ごろごろ。



「……」

どうして、こんなことになってしまっているのか。

「…………」

何で自分は、こうも簡単にほだされてしまうのか。

「………………」

どうしてこのバカは  いつもいつもこうなのか。

「……いい加減にしろ、このバカッッ!!」
「……うわっっ!?」

両足を思いっきり跳ね上げて、自分の膝の上にある頭を床に落とす。
ごんっ、と当たり所の悪そうな音がしたが、そんなのマルスは気にも留めない。
のんびりと本を読んでいた自分のところにやってきて、
自分のベッドに乗りあがった挙句、
自分の膝の上に頭を乗せて、ぐっすりと寝入り、
自業自得とばかりに今突き落とされたのは  言うまでも無い、ロイだ。

「いっつ……、……うぁー、頭がぐらぐらするー……」
「何のつもりだ、まったく……」

まったく会話の噛み合わない二人。

「ひっでーな、何も落とすことねぇだろっ」
「……第一重いし、暑苦しいし」
「って、聞いてんのかよマルスッッ!!」
「……大体なんで今年で16になるとか言ってる男が、
 同じ男に膝枕してもらおうなんて言うんだっ!」
「だーかーらーっ、聞けっつってんだろ人の話をーっ!!」

マルスより大きい声で、思いっきり叫ぶロイ。
その声で、マルスはようやくロイの方を向く。

「……何だ、まだいたのか……」
「何だよその言い草!
 つーか人のこと落としといてごめんの一言も無いっていうのはおかしくないか!?」
「あれはお前が悪い。僕は、お前が邪魔だったから落としただけだ」
「なら邪魔だって一言言えばいいだろ、言えば!」
「何度も言っただろ、邪魔だ邪魔だって!! なのに、お前が寝たりするからっ……」

だから、強行手段に出たまでだ。
マルスはそう言い、ふい、と横を向いてしまった。

床に膝をついたままのロイが、ベッドに腰掛けるマルスを見上げる。
床にぶつけた頭が、まだ相当痛い。
思わずその場所を手で押さえると、流石に気になったのか、マルスがちら、とこっちを向いた。

「……痛いのか?」
「うん、痛い」
「……自業自得だ、バカ」
「……」

相変わらずの、無表情に口数の少なさ。
それでもちょっとは悪いなーと思ったのか、微妙にその表情が変化してる、…ような気がする。
最近ようやく見つけた、気難しい彼の微妙な表情の変化。
それを見つけられた自分を、本気で褒めてやりたい。

組んだ足の上に肘をついて、それで顔を支えているマルス。
やはり気になっているらしい、さっきからちらちらとこっちを見ている。
視線が合うと、さっさと逸らされてしまうが。

「心配してくれてんの?」
「……別に」
「そーだよなぁ、あんたがやったんだもんなーこれ」
「自業自得だろ。……お前が、あんなことしなければいいんだ」

あんなこと……とは、そう、膝枕のこと。

「いーじゃん別に。あれくらい」
「今年で16になる男のやることじゃないだろ」
「人の行動をトシで判断すんのかよ、マルス!」
「……この前『子供扱いするな』とか言って、
 さんざん怒ってたのは誰だったっけな……」
「……う……、……膝枕は子供のすることってわけじゃないだろー!?」
「少なくとも、16の男が嬉しがることじゃないな」
「俺は嬉しーの。だからいいんだよっ」
「無理矢理させられる方のことも考えろ。僕は迷惑なんだ」
「こーゆーのは可愛い可愛い恋人にやってもらうのがスジってもんだろ!」
「恋、…………え?」

何か、引っ掛かることでもあったのか。
……マルスが目を丸くして、ロイを見つめた。

「な、……何だよ」

そのマルスの行動に驚いたのは、ロイ。

「…………」
「……俺の可愛い可愛い恋人だろ、何か間違ってる? 俺」
「…………」

……そこまで自信満々なのも、いかがなものか   ……

「……だ……れが、」
「……? ……、ってっ……」
「……『可愛い恋人』なんだっ、ふざけるなバカっっ!!」
「おわっっ!!」

ひゅんっっ!! ……マルスがベッドの上の剣を抜き、神速で横に振る。
慌てて後ろに下がるロイが、肩で息をしながら、マルスを見つめた。

「なっ……にすんだよ、危ねぇだろマルス!!」
「うるさい!! お前が悪いんだ、お前が!!」
「何でそーなるんだよ!! つぅかホントに剣振んなよ!!」
「本気でやらないと効かないだろ!」
「当たったらどーする気だったんだよっ!」
「当てるつもりでやったんだから、問題無い!」
「アリアリだろーがっ、……あぁもうっ」

やり続けても無駄だと思ったのか、どうでもよくなったのか。
ロイが、マルスに背中を向けた。同時に、大きな欠伸を一つ、して。

「……いーじゃんちょっとくらいー、眠かったんだからさぁー……」
「眠かったんなら自分の部屋で寝ればいいだろ。何で僕のところに来たんだ?」
「……。……あんたさ、」

もうちょっとこう、雰囲気とか、そういうのを悟ってくれても。
……言ったところで、小首を傾げて不思議がるだけなのだろうとわかっているから、
言わなかった。
しばらく何も言わないロイ。
それを訝って、マルスが訊ねる。

「……? ……どうしたんだ?」
「……いや、別に。……やっぱあんたかわいいわ、うん」
「……は?」

にこっと笑って、再びマルスの方を向く。
ちょっと怒ったような顔をしているマルスを、ぎゅっと抱きしめた。

「ごめんごめん、もうあんまりやらないから」
「……あんまり……? ……ていうかロイ、暑苦しい。放せ」
「暑苦しいって言うなー。いいじゃんいいじゃん、これくらい」
「良くない」
「いいの。……あぁ、何かまた眠くなってきたよ、俺……」
「……」

マルスを抱きしめたまま、本当に声がウトウトとしてくるロイ。
……それを見て、マルスが、ロイを放しにかかる。

「眠いんなら、部屋に行けばいいだろ。
 大体、僕は本を読んでる途中だったんだ、……放せ」
「やだね。……ああ、じゃあマルス、こうしようよ」
「?」
「一緒に寝よ? それならいいだろ」
「……… …………は……、」

思わず目を見開いて、いまだ自分に引っ付いたままのロイを見下ろす。
するとロイは、満面の笑みで、自分を見上げていた。

呆然としていたから   身体に力なんて、入ってなくて。

「っ、うわっ……!」
「よっ、と……。……うん、これで良し」

急に身体を引っ張られたかと思ったら、気付いた時には、ベッドの上に寝転んでいた。
隣でロイがぴったりくっついて、自分を抱きしめている。
……丁度、女の子が抱き枕を抱きしめているのと、同じような感覚で。

「んー、あったかーい」
「ちょっ……、なっ、ちょっと待てロイ! 何のつもりだっ」
「だから、一緒に寝よって」
「何で僕がお前と一緒に寝たりしなきゃいけないんだ!」
「いいじゃん、どうせマルスも昼寝しよーとか思ってただろ?
 ……昨日、夜遅くまで本とか読んでたみたいだし」
「……な、」
「好きな人のことなら何でもわかるんだぜー、はい、おやすみ」

自分で勝手にまとめ上げ、マルスを抱きしめたまま、瞳を閉じるロイ。
反論しようと口を開いたが、自分の胸元では、ロイが静かに寝息をたててしまっていた。

「………………」

抱きしめられているこの状態では、さっきのように、振り落とすことも出来なくて。
……どうしよう?

「……。……まったく……」


実際、眠いのは事実だった。
本を読むのが好きで、特にうるさく言う人間もいないこの屋敷では、
気付いたら夜更かしが当たり前になっていて。
隠していたつもりだったのだが、
……どうしてバレてしまったのだろう。


「……仕方、無いか……」

小さく、欠伸をする。
かたちに表れると、眠気というものは、いっそう強くなるものらしい。
ホント言うと、自分に張り付いてるどっかのバカを蹴落として、
自分一人でぐっすり寝入りたいものなのだが。

「…………」

あんまりにも気持ち良さそうに寝てるものだから、起こす気になれない。

いろいろ自分の中で言い訳をしながら、マルスはその藍い目を、静かに閉じた。



王子が凶暴というか、暴言吐きすぎててすみません。
しかし我が家の彼らはおそらくこの先もずっとこの調子ですので、
ご容赦いただければと思います。

最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございました。

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