木洩れ日

小高い丘の上に、大きな木が立っている。
その下に、誰かいる。
木漏れ日を浴びて、穏やかな表情をしている。
オレは、ゆっくり近づいた。
暖かく、どこか涼しいような、穏やかな道を。



「……寝た、……のか……」

細身の身体が傾いて、青い髪がさらりと流れた。
深い藍色の瞳を、自分の左隣でぐっすり熟睡している、小さな黄色いねずみに向ける。
女性とも見紛う顔がやわらかく微笑むと、
彼は左の手で、その小ねずみの頭を、軽く撫でた。

足の上に置いていた本を、手に取る。
深紅の色をした、そこそこ厚い本だ。
彼はその本の間に閉じてあるしおりを取ると、そのページを開いた。
瞳を、羅列した文字に向ける。
ページのところどころを、木漏れ日が明るく照らしていた。

広い公園の隅にある、小高い丘の上の、大きな木。
彼は、ここがお気に入りだった。
風がざわざわと頭上の木の葉を揺らす。心地よい、音がする。
視線を上に向ければ、落ち着いた蒼い空。

ページが3、4枚ほど進むと、彼は一息ついた。
思わず出た欠伸を噛み殺す。
同時に、目じりを滲ませた涙を、軽くこすった。
……すると、

「……でっかい欠伸」
「……あ」

少年らしさが大分抜けた、落ち着いた声が降ってきた。
見ると、金色の髪が風になびいている。
緑の帽子、緑の服を纏った彼は、その青い瞳をこちらに向け、穏やかに微笑んでいた。



オレは、マルスの左隣で寝ている、ピチューの横に座り込んだ。
ふぅ、と溜息をつくと、マルスが本を閉じた。

「疲れてるみたいだな」
「……まあな、……ロイと子リンクが、またケンカ始めやがって。
 さっきおさめて、それで逃げてきたんだけど」
「……そうか……、……」

ちら、と横を見る。
「彼」の名を聞いたからなのか、心なしか、
さっきより表情が優しいような気がした。

「……それで、」
「ん?」
「……マルスはどーしてここに……あ、……そーじゃねーか、
 どうしてピチューとここにいるんだ? いつも一人で来てるのに」
「ああ……、……行く間際に呼び止められて……
 ……ほら、今日ピカチュウが朝からいないだろ、風邪ひいて病院、とかで」
「……あー……それで遊び相手を探してたピチューが、
 たまたまマルスを見つけたワケだ」
「そういうことになるな」
「……でも、……それは結構災難だったな、マルス」
「え……、……どうして」

マルスが、少し驚いたような、不思議そうな顔でオレを見る。

「昨日、夜遅くまで起きてただろ?
 ……だから、今日はここで寝るのかと思ってた」
「……」
「……あ、いや、夜水飲みに廊下出たら、マルスの部屋の明かりがついてたから。
 また本でも読んでたんだろ? どうせ」
「……知ってた、のか」
「ああ。……で、寝なくていいのか?」

今度はオレが、マルスに尋ねた。
表面上ではわからないかも知れないが、マルスの声はいつもよりぼんやりしていて、
表情も何だかボーッとした感じだった。
いかにも、眠いです、と言ったような。

「……ピチューと……僕と二人とも寝ると、何かあった時困るだろ。
 ピチューがケガでもしたら、ピカチュウに会わせる顔が無いからな」
「ああ、なるほどな」
「……まあ実際のところ、……眠いのは確かだし……いいさ、
 明日、昼まで寝てるよ」

マルスが、ふ、と笑った。
オレはマルスの横顔を見ながら、しばらく何かを考えた。
そして、言う。

「……寝てもいいぞ? なんなら」
「……え?」

再びマルスが、不思議そうな表情を浮かべる。
オレはマルスに、笑って言った。

「オレ来たし、寝てもいいぞ。ピチューのことも、ちゃんと見ておくから」
「……でも」
「眠いんだろ。さっきも欠伸してたし、顔がそう言ってる。
 ……それに、そんなぼんやりした顔してると、ロイが後でうるさいぞ」
「……」

そう言うと。
マルスは、申し訳なさそうに微笑んだ。
そして、持っていた本を自分の傍らに置き、言う。

「……じゃあ、……お願いできるか?」
「まかされた」

ごめん、と小さくつぶやいて、マルスがその、藍色の瞳を閉じる。
影を落とす、長い睫毛。
折角寝る体勢に入ったのに悪いな、と思っていても、訊いた。

「……あのさ、」
「……何だ?」
「……マルスって、ロイのどこが好きなんだ?」
「……え……?」

声がさっきよりぼんやりしてきた。
相当眠かったのだろうか。

「……どこ……、……とか、……言われても……」
「……答えたくない、か?」
「……いや……そんなこと…… ……そうだな……」

口に手をあてて、再び欠伸をする。

「……上手く言えないけど……、落ち着きが無いし無鉄砲だし……、
 ……よくケンカもするし……」
「……」
「……でも、……気がついたら隣にいて……、……僕を見ててくれて……
 ……何だかわからないけど、……安心……するんだ……」
「……」

風が、ざぁ、と音をたてた。
木漏れ日が、青い髪のところどころに差している。

「……リンク……」
「……ん?」
「……今の……、……ロイには……内緒……、……だから……」

語尾が、すぅっ、と消え入る。
横を見ると、マルスが、静かに寝息をたてていた。

「……わかってるよ」

ふ、と、オレは笑った。



風が、頭上にある木の葉を揺らす。心地いい音が鳴る。
遠くからは、はしゃいだ子供の声。
オレが、ボーッと遠くを見ていると、
急に右肩に、何か、重みを感じた。

何事かと思い見てみると、
……マルスの身体が傾いて、頭が、オレの肩に乗っていて。

「……」

頭を起こそうかとも思ったが、折角眠ったのに、もし起きたら可哀想だろう。
だからと言って、ピチューを挟んで傾いている体勢は、何だかつらそうだ。
オレは溜息をつくと、
マルスを右手で支えて、左手でピチューを抱えた。
そして、ピチュー分の間を詰めると、ピチューを自分の足の上に乗せた。
右手をそっと離すと、マルスの頭が、オレの右肩にかかる。
細く青い髪が、さら、とオレの頬に触れた。
心臓が、トクンと脈打つのが、わかる。

「……ったく、……人の気も知らねぇで」


否。
知らないんじゃない、知らせてないだけだ。
……というか、知られたら困るのだが。

この気持ちは、伝えるべきものじゃない。
伝えればきっと、この人は笑わなくなってしまう。
オレのまわりにいるヤツらは、
どうにも優しすぎるから。

この人が笑わなくなれば、彼だって、そうなるだろう。

そうすれば、……二人は、不幸にならざるを得ない。


……オレは、そんなのは……。


「……」

ちら、と横目で、彼の顔を見る。
その表情はいつもと違って、幾分か、幼さが残っていた。
初めて垣間見る、彼の素顔。

こんなとこ、ロイが見たら何て言うんだろう。
そう思ったら、何だか笑えてきた。

「……あー……暇だな……」


風が木の葉を揺らす。ざわざわと、心地いい音がする。
視線を上にあげれば、広い、青い空。

木漏れ日が、彼の寝顔に差し込んで、
幼さを強調させるようで。



特に理由があるわけじゃないけど、
なんとなく、目を閉じた。


「……ぴちゅー……」
「……ん?」
「……ぴちゅ……? ……リンクおにーたん……でちゅか……?」
「ああ、……そうだけど……。
 ……とりあえず、静かにな。マルスが寝てるから」
「……ぴちゅ……」

静かな寝息。
彼は、幸せそうに「その人」を見ると、

空を、仰いだ。

お疲れさまでした。

リンクと王子は、片想いと親友、です。
何かちっとも報われない関係だけど、
我が家の彼らはいつまでも(略)。
報われないのが幸せなんだと思います勇者様は。

最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

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