099:洗濯機
白いシャツ。
長い袖を、肘が見えるか見えないか、というところまで捲(まく)って。
そこから伸びる細い腕。
その手に持った白いシャツが、物干し竿に干されていく。
一枚、一枚、等間隔で干されるそれは、
少し遅い朝の光に照らされて、
さながら雨上がりのひまわりのように、
きらきらと 。
「…まあ、マルスをひまわりに例えるのは、ちょっと無理があるけどな」
「…何の話?」
広い庭の真ん中で、マルスが洗濯物を干している。
いつもとは違う、白いシャツを着て。
洗濯物でいっぱいのカゴがからになるころ、
新しい洗濯カゴを、ピチューが持ってくる。
そのカゴを受け取って、からのカゴを渡して、
マルスはまたそれを、順番に、楽しそうに、干していく。
たくさんの人、あるいは動物? が住んでいる、この屋敷で。
こんなに楽しそうに洗濯物を干すのは、マルスと子供達だけだ。
そんな光景を、
遠く離れた場所、屋敷の壁に寄りかかりながら見ている、
少年少女が一人ずつ。
「あんな、派手な花じゃねーよな、ってこと」
「あら、でも、結構マルスっぽいと思うけど」
庭には、たくさんの洗濯物。
庭の隅の、小さな四角い花壇には、ひまわりが咲いている。
「健気じゃない、ひまわりって、意地らしく太陽追いかけて。
一途って言うか、まあ、追いかけるだけだけど」
「その場合、誰が太陽になるんだよ」
「あんたじゃないの? ロイ」
「お前なあ、ピーチ、よく思い出してみろよ。
いつも追いかけてるのは俺の方で、
マルスが一度でも、意地らしく俺を見てくれたことがあるか?」
「………」
遠いところで洗濯物を干しているマルスを、じいっと見ながら。
そして一言。
「ごめん、自分で言ってて悲しくなった」
「わかれば良し。コメントしづらいコメントは嫌われるわよ」
盛大に溜息をついて、ロイは前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
目の保養に、と、洗濯物を干しているマルスを見にきたはいいが、
どうもじーっと見ていられないのだ。
前を開けたシャツの襟から覗く鎖骨が、捲った袖の奥に見える白い腕が、
風にはためく裾に隠れながら見える腰の線が、
気になって。
いつも散々セクハラまがいのことをしておいて何を今更と思わないでもないが、
残念ながらロイは、まだまだ恋する青少年だった。
「…あー、もう、気になるなー。絶対よくねえよ、あれ。
鎖骨に腕に腰に、見せ放題じゃねーか、ったく、
誰かがその気になって襲いかかったらどうする気だよ!」
「だったら止めに行けばいいでしょ、いつもみたいに」
「…それができれば、とっくにそうしてるっつーの」
ぶすったれた顔をふい、とそらして、ロイは再び大きな溜息をついた。
睨むような視線の先で、マルスは楽しそうに、洗濯物を干している。
洗濯機の使い方を覚えたのだって、俺より遅かったくせに、と、
ロイはいわゆる八つ当たりをした。
隣で、ピーチが、呆れたような視線を、ロイに向けている。
その目に含んでいるのは、呆れだけではない、もっと、たくさんの。
「だから、こんなに遠くで見張ってるわけ?」
「………」
「さっさと、仲直り、しなさいよ」
「………。」
ぱんっ、とロイの肩をはたくと、ピーチはくるんと踵を返して、
じゃあ、あたしは行くから、と言った。
そのまま屋敷の中へ帰っていくピーチを見た後で、
ロイは、楽しそうにピチューと笑っている、マルスに目を向ける。
喧嘩なんか、する気は無かった。
というか、いつも通りの軽い口喧嘩だ。
だからさっさと謝ろうと思った。
それなのに。
喧嘩の真っ最中なのに、マルスは、
どうしてあんなふうに、洗濯一つで、楽しそうなのだろう。
マルスが自分だけのものだと、
そんなふうに思えはしないけど、
だけど何だか、複雑だった。
「………ああ、くそ、わかってるよ。
別に、俺がいるから、笑ってるわけじゃ…。
俺なんかいなくても…。」
白いシャツ。風にはためく、たくさんの洗濯物。
細い腕でそれを持ち上げながら、
楽しそうに笑っている、マルスの姿が、まぶしい。
「………。
………あーもー、わかったよ! 謝ればいいんだろーっ!?」
誰に言ったというわけでもない、ロイの叫び声というか、何と言うか。
それでもやっぱり少し不本意そうなロイの足は、
白いシャツに身を包んだマルスの方に向かった。
ちらりずむばんざい。