それが何だか、今の自分にはとても嬉しかった。
「……」
薄い青の広がる空間の中、朝露に濡れる、花の中に埋もれて ……、
またひとつ、大切ななにかが、心のどこかに、積み重なった。
100カウント記念に書いたお話でしたが、途中から全く関係無くなりました。
バカップル全開ですみません。
ロイ様がさりげなく誕生日ドッキリをブチ壊してますが、それもすみません。
ささやかな辺境ですが、これからもよろしくお願いします。